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144 真実の行方(2)

「――――というのが、カミニシの故郷で起きた事件の内容よ。正直、人族が魔族領の最東にあるワントン領まで侵入できるとは思えないし、わざわざそんな奥まで行かなくても、隣接するジュウカンで拉致すれば事足りる話よ」


リンさんが説明を終えると、会議室には静かな沈黙が広がった。隣に座るアオを見ると、少なからず動揺しているようで、顔が沈んでいる。私も、話の途中から胸のあたりが重くなってきて、今はアオと似たような表情をしている気がする。


けれど、私たちは、人族が関わったかもしれない事件について話し合うためにここへ来た。気分に流されてはいけない……そう自分に言い聞かせて、知っていることを口にすることにする。


「確かに、魔族を攫うだけなら、わざわざ遠くまで入り込む必要はないと思います。ただ、少し気になることがあります」


私の言葉に、リンさんはすぐ反応して、「何でもいいから教えてほしい」と真剣な声で言った。サイガも同じようにこちらを見て、何か気づいたことがあるなら話してくれと、静かに目でうながしてくる。


「……本当かどうかは分かりませんが、昔、人族領にいた頃に、エルフの友人から聞いた話です。この世界は、丸い球体のような形をしているらしくて……同じ方角にずっと進んでいくと、元の場所に戻るんだって言っていました」


私は、スミノエ様が酔った勢いで口にしていた言葉をふと思い出しながら、魔族領の最東にあるワントンが、実はそれほど遠い場所ではないのかもしれないと伝える。けれど、その話を聞いた皆は、どう受け取っていいか分からない様子で、しばらく言葉を失っている。


私がどう説明すれば良いか思案していると、アオが机の上に置かれていた紙を手に取り、簡単な地図を描いて皆の前に広げた。


「ここが魔族領で、ここら辺がワントンで良いかな? そして、こっちが人族領で、最西にあるのがエルフたちが住むブランバイス聖王国になる。そして、こんな感じで紙を丸めると、あんなに離れていた2つの場所が、海をはさんで隣同士になるんだ」


手書きの地図をくるりと円筒状に丸めながら、アオはスミノエ様から教わったことを思い出しつつ、なるべく分かりやすく説明しようとしていた。その説明を聞いたリンさんとララさんは、小声で何か話し合うと、ノーベさんに指示を出す。しばらくして、召使いの人が果物が山盛りに乗った大皿を運んできた。


ララさんはその中から大きなリンゴをひとつ取り、アオに渡して「これに地図を書いて説明してほしい」とお願いする。その横では、果物に手を伸ばそうとしていたサイガの頭をリンさんが軽く叩いて、「少しはお前も考えろ」と真顔で説教していた。


アオは説教されるサイガを横目に苦笑いを浮かべながら、ララさんからリンゴを受け取り、懐から取り出したクナイで器用に皮を削って地図を描いた。そして、私から待ち針を二本借りると、それをリンゴの表面に刺して、再び説明を始める。


「このリンゴがボクたちが住む世界で、こことここがワントンとブランバイス聖王国とするでしょ? それで、大陸を横断するように進むと2つはすごく離れて見えるけど、海を渡っていけば意外と近くにあるでしょ?」


アオの説明を聞いたカミニシは、「にわかには信じがたい」と呟いたが、何か思うところがあったのか、やがて静かに口を開いた。


「……この世界が球体の形をしているとは思えないが、俺たちが住んでいた村の海岸には、魔族領には存在しない物が流れ着くことがあったらしい。ごくまれにだが、人族と思われる死体が打ち上がることもあったみたいだ」


その話を聞いたサイガが、「どうして人族の死体だと分かったんだ?」と尋ねると、カミニシは、魔人には存在しないエルフやドワーフに似た容姿をしていたからだと答えた。


「……確かに、マヤとアオの話が本当だとすれば、カミニシが襲われた村に人族の物が流れ着くのも頷ける。まあ、漂流物なんてどこからでも流れてくるもんではあるが……容姿が確認できるほど損傷の少ない死体が流れ着くってことは、やはり、そこまで遠くない可能性が高いか」


そう言いながら、サイガは、ブランバイス聖王国に住む人族の大半がエルフで間違いないかどうか、私とアオに確認を求める。私は、昔特使として聖王国を訪れたことがあり、その際に歴史や文化を学ぶ機会があった。それに加えて、スミノエ様から聞いた市井での暮らしの話とあわせて、私の知る限りのブランバイス聖王国について説明を始めた。



俺は、マヤの話を聞きながら、ブランバイス聖王国に対する不快感を抑えきれずにいた。あの国は、自分たちの価値観を一方的に押しつけて、長命種であるエルフやドワーフのみを『人族』として扱い、国民と認めている。それ以外の種族である人間、獣人、鬼人といった短命種には、居住することだけを許し、人権を含めたあらゆる権利は一切認められていないらしい。


さらに、鎖国的な政策をとっていながら、他国には高圧的な態度で理不尽な外交を繰り返しており、多くの国から反感を買っているという。しかし、魔法に長けたエルフと、高度な文明と技術を持つドワーフが多く住む聖王国は、人族領の中でも群を抜いた国力を誇っている。そのため、その独裁的な振る舞いに対して、どの国も真正面からは文句を言えない……と、マヤは淡々と語った。


「……なるほど。正直、あまり行きたい国じゃないな。それに、今の話を聞いてると、エルフやドワーフなら、魔族に対して平気で非人道的なことをする可能性もあるんじゃないかって、疑いたくなるな」

「そうですね。私も滞在している間は、かなり差別的な態度をとられて、不快な思いをしました」


マヤは、滞在中に聖王国の貴族たちと接する機会があったらしいが、貴族本人と直接言葉を交わすことは許されず、常に召使いを通して会話をしていたという。その時のことを話すマヤは、あまり感情を表に出さない彼女にしては珍しく、わずかに顔を歪めていた。


「ブランバイス聖王国も酷かったんだね。ボクが行ったブリギット共和国も、結構なものだったけど……そこまではなかったな」


マヤの話を聞いたアオは少し驚いたように目を見開き、自分が滞在していたドワーフやホビットが多く住むブリギット共和国のことを話し出す。聖王国ほど露骨な扱いは受けなかったものの、どこか常に見下されているような視線を感じていた、と静かに語った。


「……そうか。2人とも、人族領の中を転々としていたんだな。どんな理由があったかは聞かないが、魔族領に戻れてよかったな」



マヤとアオの会話を聞いていたカミニシが、魔人でありながら人間と偽って人族領で暮らしていた2人の苦労を想像して、ねぎらうように言葉をかけた。その一言に、俺は普段いつも冷たい態度をとっているカミニシが見せた、ほんのわずかな優しさを感じて、つい、笑みが零れる。


「そうよ。苦労してるのは、アンタだけじゃないのよ。だからそんな、『俺だけが不幸だ』みたいな態度はやめなさい。そんなんじゃ、領民たちからも慕われないわよ」


リンは、意外にも相手を慮るような態度を見せたカミニシに対して、「不幸を背負っているのは自分だけ」と言いたげなその様子を、容赦なくバッサリ斬り捨てた。そして、「不幸自慢ならマヤたちも負けていない」と言い放ち、そんなことでしか自慢できない魔王を持つワントンの領民たちが気の毒だと本気で嘆いた。


『そこまで言ってないわよ、サイガ。勝手な解釈はやめてくれる?』


俺は、リンの言葉からそれなりに真意を汲み取ったつもりだったが、すぐに意志を飛ばされて、ぴしゃりと否定された。だが、その顔を見れば、図星を突かれてムキになってるのが一目瞭然だったので、大人の対応として突っ込まずにやり過ごすことにした。


「サイガ、後で相談したいことがあるから、話し合いが終わっても残っててね」


リンはこめかみにうっすら青筋を浮かべながらも、笑顔のままでそう言うと、すぐに『折檻してやるから覚悟してなさい』と、感情をぐいっとねじ込むように意志を飛ばしてきた。俺はその圧に押されながらも、話し合いの最中、ずっと意識を繋がれていたことに今さら気づき、余計なことは考えないよう、慌てて心を落ち着かせる。


「と、とにかく……カミニシの故郷で起きた事件の犯人が、人族である可能性が十分にあることは分かった。それで、ひとつ提案なんだが、一度、お前の故郷を俺に見せてくれないか?」

「……どういうことだ? 事件が起きてからすでに十年近く経っている。もはや当時を知っている者たちは村を出ていき、証拠になりそうなものも、とっくに調べ尽くしたはずだが」


俺の申し出に、カミニシは不思議そうな顔をして問い返す。その疑問に答える代わりに、俺は静かに、額にある魔眼を開く。


「この眼なら、何か教えてくれるかもしれない。だから、俺をワントン領に連れて行ってほしい」


俺の魔眼を見たカミニシは、一瞬だけ目を見開き、「そういえば、魔眼持ちだったな」と小さく呟いた。そして、顎に手を添えてしばらく思案したあと、こちらを見て、静かに口を開く。


「……わかった。俺も、ずっと真実を知りたいと思っていた。誰が姉さんを殺したのか。そして、なぜ魔人を拉致して、あんな惨たらしい実験を行ったのか……。だが、もし本当に人族が犯人だったら、お前たちはどうするつもりだ?」

「正直、どうするかまでは考えていない。だが、少なくとも、そんな非道なことをした連中には、ちゃんと報いを受けさせてやるさ」


俺の言葉に、カミニシは小さく笑い、「なら、ワントン領に連れて行ってやろう」と、短く約束した。

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また、「転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~」という作品も投稿していますの、こちらも読んで頂けると、なお嬉しいです。

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