149 それぞれのキス?
※作者の別作品『魔女の烙印~』完結済です。
聖女で魔法少女で、ちょっとズレた転生ヒロインの物語。短めです、ぜひ。
俺はマチと別れたあと、朝食をとり、留守の間に溜まっていた執務を片付けると、サイガの部屋へ向かった。部屋にはサイガのほかにアオもいて、互いに顔を赤らめ、どこかぎこちない様子だった。もしや逢引の最中だったかと思い、俺は慌てて突然の来訪を詫びた。そして、改めて出直すから続きを楽しんでくれと言いかけたところで、サイガとアオが揃って「何もしていないから大丈夫だ」と引き留めてくる。
「……そうか、すまん。勝手に勘違いしてしまった。何もないなら、それでいい」
「まったくだ、カミニシ。自分がそうだからって、俺たちを一緒にするな」
「ん? どういう意味だ、サイガ」
その言葉に首を傾げると、サイガはどこか気まずそうな顔で、「中庭でマチと会っていたところを、偶然見てしまった」と告げた。さらに、盗み見るような真似をしてしまったことを素直に謝罪する。
「ああ、気にするな。あんなところで逢引してた俺たちが悪いんだ。それに、見られていたからといって、別に恥ずかしがるようなことでもないだろ」
俺は特にやましいこともしていないし、気にする必要はないと言った。すると、サイガとアオがなぜか尊敬の眼差しを向けてくる。……一体、何に対して感心しているのかは分からなかったが、まあ、そんなことはどうでもいい。気を取り直して話題を切り替え、明日には俺の故郷――ハイヤンに向かうつもりだと告げ、準備をしておくよう伝えた。
――――――――――――
サイガたちに出発の準備を伝えたあと、俺は執務室へ戻り部屋に入ると、マチが静かにお茶の支度を整えて待っていた。
「お待ちしていました、レン様」
俺が顔を見せると、マチは恭しく頭を下げ、少し話したいことがあると告げる。その言葉に俺は軽く頷き、部屋に控えていた文官たちに目配せして退室を促した。やがて、部屋にはマチと俺、二人だけが残った。
「ありがとうございます、レン様」
「気にするな、マチ。それに、もう誰もいないんだ。普段通りに喋ってくれて構わないぞ」
俺は、礼儀正しくお礼を言うマチに、二人きりのときは敬語をやめてほしいと頼む。マチは微笑みながら頷くと、俺の隣に座り、じっと俺を見つめて口を開いた。
「ねぇ、レン。本当にあの人たちを、あなたの故郷に連れて行くつもりなの?」
「ああ、そのつもりだ。俺に勝ったサイガは、トガシゼン様に次いで、二人目の魔皇になったヤツだ。ふざけたヤツだが、実力は本物だ。なんせ、俺を相手に呪術なしで勝ったんだからな」
俺の言葉に、マチは目を見開き、驚きの表情を浮かべた。そんな彼女の反応に思わず笑みをこぼしながら、「正確には、魔草:死免蘇花―紫―は使った」と訂正する。それでも、攻撃に関しては一切呪術を使わず――ただ己の肉体だけで戦い抜いたことを伝えた。
「……信じられない。あなたを相手に呪術を使わず勝つなんて……。あの人、本当に魔人なの? 人型の魔獣や魔蟲だと言われたほうが納得するわ」
「確かにな。正直、身体能力だけなら、魔族の中でも最上位に位置すると思う。もしかしたらヤツは、伝説の竜人の魔族――竜魔人かもしれないな」
マチの言葉に納得しつつも、俺は苦笑しながら、「魔獣や魔蟲なら言葉を交わすことはできない」と指摘し、魔人の中でも身体能力が高い獣人たちの頂点に立つ竜人かもしれないと話す。ただ、長い魔族の歴史の中でも、その存在は未だ明らかになっておらず、人族に竜人がいるのだから魔族にも存在していておかしくはない――と、伝説として語られているに過ぎない存在だった。
だが、サイガの肉体は、強化なしでも魔獣や魔蟲と対等に渡り合えるほど強く、すでに魔人の領域を遥かに超えている。さらに、体内にある魔素も、以前戦った時より格段に増えており、今では余裕で俺の倍は超えている。さすが魔皇になっただけはあると、納得せざるを得ない力だった。
俺が伝説の竜魔人を引き合いに出したことに驚いたマチは、逆に、そんな強大な力を持つ者と護衛も付けずにハイヤンへ向かうのはどうかと口にする。
「大丈夫なの? そんな人と旅をして……。ハイヤンは近いけど、それでも二日はかかるわ。その間、たった一人だなんて、すごく心配だわ」
マチは、不安げに俺を見つめながら、本当に大丈夫なのかと尋ねてくる。その言葉に、俺は曖昧に頷き、サイガと戦い、言葉を交わしたからこそ分かったことがあると伝える。
「お前の気持ちも分かるが、安心しろ。アイツはバカだが、悪いヤツじゃない。それに、間違ったことや、道理が通らないことは――種族や部族に関係なく、決してしないヤツだ。たとえそれが、人族であってもな」
俺は、魔王選定の儀で戦った時に感じた印象や、ジュウカン領で助けられた際に交わした言葉を思い出しながら、決して悪いヤツではないとマチを安心させるように言った。マチは顎に手を当てて考え込む。そして、しばらく経ってから徐に顔を上げ、口を開いた。
「なら、私もついて行っていいわよね? だって、安全なんでしょ」
「いや……さすがにそれはちょっと難しいんじゃないか。お前はメイド長として、城のことを全部任されてるわけだし……」
「それなら大丈夫よ。あなたがいない間に、文官長のトルプと一緒に――メイドと文官たちの再教育を済ませておいたから」
マチは、俺の留守を利用して、これまで俺に甘えて頼ってばかりだった配下たちの性根を叩き直したと語る。そして、「少しくらいなら、いなくても問題ない」と胸を張って言い切った。その自信満々な姿に俺が苦笑すると、「あなたが甘やかすから駄目なのよ」と、マチに半目で睨まれる。
確かに、早くに身内を亡くした俺にとって――慕ってくれる配下たちは、まるで家族のように思えてしまう。つい頼られると、甘く接してしまうところがあるのも、否定はできない。そうした部分を指摘して、きちんと注意してくれるマチには感謝しているし、できることなら連れていきたいという気持ちもある。
だが――いくら安全な旅とはいえ、何も起こらないと断言することはできない。どうすべきか迷っていると、マチが真剣な表情で俺の手をそっと握り、まっすぐに見つめてきた。
「レン、一緒に連れていって。あなたの故郷を、私に見せてほしいの。そして、できるなら――ご家族のお墓を、お参りさせて」
マチの言葉に、俺は思わず息を呑み、黙り込んでしまう。その姿を見たマチは、優しく微笑んで、そっと俺を抱きしめながら、囁くように言った。
「……あなたの家族に、挨拶をさせて」
「ああ、そうだな。いろんなことがあって、忘れてたよ。……まだ、お前に故郷も、家族も紹介してなかったな」
俺は静かに言葉を返し、穏やかな口調で続ける。
「わかった。一緒にハイヤンに行こう。何があっても――俺が守るから」
マチは俺の言葉に頷き、抱きしめる腕にそっと力を込める。やがて顔を上げ、俺をまっすぐ見つめてくる。その瞳は熱を帯びて潤み、何かを言いたそうだったが――俺は、そっと顔を近づけて、その唇を塞いだ。
◆
カミニシが部屋から出て行き、再びアオと二人きりになると、重苦しい空気が部屋を包み込み、俺たちは揃って黙り込んでしまった。
沈黙に堪えきれなくなった俺は、何か話しかけようと頭の中で言葉を探す。だが、これといった話題も思いつかず、何かきっかけになるものはないかと部屋の中を見渡すが、結局何も見つけられなかった。
しばらくの間、俺とアオは言葉を交わすことなく、ただ互いの顔をじっと見つめ合っていた。すると、次の瞬間――アオが顔を赤らめながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。そして、体が触れ合うほどの距離まで寄ってくると、目を閉じ、顔を上げた。その顔はさらに赤く染まり、僅かに震えていた。
いくら鈍感な俺でも、アオが何を求めているかは分かる。そっと肩に手を置き、ゆっくりと顔を近づけようとした――その時。いきなり扉が開き、ライが勢いよく飛び込んできた。
「師匠、助けてくれ! もう昼も過ぎたのに、リン姉さんとマヤ姉さんがまだ俺を虐めてるんだ! 早く昼飯にしようって説得してくれよ!」
いきなり、扉も叩かずに入ってきたライは、顔をパンパンに腫らし、目には涙を浮かべて俺に縋りついてきた。リンとマヤの暴走を止めてくれと懇願するその哀れな姿に、同情しなくもない。……が、折角の機会を奪われた俺は、こめかみに青筋を浮かべた。
気づけば、目の前にいたはずのアオは、いつの間にか姿を消していた。恐らく、呪術を使ってライに見つかる前に部屋を出たのだろう。それに気づいて安堵したものの――同時に、またいつ訪れるとも知れない貴重な機会を潰された悔しさも湧いてくる。
……少しだけ、キスの大切さが分かった気がする。
俺は足元にしがみつくライを見下ろしつつ、「もう少しだけ、2人と稽古をしてろ」と呟き、ライをそのまま引きずって中庭へと連行した。
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『魔女の烙印を押された聖女は、異世界で魔法少女の夢をみる』
『転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたいのですが、王女や聖女が許してくれません~』
も連載中ですので、興味がありましたらご覧ください。
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