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145 ワントンへ

師匠と稽古していたはずの俺は、気がつくと何故か部屋のベッドで寝ていた。


「あれ? 確か師匠と中庭で稽古してたはずじゃ……」


ベッドから飛び起きた俺は、部屋の外に出て、廊下を歩いていた召使いの姉さんを見つけて声をかける。


「悪いけど、師匠がどこにいるか知ってるか?」

「……はい。今は大会議室で、重要な話し合いをしているはずです」


俺の問いに、召使いの姉さんは静かに答えた。それから、ノーベさんから『誰も近づけないように』という指示が出ているとも教え、今は行かない方がいいと、ちょっと困った顔で忠告してくれた。


「心配無用だ! 俺は師匠の弟子で、師匠は俺の師匠だ! きっと、大会議室に飛び入りで参加しても、許してくれる!」

「……そうですか。なら、問題ないですね……」


召使いの姉さんは、まるで近所のちょっと可哀想な子を見るような目で俺を見た。そして、小さく「サイガ様も大変なのね……」と呟くと、大会議室の場所を教えてくれた。


――――――――


俺は召使いの姉さんが教えてくれた大会議室に入ると、リン姉さんが正座をした師匠に「アンタの態度は大人じゃなく、ただオッサン臭いだけだ」と額の外殻を突きながら説教をしていた。


額をリズムよく突かれていた師匠は、俺が入ってきたのに気づくと、ちらりと視線を向けてくる。その目はどこか助けを求めているようで、「なんとかしてくれ」とでも言いたげだった。そして、俺の姿を見た師匠は、リン姉さんにそっと視線を向けて、俺が部屋に入ってきたことを知らせた。


「どうしたんだ、ライ。いきなり部屋に入ってきて……何か用か?」

「何しにきたの、ライ? 今ね、サイガに舐めた態度をとったことを後悔させてる最中なんだけど」


リン姉さんは俺を鋭く睨みつけながら、まるで「この場を邪魔する気なの?」とでも言いたげな気配を漂わせ、そのまま呪術を発動し、青く光る剣を俺の方へ向ける。


「……俺がリン姉さんの邪魔なんかするはずないだろ。どうせ師匠がまた、余計なことを言って怒らせたんだと思うしさ」


青い剣の先端が額にかすって、ほんの少しだけ血がにじむと、俺はゆっくりと後ずさりしながら、「俺は味方です、だから許して」と目で訴えた。すると、リン姉さんは口元だけで冷たく笑い、静かに口を開く。


「なら、早く部屋から出たほうがいいわよ。これから先は――子供にはちょっと刺激が強いから」

「そうなんだ、ありがとう、教えてくれて。……やっぱり、リン姉さんは優しいな?」

「ふふふ。なんで最後、疑問形なの? 相変わらず、ライはバカね」


そう言いながら、リン姉さんは剣の腹で俺の頬を軽く叩くと、「師匠の無様な姿を見たくないなら、早く出ていきなさい」と鋭い目でにらみつけてきた。俺は視線をそらさずに後ずさりし、扉に手がかかった瞬間――、そのまま勢いよく、飛び出すようにして部屋を出た。


俺が転がるように廊下に出ると、背後でゆっくりと扉が閉まっていく。そのわずかな隙間から、師匠が「どうして助けてくれなかったんだ」とでも言いたげな目で、こちらをじっと見ていた。



「師匠、いよいよワントンに出発だな!」


俺に陽気に声をかけてくる裏切り者(ライ)を無視して、カミニシ(・・・・)に体調のことを尋ねる。


「カミニシ、体は大丈夫か? 昨日の今日で急いで出発して、本当に良かったのか?」

「ああ、構わない。早くワントンに戻らないと、部下たちが心配するからな」


カミニシは、これ以上領地を離れたら部下たちが過労死(しぬ)かもしれんと、冗談めかして言いながら、肩をすくめる。その言葉に反応したララが、俺を鋭く睨みながら口を開く。


「アンタもジュウカンの魔王なんだから、少しは仕事したらどうなの。私やオテギネさんに任せっきりで……少しはカミニシを見習ったら?」

「そうよ。ララばかりに仕事を押しつけて……少しは感謝して、お土産でも買ってきなさいよ」


リンがララの愚痴に頷きながら、当然のように文句を言ってくる。その横で、ララは「姉さんだって少しは手伝ってよ」とでも言いたげに、視線で訴えていた。だがリンはというと、都合よく俺を睨んだまま、ララとは一切目を合わせようとしない。そして、そのまま俺に向けて意志を飛ばし直接語りかける。


『このままだと、私もジュウカンに残って仕事をする羽目になるから……急いで出発するわよ』

『いや、あれだけ偉そうなことを言ったんだ。お前もジュウカンに残って、妹思いなところを見せてやれ』


俺は、うまくいけばしばらくリンと離れられるかもしれないと思い、ララのためにも少しは仕事してやれと意志を返した――その瞬間、鉄扇で思いきり頭を叩かれる。


「サイガ、大丈夫? すごく大きな蜂が頭にとまっていたわよ。多分、あれは魔蟲で間違いないわ」

『アンタ、まだ説教してほしいの? 後悔が足りないようね……。いいわ、ワントンまでの道中、しっかり教育(・・)してあげる』


リンは、俺の額から流れる血を拭くふりをしながら、「アンタの頭は鳥以下か」と冷たく呟く。昨日、あれだけ説教されたのに、また舐めた態度を取ったことが気に食わなかったのだろう……そのまま俺のこめかみに指をぐいっと突き刺してきた。


額の外殻と皮膚の隙間に、容赦なく指をねじ込まれ、その爪で執拗に引っかかれるような感覚に、俺が『もう二度とふざけたことは言いません』と思わず意志を飛ばすと、それに対しリンは、一瞬だけ呪術を発動させながら、『次は鉄扇じゃなくて、剣で殴るから』と、静かに脅してきた。


「お前たちは何をやっているんだ。いい加減、出発するぞ」


俺たちのやり取りを黙って見ていたカミニシが、冷静に声をかけてきた。リンは「何を偉そうに仕切ってるのよ」と不満げに睨みつけていたが、俺は「渡りに船だ」と思い、さっさと荷物を背負ってカミニシに同調する。


「俺も準備万端だーっ!」


どこからか張り切った声が飛んできたが、もちろん俺は裏切り者(ライ)を無視して、マヤとアオに視線を送ると、ふたりともすでに準備を終えていて、俺たちのくだらないやり取りが終わるのを黙って待っていた。


「……待たせたな」


そう言って俺はふたりに謝ると、横でしつこく話しかけてくるライの頭を「大きな蜂がいたから」と言ってぶん殴り、リンにやり返せなかった分のうっぷんを、少しだけ晴らすと、ワントンへと向けて出発した。

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また、「転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~」という作品も投稿していますの、こちらも読んで頂けると、なお嬉しいです。

<(_ _)>

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