147 縮まる距離
私たちはカミニシさんの王城に案内されると、旅の疲れを気遣われ、すぐに部屋へと通された。「食事は好きなときに部屋へ運ばせるから、ゆっくり休んでほしい」とのことで、それぞれ用意された部屋へ案内された。
――ただ一人、サイガだけはリンさんに連行され、そのまま同じ部屋へと入っていった……。
――――――――――
どうやら私はかなり疲れていたようで、昨日は食事を済ませてすぐに風呂に入り、まだ夜もそう遅くないうちに眠気に襲われて、そのまま眠ってしまった。おかげで今朝はずいぶん早く目が覚めてしまい、私は部屋に備え付けられていた呼び鈴を鳴らした。
「おはようございます、マヤ様。どういった御用でしょうか?」
呼び鈴の音を聞いて、メイドがすぐに扉を叩き、入室の許可を求めてきた。私が返事をすると、彼女は静かに部屋へ入ってきて、用件を尋ねる。私より少し年上か、あるいは同じくらいに見えるその少女に軽く挨拶をし、「少し中庭を散策したいのですが」とお願いした。
「すみません、朝早くにお呼び立てして。もしよければ、中庭を見せていただけませんか?」
私の言葉に、メイドの少女は少し戸惑ったようで、どう返事をすべきか迷っている様子だった。そこへ、再び扉を叩く音が響き、私が許可を出すと、メイド長のマチさんを伴って、サイガが部屋に入ってきた。
「おはよう、マヤ。もし良かったら、中庭に行かないか? マチさんに頼んだら、案内してくれるって言ってくれたんだ」
「そうなんですね。ちょうど今、この子にも中庭に行きたいとお願いしていたところでした」
私の返事に、サイガは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて言った。
「考えることは一緒だな」
そう言って手を差し出してくる彼に、私は笑顔で頷き、その手を取った。久しぶりに、ふたりきりでゆっくり話ができる。そう思うと、自然と心が温かくなるのを感じた。
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「本当に綺麗だな、マヤ。人間だった頃のことはあまり覚えていないが……人族領でも、こんな景色はなかなか見られないんじゃないか?」
私たちは、マチさんの案内で中庭にやってくると、「私はここで待っていますので、お二人でごゆっくりどうぞ」と言われ、サイガと二人で散策を楽しむことになった。
サイガは、色とりどりの花が咲き誇る中庭を眺めながら感嘆の息を漏らし、私の方へ視線を向けると、人族領でもこんな光景は珍しいのではないかと尋ねてきた。
「そうですね。こんなに多種多様な花が、これほど綺麗に植えられている場所は、あまり見たことがありません」
私はそう答えながら、少し意外な気持ちでサイガを見つめた。
「でも、意外です。サイガが花に興味を持つなんて」
「ああ、正直に言えば、あまり興味はない。ただ……マヤが花を好きだったことを思い出して、誘ってみたんだ」
サイガは、どこか照れくさそうにそう呟くと、花を見つめて嬉しそうにしている私の姿に目を細め、「一緒に中庭に来られてよかった」と小さく笑った。そんなふうに、少し顔を赤くしている彼の姿に思わず微笑みながら、私はこれからのことについて尋ねる。
「サイガは、カミニシさんの故郷――ハイヤンに行って、魔眼で真相を確かめるつもりですか?」
「ああ。とりあえずは、それが先決だと思ってる。魔神を探すことも大事だが……もし人族が魔族に対して非道なことをしているなら、同じ人族の俺が、それを止めるべきだと思うんだ」
真剣な表情でそう答えるサイガを、私は黙って見つめた。そして、もし、このまま人族と敵対することになったらどうするのか。その言葉が喉まで出かけたけれど、結局口には出せず、私はどこか寂しげな笑みを浮かべる。それを察したのだろう。サイガはやさしく私の頭に手を置き、そっと撫でながら、静かに口を開いた。
「そんなに悲しい顔をしないでくれ、マヤ。大丈夫だ。たとえ人族に憎まれ、嫌われたとしても……マヤとアオを悲しませるようなことだけは、絶対にしない」
そう言ってサイガは、私の不安を振り払うように穏やかに笑い、心配しないでほしいと力強く頷いた。そして、早く人間に戻ったら――人族領にある美しい景色を一緒に見に行こう、と約束してくれた。
――――――――――
私たちが中庭をひと通り散策し、入口まで戻ってくると、カミニシさんがマチさんと話しているのが見えた。サイガもそれに気づき、声をかけようとしたその瞬間。私はふたりのただならぬ雰囲気を感じ取り、迷いなくサイガの首根っこを掴み、そのまま物陰へと引き込む。不意を突かれたサイガが小さく息を呑むのを感じながら、私は視線をふたりに向けた。
「本当に無事でよかった、レン」
「すまなかった、マチ。心配をかけたな……」
マチさんは涙を浮かべながら、カミニシさんがジュウカンに行っている間、どれほど心配していたかを語った。カミニシさんは、それに黙って頷くと、そっとマチさんを抱き寄せて謝る。そのやり取りから、ふたりがただの主人とメイドではないことは明らかだった。私は胸の高鳴りを抑えつつ、息をひそめて成り行きを見守った。
「本当よ……。いきなりひとりで城を飛び出すなんて。しかも、人族領に隣接するジュウカンに行くなんて……」
マチさんは、カミニシさんを見上げながら、何の相談もなく城を出たことを責める。だが、その口ぶりには怒りよりも、安堵と寂しさの混じった思いがにじんでいた。少し困ったように目を伏せるカミニシさんを、マチさんは愛おしそうに見つめ、そっと胸に顔を埋めて、その背に腕を回す。
カミニシさんは、胸元に甘えるマチさんの頭を優しく撫でながら、「本当にすまなかった」と小さく呟いた。そして、これからはもう心配をかけないと約束し、どうか許してほしいと静かに告げる。その言葉を聞いたマチさんは、ほんの少し潤んだ目で顔を上げて、「それなら……もっと、私と会う時間を作ってほしい」と、控えめながらもまっすぐに願いを口にした。
「しょうがないな……もう、そんなに甘える年でもないだろう」
「何を言ってるのよ。女はね、好きな男には、いくつになっても甘えたいものなの」
私はふたりのやり取りを見守りながら、内心で「これは……もしかして、ついに行くところまで行くのでは?」と期待を膨らませる。その熱を帯びた視線に気づいたのか、サイガが隣で何か言いかけた瞬間、私は素早く彼の口を手で押さえ、「邪魔をするな、バカ」と、容赦なく睨みつけた。
私がサイガを黙らせている間にも、ふたりはさらに良い雰囲気になっていき、体を寄せ合いながら見つめ合うと、ゆっくりと顔を近づけ……あと少しで唇が触れそうになった、その時。
「お〜い、師匠はどこだ〜! 誰か知らないか〜!」
突然、城内に響き渡る大声が聞こえてきた。サイガを探して城の中を走り回っているライ君の声だ。まだ声は遠く、中庭にたどり着くにはしばらくかかりそうだと判断し、私は再びふたりに意識を向けたが、……すでに、二人とも冷や水でも浴びせられたかのように空気が冷えきっており、カミニシさんはそっと身を離すと、「……続きは、また今度」とだけ呟いて、中庭を後にした。
◆
私は夜遅くまで、サイガに「正しい主従関係というものを叩き込んでいたせいで、すっかり寝過ごしてしまった。慌ててベッドから跳ね起き、窓の外を覗くと、すでに陽は高く昇り、部屋の中までまぶしい光が差し込んでいた。
「おはようございます、リン様。皆さまはすでにお食事を終え、中庭で稽古をなさっています」
呼び鈴を鳴らすと、すぐにマチさんが現れ、事情を簡潔に伝えてくれる。
「おはよう、マチさん。悪いけど、軽めの食事をお願いできる? もうお昼も近いようだし」
私が身支度を整えながらそう頼むと、マチさんは「かしこまりました」と一礼し、ほどなくして食事を運んできてくれた。私は手早く口にかき込み、食後すぐにお礼を告げると、サイガたちが稽古をしているという中庭へと向かった。
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