152 破られた怪文書
ほぼ、何も進んでいない……
私たちは食事を終えたあと、カミニシに明日ハイヤンを案内してもらえることを確認し、それぞれ自分の部屋へと戻っていった。ただし、サイガだけは部屋に戻らず、とぼとぼと私のあとをついてくる。
今回は、カミニシとマチさんの口づけを目にすることができたが――もしサイガがもう少し早く反省文を書き終えていたら、ライのバカと同じ轍を踏むところだった。……どれほど早く反省文を書き終えようとも、それが私の計画を邪魔し、私の機嫌を損ねるようなものであれば、それはもはや反省とは呼べない。
「誰が座っていいって言ったの?」
「……はい、すいません。調子に乗ってました」
サイガが部屋に入るなり、当然のようにテーブルの椅子に座ろうとしたので、私はすかさず釘を刺すと、自分はベッドに腰を下ろす。すると、サイガはテーブルの横に立ち、私を見下ろすような格好になった。なので、私は――『おい、何、人のこと見下ろしてんだ、おら』と笑顔で意志を飛ばし、『正座だろ』と優しく伝える。
サイガは一瞬ビクッとしたが、すぐに正座をして、私を見上げる姿勢をとった。私はそれを確認して軽く頷くと、「そのまま座っていろ」と目で合図を送り、テーブルに置かれていた反省文を手に取って読み始めた。
『今回も思慮の浅い考えで、リンさんを馬鹿にするような態度をとってしまい、すいませんでした。
本当は全然馬鹿にはしていません、尊敬もしていませんが。
とにかく悪いとは思っています、どこかと言えば分かりませんが。
あと、今後はこのようなことがないように気をつけます、何を気をつければよいのかは分かりませんが。
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とはいえ、色々と書きましたが、リンさんのことを馬鹿にしたり、見下すようなことは絶対に今後しません、約束はできませんが。
本当にごめんなさい、かしこ』
私は読みながら、「2000文字以上」という条件をつけたことを心の底から後悔する。その反省文は無駄に長く、反省しているのか開き直っているのかも分からない――そんな代物だった。読み終えた私は、反省文という名の怪文書をくるくると丸め、筒状にしてからサイガの頭を遠慮なく叩く。
「アンタ、反省って言葉の意味、分かってる? これ、反省文じゃなくて怪文書よ。それに何よ、最後の『かしこ』って。ふざけてんの? バカ」
私は言葉を区切りながらテンポよくサイガの頭を叩き、そのたびに「すいません」と謝らせる。しつこく叩き続けていると、急にサイガが立ち上がり、「そんなに叩いたらバカになるだろう!」と文句を言ってきた。
なので――
「もう手遅れよ、バカ!」
そう言いながら、私は思い切りサイガの頭を叩いた。その瞬間、丸めていた怪文書がベリッと音を立てて破ける。
「俺が……一生懸命書いた反省文が……」
サイガは破れた紙を悲しそうに見つめながら、「せっかく一生懸命書いたのに……」と呟く。そして、今までに見たことがないくらい、沈んだ表情を浮かべた。その顔を見て、私もさすがにやりすぎたと反省し、謝ろうと口を開きかけた――そのとき。サイガはゆっくりと私を見つめ、小さな声でひと言だけ言い残す。
「……もう、これでいいだろ」
そして、そのまま、静かに部屋を出て行った。
◆
俺は肩を落とし、傷ついたふりをしながらリンの部屋を出ると、静かに、しかし足早に廊下を歩き、自分の部屋に戻る。扉を閉めると、いつもより拷問の時間が短く済んだことに、ほんの少しだけ口元を緩める。
そして、そのままベッドに倒れ込み、カミニシから聞いた明日からの予定を思い返す。まずは、人族の船が漂着したという港に案内してもらうつもりだ。リンが何か文句を言ってくるかもしれないが――もし反対されても、さっきの様子を見るかぎり、傷ついたふりをして落ち込んでみせれば、きっと俺の意見を押し通せるはずだ。
俺は天井を見つめながら、さっきのリンの、反省して謝ろうとした顔を思い出す。……28歳の大人が、反省文を破かれたぐらいで本気で傷つくはずないだろ、と苦笑して立ち上がる。そして、そろそろ寝るか、とテーブルのランタンに手を伸ばした――そのとき。
……ドアの隙間から、こちらを覗いているリンの顔が見えた。
なにそれ、怖い……。
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俺が目を覚ますと、いつの間にか宿屋の中庭の木に吊るされていた。たしか昨日は、リンの拷問を早めに切り上げて、自分の部屋に戻ったはずだが……。その瞬間、激しい頭痛が走り、「これ以上思い出したらヤバい」と脳が警鐘を鳴らす。
簀巻きにされて吊るされた俺は、両手も拘束され、ズキズキと痛む頭を押さえることもできず、ただ苦しげな表情を浮かべるしかなかった。そんな俺の姿を、洗濯物を干していた宿屋の従業員が見つける。
俺は助けを求めようと、「下ろしてくれ」と声をかけかけようとした――その瞬間、目が合った。従業員はピクリと反応し、次の瞬間には顔を強ばらせると、無言で慌てて宿の中へと戻っていった。
「くそっ……! 結局、信じられるのは自分だけってことか……」
「何、朝から寝言ほざいてるのよ」
人生とは孤独なもの――そんな悟りを開いていた俺に、リンが不機嫌そうな顔で声をかけてくる。なぜそんなに機嫌が悪いのかは分からないが、とにかく、この吊るされた状態から早く脱したい俺は、藁にもすがる思いでリンに助けを求める。
「おはようございます、リンさん。もしよろしければ、下ろしていただけませんか?」
「いいえ、お断りします。サイガさんには、もう少し反省していただきます」
俺が「一生のお願いだ」とすがっても、リンは「お前は生まれ変わった時点で2度目だ」と冷たく返し、「このまま、もう少し吊るされていろ」と突き放す。その態度に耐えきれず、俺は思わず語気を荒げた。
「俺が一体、何をしたって言うんだ!」
『おい、てめえ、昨日のことを憶えてねえのか、ごらぁ』
俺の抗議を聞いたリンは、大魔王さながらに、魔皇であるこの俺ですら怯むほどの凶悪な魔素を全身にまといはじめる。そして、宙吊りの俺の足を容赦なく蹴り上げ、体を逆さまにして、そのまま顔を鷲掴みにすると、ぐっと顔を寄せ、静かに、だが確実に殺意を帯びた声で囁く。
「何なら、もう一度――昨夜の拷問をしてやろうか?」
その声を耳にした瞬間、俺の脳内に昨夜の記憶が一気に蘇った。そして、あの壮絶な拷問で受けた苦痛の数々を思い出した俺は――そのまま意識を手放した。
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『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』(完結済み)
『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
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