155 選べない理由と気づく想い
「――魔神の元まで案内しろ」
サイガ様は、体内の魔素を一気に巡らせると、内に秘めた闘気を解き放ち、こちらを鋭く睨みながら、そう告げる。
その覇気に触れた瞬間、私は全身に重みがのしかかるような感覚に襲われた。我が主から受ける威圧とはまるで違う、それはもっと原始的で、本能に訴えかけるような恐怖だった。これが、絶対的強者だけが放つものなのだと理解すると、背中に冷たい汗が流れる。
在り方こそ違えども、圧倒的な力を持つ者が纏う雰囲気には、どこか共通するものがあると思っていたが、その内に秘めた力の「質」は、まるで別物だ。
我が主からは、果てしなく広がる大海のような雄大さと包容力を感じる。一方で、サイガ様からは、噴き上がる火山のごとき苛烈さと鋭さが伝わってくる。
――これならば、我が主もきっと満足できる戦いになる。そう確信した私は、ひとつ静かに頷くと、サイガ様に恭しく頭を垂れ、主の居城への案内を申し出た。
「かしこまりました、サイガ様。では、我が主のもとまでご案内申し上げます。それで、ご同行なさる方をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「そんなの決まってるわ、私よ」
「リンさん、少し待ってください。私もお供させてください」
「なら、ボクも一緒に行くよ」
「姉さんたち、何を言ってるんだ。一緒に行くのは弟子である、俺だ!」
私の問いに即座に反応したのは、サイガ様ではなく、周囲の仲間たちだった。
誰もが魔王に匹敵する力を持ち、我が主と戦うに足る資格を有している。だが、我が主が示した条件は――サイガ様を含め、三名のみ。
私は誰が選ばれるのかを興味深く見守りながら、サイガ様の様子をうかがう。すると少し考える素振りを見せたのち、こちらを向いて口を開いた。
「……まあ、ここで決めるのは無理だな。全員、連れて行けないか? トガシゼンと戦うのは俺を含めて三人だけにして、他のやつには手を出させない。……頼む」
サイガ様は、私以上に仲間たちの実力を理解している。だからこそ、誰か一人を選ぶという決断が難しいのだろう。
私に頭を下げて願い出るその姿を見ながら、我が主からは「戦う者の数」にのみ制限が設けられていたことを思い出す。つまり、居城に招く人数そのものに制限はない――そう判断した私は、全員の同行を了承した。
◆
カイは港に停泊していた中型の船へ案内し、「この船でトガシゼンのいる島まで向かいます」と告げて、乗船を促した。罠など仕掛けられていないのは分かっていたが、念のため警戒を解かずにいると、ライが何の迷いもなく、さっさと乗り込もうとする。
「おい、少しは慎重になれ」
そう言って、俺はライの襟首をつかんで引き止め、カイの方へ視線を向けた。ヤツもすぐに意図を察したのか、「ご心配には及びません」と頭を下げ、まずは俺とカイの二人で、船内を確認することを提案した。
さすがは魔族領を統べる魔神の船というべきか。船内は荘厳で重厚――華美すぎることはないが、ひと目でどれも一流の品だと分かる造りだった。贅沢ではあるが、嫌味を感じさせない洗練があった。
そんな空間を見渡しながら、これほどの船をわざわざ用意しておいて、いまさら小細工など仕掛けるとは思えないと判断した俺は、リンたちに「中に入ってきていい」と伝えた。
「すごいですね。私の国でも、ここまでの船はなかったと思います」
「うん。父さんの船も大きかったけど、こんな内装はしてなかったと思うよ」
マヤとアオは、カミニシたちが同行しないと分かって安心したのか、人間だった頃の記憶を少しずつ語り始めた。どうやら2人はウラノス皇国の王女だったらしく、王である父親が所有していた船でさえ、ここまでの豪華さはなかったという。
俺たちが船内を一通り見て回り、ようやく落ち着いた頃、カイがこちらに声をかけてきた。「もうしばらく出航には時間がかかりますので、それまで休んでいてください」と言いながら、一人ひとりに部屋を用意してあることを伝える。
正直、まだそれほど疲れているわけではない。だが、島に着けばすぐにトガシゼンとの戦いになる可能性もある。そう考えた俺は、他の皆にも声をかけ、「先に休んでおく」と告げて、自分の部屋へと案内してもらった。
――――――――――――
俺が部屋で横になっていると、扉を叩く音で目が覚めた。ゆっくりと上体を起こし、「入っていい」と声をかけると、リンがずかずかと入ってきて、いきなり俺に詰め寄り、口を開いた。
「サイガ、一体どういうつもりなの? 全員を連れて行くなんて」
「ああ、それか……。正直に言うと、特に意味はない。ただ、あの場で誰か一人に決めきれなかっただけだ」
俺の返答に、リンは呆れたように首を振り、深いため息を吐く。
「アンタがバカなのは分かってたけど、まさかアホも併発してるとは思わなかったわ……。トガシゼン様と戦えるのは3人だけよ。そのうち1人は私で決まり。でも、あと1人を誰にするかって、すごく大事なことなのよ? なのに、いまだに決めてないなんて……どんだけ呑気なの……。今までの旅の中で、考える時間なんていくらでもあったでしょ?」
リンは、まるで自分が一緒に戦うのは当然だとでも言いたげな口ぶりだった。たしかに実力で言えば、マヤたちと比べて頭ひとつ抜けているのは間違いない。正直、俺が魔王選定の儀で戦ったカミニシやシノジよりも、遥かに強いだろう。
だが、勝敗というものは、単純に強さだけで決まるわけではない。状況、相性、連携、判断力、そして呪術――さまざまな要素が絡み合い、それらがうまく噛み合って、ようやく勝利の道が見えてくると、俺は考えている。
だからこそ、俺は「実力だけを見れば、お前が一番上だ」と、リンに正直に伝えた。だが同時に、「それでも、トガシゼンと戦う時に誰を連れていくかは、まだ決めていない」とも告げる。
――その瞬間、リンの鉄扇が思い切り俺の頭に振り下ろされた。
ガンッ!!
俺の頭に深々とめり込んだ鉄扇を、リンはこれでもかというほどにグリグリとねじ込んでくる。あまりの激痛に耐えかねて、俺が鉄扇を振り払おうとしたその瞬間――リンは一度、鉄扇を引いたかと思うと、再び容赦なく振り下ろしてきた。
ガンッッ!!
寸分の狂いもなく、まったく同じ場所に命中。さっきを遥かに超える激痛が、脳天を貫いた。
さすがに、理由も分からぬまま何度も叩かれるわけにはいかず、「いくらなんでも、この仕打ちはひどすぎるだろ」と言いかけた俺に向かって、リンが低く鋭く口を開く。
「……今、なんて言ったの? 私を連れていかない? あんた、それ……正気で言ってるの?」
「お、おい……そんなことで何度も頭を叩くな……っ」
俺が頭を押さえながら顔を上げると、そこには――目に涙を浮かべたリンの顔があった。
◆
サイガのバカが、「私を選ばないかもしれない」と言ったその瞬間、頭に血が上り、気がつけば、私はサイガの頭を叩いていた。そして、それだけでは飽き足らず、鉄扇を立てて、まるで頭蓋骨に穴を開ける勢いで力任せにねじ込んでいた。
サイガは、いつもの調子で何かそれらしいことを並べ立て、「誰を選ぶかはまだ決めていない」と言っていた。だが、結局のところ――力がなければ、どんな作戦も戦略も通用しない。魔族の世界では、弱肉強食が常識であり、実力こそがすべて。そんな連中の頂点に君臨するトガシゼン様に、甘い考えが通じるはずもない。
――なのに、私を。一番強い、この私を、連れていかないなんて……。サイガは、何も分かっていないのだ。私がどれだけアンタのことを、心配してきたかを。
魔王選定の儀で、カミニシに殺されかけたときの、あの恐怖と不安。
ショウオン村で、意識を失って運ばれてきたときの、あの焦りと後悔。
そして……マヤとアオに告白したあの日の、胸が押し潰されそうなほどの苦しさと、どうしようもない哀しみ。
「連れていかない」――その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が抉られるように痛んだ。なぜ、こんなにも傷ついているのか分からなくて、私は自分自身に問いかけた。
そして、気づいてしまった。私は、サイガのことが……。けれど、この気持ちを伝えていいのかは分からず、言葉にならない想いが胸に詰まり、気づけば、目に涙がにじんでいた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)
『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
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