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154/202

154 魔人の座標

ようやく物語が大きく動きます。

コメディ続きだった前回・前々回から一転、今回は緊張感のある“静かな山場”となっています。

ぜひ、お楽しみください。

食堂でのリンとサイガの漫才を見せられて、少しばかり気が抜けた俺たちは、気を取り直して港へ向かうことにした。あの忌まわしい事件で多くの住民が攫われ、残された者たちも家族を失い、過去を思い出したくないと町を去っていった。だが、俺が魔王として復興を支援したことで、町には再び活気が戻りつつある。


そんな、かつての姿を取り戻しはじめた街並みを眺めながら歩を進めていくと、やがて巨大な港が視界に入ってくる。魔族領でも多くの港を抱えるワントンの中で、ここハイヤンの港は、その中でも特に規模が大きいことで知られている。


もちろん、海に面した王領は他にもいくつもある。だが、どの地域も潮の流れが速く、浅瀬が多いため、大型船が停泊できるような港を築くには適していなかった。唯一、このハイヤンの沿岸だけが、まるで内海のように潮の流れが穏やかで、しかも海底も深く、港として理想的な条件を備えていた。


「ここが、人族の大型船が漂着した港だ。……今思えば、漂着なんかじゃなく、最初からこの港を狙っていたんだろうな」


そう言いながら、俺はサイガたちを港へと案内し、波の音を背に立ち尽くす。


すると、マチが事前に用意していた花束をそっと海へ投げ入れ、攫われた魔族たちのために黙とうを捧げた。その静かな祈りの姿に、サイガたちも自然と頭を垂れ、多くの犠牲者たちへと鎮魂の祈りを捧げてくれた。


「……感謝する。それで、ここが例の港だが――何か分かるか、サイガ?」

「そう急かすな。まだ着いたばかりだろう」


皆に礼を述べたものの、どこか気恥ずかしくなった俺は、雰囲気を変えようとして、サイガに無理やり手掛かりのことを尋ねた。するとサイガも、その意図に気づいたのか、苦笑いを浮かべながら、おどけたような調子で返してくる。


そんな俺たちの会話を聞いていたライが、「手掛かりって何のことだ?」と問いかけてきた。そういえばコイツだけは、ジュウカンで行われた会議には参加していなかったことを思い出す。どう説明するべきかと俺が言葉を探していると――魔眼を開いたサイガがふと、沖の方を凝視する。


その眼差しは、これまで見てきたどんな時よりも真剣で、全身から放たれる魔素が、ただならぬ気配をまとっている。俺が思わず「何か分かったのか?」と声をかけようとした――その瞬間、魔眼を閉じたサイガの方が先に口を開いた。


「悪い、カミニシ。……俺のほうの用事を優先させてもらいそうだ」

「……どういう意味だ、サイガ?」


突然の言葉に、俺は眉をひそめ、「何の用事だ」と尋ねる。するとサイガは、はるか沖を指さしながら、鋭い視線をそのまま向けたまま、低く呟いた。


「あそこに――魔神がいる」


その一言に、俺を含めた全員が息を呑み、一斉にサイガを見つめる。魔神トガシゼン様が、この魔族領のどこかにいるというのは広く知られている。だが、その居場所は長らく謎に包まれ、あくまで伝承の域を出ることはなかった。


それなのにサイガは、いきなりハイヤンの遥か東を指さし、トガシゼン様がそこにいると断言したのだ。


俺も思わず、サイガが指した方向を見やるが、水平線が静かに続くだけで、目に映るのは空と海の境界線だけだ。この地で生まれ育った俺ですら、そんな話は一度も聞いたことがなく、本当にそんな場所があるのか、そう問いかけようとした――その時、背後から静かな声が響いた。


「お見事です、サイガ様。まさか、本当に我が主がいる場所を見つけるとは……」


いつの間にか背後に現れていたのは、魔神トガシゼン様の従者であるカイだった。青い髪を丁寧に整え、皺ひとつない黒の燕尾服を隙なく着こなした姿は、まさに優雅そのもの。その無駄のない立ち居振る舞いに、空気の温度が一段下がったような錯覚すら覚える。


どうやって俺やサイガの背後を取ったのか、まるで分からない。だが、それこそが――魔神の側近たる存在の異常性を物語っていた。


カイは、どこか涼やかな顔で、まるでこの場を支配しているかのように俺たちを見つめている。その様子に、サイガが静かに一歩前へと踏み出すと、ほんの一瞬、俺の方をちらと見やり、小さく呟く。


「マチさんを頼む」


その短い言葉に込められた意味を、俺はすぐに理解した。殺気はないが、その無風のような静けさの中に潜む実力は疑う余地もない。油断すれば――いや、ほんの一瞬でも隙を見せれば、マチは確実に消される。


マチは、家族がいない俺にとって、この上なく大切な存在だ。だからこそ、サイガは彼女のことを俺に託した……。俺はそのサイガの想いに強く頷いた。



俺が港の先に続く水平線を眺めていると、不意に頭の中に風景が広がった。それは、何もないはずの水平線の彼方に大きな島が浮かび、その中央には、オテギネさんの居城をも凌ぐほど壮麗な城が、山の頂にそびえ立っていた。


一瞬、自分の目を疑い、何かの幻覚かと思った俺は、第三段階の呪術:仁心解放(ニッシンゲッポウ)を発動するが、脳には何の異常もなかった。つまり頭に浮かんだその光景は、幻ではなく『現実』だということを教えてくれた。


すぐに魔眼を閉じ、額に外殻を戻した俺は、カミニシに「こちらの用事を優先させてほしい」と告げた。案の定、カミニシは怪訝そうな顔をする。……いきなり「用事」と言われても、訳が分からないのは当然だ。


だから俺は、魔神トガシゼンの居場所が分かったこと、そしてこれから『決闘』に向かうつもりであることを伝えようとした。だが、その言葉を口にする前に、まるで待ち構えていたかのように、魔神トガシゼンの従者であるカイが姿を現した。


あまりにもタイミングが良すぎたその登場に、俺は反射的に警戒を強める。そして、皆の前へと一歩踏み出し、無言のまま、盾となるように立ちはだかった。


そのとき、ふと視界の端に、不安げにカミニシを見上げるマチさんの姿が映る。――これ以上、あいつに大切な人を失ってほしくはない。そう強く思った俺は、カミニシに小さく囁いた。


「マチさんを……頼む」


俺の言葉に、カミニシが強く頷くのを確認すると、俺はそのままカイの前へと歩を進める。互いの間合いに入ったところで立ち止まり、油断なくその姿を見据えた。


近づいてみて、やはりただ者ではないと直感する。魔素感知を最大限に働かせ、ようやく体内を巡る魔素の流れを捉えることができた。……その魔素量は、俺には及ばないものの、カミニシを軽く上回り、リンに迫るほどの規模だった。


従者としては異常なほどの魔素を持ち、隙のない佇まいを崩さず立ち続けるカイを前に、俺はすぐに――こいつには簡単には勝てないと悟る。そして、これほどの強者が絶対服従を誓い、心から従う魔神が、どれほどの存在なのかを想像したとき……自然と口元が吊り上がった。。


「ふふふ、やはり、貴方は我が主に似ている」


カイが俺の表情を見て、愉快そうに笑いながらそう言った。どこが似ているのかなんて聞くのは野暮だと分かっている。きっと、常に強者を求め、自分の力を磨き続け、それをぶつけることにこそ喜びを感じる――そういう者だと言いたいのだろう。


たしかに、魔神トガシゼンがそういう性質であることは、以前、魔王選定の儀で謁見したときに気づいていた。だからこそ、あいつは俺に魔皇の称号を与え、多くの魔族をけしかけて、俺の力が育つように仕向けたのだろう。


そして今、3対1という不利な条件で戦うことで――ようやく、自らの敗北(・・)を予感できる、ギリギリの戦いになると踏んでいる……そう、『それ』を望んでいるのだ。


俺はカイの言葉に小さく頷き、「たしかにな」と呟く。そして、体内の魔素を一気に巡らせ、肉体を最大限に強化し、覇気を纏うと、まっすぐに告げた。


「――魔神の元まで、案内しろ」


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

もし楽しんでいただけたなら、ぜひブックマークや評価をお願いします。励みになります!


また、

『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)

『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』

も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。


これからもよろしくお願いいたします。

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