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146 大魔王……

ジュウカンを出発してから一週間が過ぎ、俺たちはようやくワントン領に入ろうとしていた。


カミニシが魔獣の馬に乗って先導し、その後ろをライが走っていく。そして、最後尾では、リンたちを乗せた馬車を、俺ともう一頭の魔獣の馬で引きながら、懸命に追いかけていた。


「サイガ、もう少し早く走れないの? このままだとカミニシとライから引き離されるわよ」

「リンさん、さすがにこれ以上、サイガを虐めるのはよした方が良いと思うのですが……」

「そうだよ、リンちゃん。いくらサイガの体力がすごくても、馬と比べるのはかわいそうだよ」


俺が歯を食いしばって馬車を引いていると、リンがさらに速度を上げろと指示してきた。だがそれを聞いたマヤとアオが、さすがに気の毒だと、リンをたしなめる。


だが、リンはトンハイ領で魔王ミナニシケイに誘われて、あわや妙な雰囲気になりかけたことを持ち出し、かなり昔の話をわざわざ蒸し返して、2人の心に怒りの感情を植えつける。


「そうですね、もう少しだけ反省が必要かもしれませんね」

「うん、確かにそうかも。それに最近は全然、ボクたちに構ってくれないし……」

「でしょ、2人なら分かってくれると思ってたわ」


まんまとリンの口車に乗せられた2人は、何度か頷いたあと、リンと同じように「もう少し早く走って」と口を揃えた。そんな様子を見てリンは満足そうに頷き、「分かってくれてありがとう」と言うと、俺の頭に直接、『ちんたら走ってんじゃねえよ』と、まるで別世界のヤンキーみたいなノリで、意志を叩きつけてきた。


――――――――――――


その後、ワントン領に入ってからも、カミニシのおかげで関所では一度も魔皇の呪紋が刻まれた俺の左手を確認されることなく、リンたちの叱咤激励(?)もあり、順調に王都ドンジンへ到着することができた。


ドンジンの正門前に着き、入城の手続きをするため行列に並ぼうとしたところ、カミニシが「来客用の入口から入る。ついてこい」と言い残し、正門とは別の方向へ向かっていった。


俺たちのことなど気にせず、さっさと先に進むカミニシに苦笑しながら、俺は魔獣の馬と一緒に馬車を引いてついていく。正門前に並ぶ多くの者たちからは、好奇の混じった視線を向けられたが、リンのおかげで、ちょっとやそっとのことでは心が折れなくなった俺は、気にせずそのまま馬を引き続けた。


カミニシが来賓用の入口に着くと、そこには大勢の魔人が整列していた。その中から、メイド服を着た一人の女性が一歩前に出て、主人の帰還を喜びの言葉で出迎える。


「おかえりなさいませ、カミニシ様。少しお戻りが遅かったので、皆が心配しておりました」


彼女の言葉に合わせて、並んでいた魔人たち全員が一斉に頭を下げた。


「心配をかけたな、マチ。それに、皆にも俺がいない間、ずいぶんと苦労をかけた。本当にすまなかった」

「いいえ、お気になさらないでください。私たちは皆、カミニシ様に仕えることを誇りに思っております」


マチと呼ばれた赤髪の、大人びた美しい女性はそう答えると、恭しく頭を下げたうえで「余計な気遣いは無用です」とやわらかく言葉を添える。続いて、背後に控える配下の者たちに目配せし、「不満などないな?」と確認すると、全員が深く頷いてカミニシに対する強い忠誠心を示した。


……俺は、目の前で繰り広げられる光景に呆然とする。確かカミニシは魔王で、立場は魔皇である俺より下のはずだ。だが、配下の者たち全員から尊敬の眼差しを向けられ、堂々と振る舞うその姿は、どう見ても俺なんかよりよほど最上位の魔族にふさわしい。


ついでに言えば、元魔王のリンよりも遥かに立派に見える……もちろん、それを口に出すほど俺はバカじゃない。


俺が初めて、カミニシのことを本気ですごいと思っていると、背中に鋭い痛みが走った。思わず振り向くと、そこにはこめかみに青筋を立てたリンが、御者が使う鞭を手に睨んでいた。……そういえば、以前も勝手に心を読まれて説教されたことがあったな、と思い出す。なんでアイツは、俺のことばかり気にしてるんだ……と頭の中でぼやいた瞬間、もう一度背中を叩かれた。


俺は叩かれた背中をさすりながら、いっそ俺も四六時中リンのことばかり考えてやろうかと思ったが、普段、リンが俺のことをどう思っているのかを知るほうが怖い気がして、やっぱり、今まで通りにしておこうと決めると、気を取り直して、カミニシたちの会話に耳を向ける。


「そういえば、カミニシ様。後ろにおられる方々が、ジュウカンからのお客様で間違いありませんか?」

「ああ、そうだ。あいつらがジュウカンから連れてきた連中だ」

「……ということは、あの馬車の上で鞭を持っている白髪の少女が、カミニシ様に勝ち、新たなジュウカンの魔王となったお方。そして、三百年ぶりに現れたという伝説の『魔皇』なのですね……」

「……いや、違う。馬車を馬と一緒に引いてる変な男のほうが、俺に勝って魔皇になったヤツだ。ちなみに鞭を持ってる女は、ジュウカンの前魔王だ」

「…………えっ!?」


カミニシの言葉に、マチさんは目を見開いて驚き、俺とリンを交互に見比べたあと、再びカミニシへと視線を戻し、「あれが魔皇、なのですか……? 本当に……?」と失礼な事を言う。たしかに、自分でも魔皇だの魔王だのという肩書きが、似つかわしくないことは自覚している。だが、それは望んで選んだ立場ではない。ただ流れのなかで、そうなってしまっただけだ。せめて、詐欺師でも見るような目は向けないでほしい……。


俺が、何と声をかけたものかと迷っていると、それまで奇跡的に黙っていたライが、ついに声を上げた。


「おい、そこの姉ちゃん! 師匠に向かって失礼だろ! こう見えても師匠はすごいんだぞ。なんたって、俺に呪術なしで勝ったんだからな。それに、トンペイで起きた魔物の大襲来(デス・パレード)じゃ、たった一人で何千体もの魔物を倒したんだ。いいか、姉ちゃん、人を見かけで判断すると痛い目見るぞ!」


そう言ってマチさんを指さしながら、ライは「見た目で判断するのはよくない」と説教を始める。……が、そもそもアイツ自身が俺の見た目に威厳がないと言っているようなもので、正直、まったく説得力がない。俺は溜息を吐きたくなる気持ちをなんとか堪えて、仕方なく口を開いた。


「少し黙ってろ、ライ。……確かに、俺自身、魔皇って柄じゃないことは自覚してるし、あんたが疑うのも無理はないと思う。そして何より、俺より後ろにいるリンのほうが、よっぽど恐ろしいってのも、まあ、その通りだ」


そう言いながら、俺は親指で背後を示してリンを指し、マチさんの洞察が間違っていないことを認めた。直後、三度(みたび)背中を叩かれたが、あらかじめ魔素を循環させて背中を硬化していたため、大した痛みはなかった。


俺は内心、「読めてたぞ」と勝ち誇った気持ちでわずかに微笑んだ。だが、その直後、背後から途轍もない殺気が立ち上がるのを感じる。振り返らずともわかる。リンが馬車を下りて、こちらに向かってきている……俺は即座に両手を上げ、地面に膝をつき、素直に降伏の姿勢を取った。


『悪かった、リン。また悪い癖が出て、調子に乗ってしまったようだ。許してくれ』

『はあ? 何、寝言言ってるの、サイガ? 許すわけないでしょ。それとも、一生寝言しか言えない体にされたいの?』


リンは、いつの間にか呪術を発動し、俺の背後に立っていた。青く光る剣で何度もちくちくと背中を刺しながら、『私のどこが恐ろしいのか、言ってみろよ、こら』と、意志を直接叩きつけてくる。……その言葉を受け取った瞬間、俺の脳裏には『そういうところだぞ』というセリフが浮かびかけたが、咄嗟に必死で別のことを考え、頭の中からその一言を消し去った。


全身に冷や汗を流しながら、背後のリンに必死で謝罪の意志を送り続けていると、ライが俺の言いつけを破り、再び声を上げた。


「わ、わ、わかったか、姉ちゃん! 師匠のすごさが! 『大魔王』と呼ばれるリン姉さんの殺気をまともに浴びても、失神せずに耐えてるんだぞ! すごいだろ!」


リンの殺気に怯えながらも、ライのバカはマチさんたちに俺の『すごさ』を熱弁している。だが、その言葉よりも先に、『大魔王』という単語に反応したリンが、ぎろりとライを睨みつけ、低い声で問いかけた。


「ライ。アンタ、今なんて言ったの? ……大魔王って、一体何のこと? 教えてくれる?」

「ああ、それは、師匠が前にリン姉さんのことを、尊敬の念を込めて言ってたんだ。確か――『あいつは、別世界でいうクッ○とかピッコ○と同じ、大魔王だ』って……」

「ばっ、ばか、やめ……!」


俺が咄嗟にライが喋るのを止めようとするが、リンが剣の切っ先を背中に突き付け『黙ってろ、ボケ』と頭の中に意志を飛ばすと、俺の口を閉じさせてライに続きを話すように促す。


「へぇ、初めて聞く言葉ね。それで、『大魔王』って……どんなヤツか聞いてみたの?」

「もちろん聞いたぜ。なんでも口から卵を出して仲間を増やしたり、とげだらけの甲羅を着て体当たりしたりして、魔族も人族も関係なく、恐怖のどん底に突き落とす最強の魔物らしい。俺もいつか、リン姉さんみたいに……みんなが震え上がる『大魔王』って、師匠に呼ばれるくらい強くなってみせる!」


ライのバカは、言わなくていいことまで全部しゃべったうえに、目を輝かせながらしょうもない夢まで語り出す。だが、感動する者など誰一人おらず、その場にいる全員が、リンの放つ殺気に凍りついていた。そして、その殺気のど真ん中にいる俺に、リンがやさしい(・・・・)声で語りかけてくる。


「サイガ、後で話があるから、私の部屋に来て。それとカミニシ、悪いけど、しばらく誰も部屋に近づけないで。お願い」

「……ああ、わかった。あと、もしよければ、サイガとの話が終わったら教えてくれ。何人か使用人を向かわせるから」


カミニシは、俺には一切視線を向けず、リンのほうだけを見ながら「思う存分、サイガと話してくれ」と告げた。そしてマチさんに、急ぎ王城に向かうよう指示を出した。

お読み頂き、ありがとうございます!

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さらに何か感想を頂けると嬉しいです!<(_ _)>


また、「転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~」という作品も投稿していますの、こちらも読んで頂けると、なお嬉しいです。

<(_ _)>

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