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142 カミニシの過去

リンは、カミニシが自ら仕向けた魔獣を討伐するためにジュウカンへ来たのだと告げた。そして、憎悪に満ちた視線をカミニシに向けながら、ショウオン村を襲った魔物の大量発生も、きっとこいつの仕業に違いないと吐き捨てる。


たしかに、リンの怒りも理解できるが、俺はまずカミニシから話を聞くべきだと思い、リンを落ち着かせようとする。しかし、リンは鋭い視線でこちらを睨みつけ、声を荒らげて詰め寄ってきた。


「アンタ、こいつのせいでジュウカンにいた多くの人たちが死にかけたのよ!それに……マヤとアオだって、あのとき死んでたかもしれなかったって、忘れたの!?」


リンは、何を呑気なことを言っているのかと叫び、一歩間違えれば多くの住民が死んでいたかもしれないと、俺に詰め寄る。だが、感情に任せてカミニシを糾弾しても、状況が好転するわけではない。俺はリンをなだめるように頭を下げ、少しでいいから冷静になってくれと頼んだ。


「リン、気持ちは分かる。確かに、あと少しでもショウオン村に着くのが遅れていたら、きっと多くの住民が死んでいただろう。その中には、マヤやアオも含まれていたかもしれない……。だけど、今は落ち着いてくれ。とにかく、カミニシから理由を聞かなければ、これからどうやってジュウカンを守るべきか判断できないんだ」


俺は、リンの言っていることが正しいのは分かっている。しかし、なぜカミニシが魔族たちをジュウカンに差し向けたのか、その理由が分からなければ、今後どうやってジュウカンの住民たちを守るべきか対策も立てられない。もし、カミニシが再びジュウカンを危機に陥れるようなことがあれば、そのときは容赦なく潰すと、そうはっきりと伝える。


「カミニシ、お前がネズミの魔獣をジュウカンに送ったのは分かったが、なぜそんなことをしたんだ?」


俺はリンの前に出てカミニシとの視線を合わせ、ララに向かって目で「少し落ち着かせてくれ」と合図を送ると、あらためて、カミニシを真っすぐ睨みながら、ジュウカンに魔族を差し向けた理由を問いただす。


「……別に大した理由じゃない。ただ、このジュウカンが人族領と隣接している魔族領の中で唯一の領地だからだ」


カミニシは、まだ魔王になる前からずっと人族領への侵攻を考えていたらしいが、肝心のジュウカン領は長らく空位にならず、その座を諦めて、ひとまず故郷であるワントンの魔王となったという。


そして、ようやくジュウカン領の魔王の座が空いたとき、どうすべきかを付き合いの長いクズノセに相談した。その結果、同じく人族領への侵攻に興味を持っていたシノジを誘い、魔王選定の儀に参加することを勧められたみたいだ。


しかし、さすがのカミニシも、すでに魔王となった者が別の王領の魔王の座を狙うのは前例がなく、儀式を管理している魔神が許さないだろうと考え、そうクズノセに伝えたところ、「その時はワントンの王位を返上して、ジュウカンの魔王になればいい」と返され、半信半疑のまま申請してみたら、実際に受理されたという。


まさか本当に通るとは思っていなかったらしく、驚きつつも「魔王が3人も出れば、そのうちの誰かが選ばれるはずだ」と確信し、配下の者たちに人族に強い恨みを持つ魔族を選んでジュウカンに向かわるよう命じたが、思惑に反して、魔王にはなれなかった。


そして、俺に敗れたあと、カミニシはすぐにワントンへ戻り、配下に命じて魔族たちを呼び戻そうとした。そのとき、部下の一人から、差し向けた魔族の中にジュウカンの魔族に強い憎しみを抱いているネズミの魔獣・ヘイジャーシュが含まれていたことを知らされる。恐らく、ヘイジャーシュは呼び戻しに応じず、そのまま暴走するだろう……そう考えたカミニシは、自らの手でその暴走を止めるため、ジュウカンにやって来たのだと説明した。


「……なるほど。人族領へ攻め込むために魔族を差し向けたが、その中に、ジュウカンの魔族に敵意を持つ魔獣が混じっていた。そして、お前はその後始末のためにジュウカンへ来た……そういうことか」


俺が理由を尋ねると、カミニシは大きく頷き、「ジュウカンの魔族に恨みはない。申し訳ないことをした」と小さく呟きながら頭を下げた。素直に謝罪するその姿を見て、俺は一歩横にずれる。するとリンが前に出て、静かに口を開いた。


「……理由は分かったし、あなたにジュウカンの住民たちを傷つける意図がなかったことも理解したわ。謝罪も、受け入れていいと思う。でも……どうして人族領への侵攻なんて考えたのか、教えて」


リンの問いに、カミニシは逡巡するように目を伏せ、しばらくの沈黙のあと、意を決して、自分の過去を語り始めた。



俺は、リンに「なぜ人族領への侵攻を考えたのか」と問われ、姉さんのことを話すべきか迷う。魔王選定の儀で一度は戦ったサイガはともかく、まだ会って間もないリンやララに、自分の過去を明かすべきかどうか、その判断に悩む。


だが、命を救われ、この屋敷に招き入れられて手厚く介抱されたことを思い出す。そして、同じ魔族としてこのジュウカンで生きる者たちには、人族の残虐さを知っておいた方が良い、そう思い至り、俺は人間に姉さんを殺された過去を語り始めた。


――――――――


俺が住んでいた町ハイヤンは海に面しており、漁業と貿易が盛んな町で両親はそこで貿易商をしており、仕事柄家を空けることが多く、俺の世話は4つ上の姉さんがしていた。


当時、町では行方不明者が相次ぎ、警備隊や大人たちが町の周囲を警戒し、交代で見回りをしていた。そんなある日、港に一隻の見慣れない大型船が漂着する。すると、どこからともなく大勢の人間たちが現れ、町を襲撃した。


いきなり町に現れた人間たちは、女子供であろうと容赦なく襲いかかり、多くの死傷者を出した。俺の家にも人間たちが押し入り、使用人たちを次々に殺すと、俺と姉さんを拘束し、そのまま港の大型船へと連れて行った。


その船の中には、行方不明になっていた町の住民たちが閉じ込められていた。彼らは、見たこともない怪しい器具を使われ、次々と常軌を逸した実験の犠牲になっていた。


……隣の家に住んでいた叔父さんは、四肢を切断され、達磨のような姿にされ、また、いつも笑顔で挨拶してくれた近所の老女は、毒々しい色の液体を注射され、正気を失い、不気味な笑みを浮かべながら、ずっと笑い続けていた。


姉さんは、船内で繰り返される地獄のような実験を目の当たりにし、俺だけはどうにかして逃がそうと決意した。そして、自ら進んで実験体になると申し出て、あえて協力的な姿勢を見せた。


人間たちは、従順にふるまう姉さんを見て嫌らしく笑い、油断して無防備に近づいてくる。その一瞬の隙を突いて、姉さんは手近にあった武器を奪い、目の前の人間を斬りつけると、俺の手を引いて船内を駆け抜けた。


そして、甲板に出たところで、船がすでに出航していることに気づき、一瞬だけ動揺する。だが、すぐに俺の方を振り返り、優しく微笑むと、そっと頭に手を添えて撫でる……。


「……生きて」


そう呟いた次の瞬間、俺を海へと突き飛ばした。


――――――――


「――――俺は海に落ちたあとも逃げずに、姉さんに向かって必死に『一緒に逃げよう』と叫び続けた。だが、俺を心配そうに見ていた姉さんが、船の手すりから身を乗り出したその瞬間、人間が背後から斬りかかって……首を刎ねた。あのときのあの人間の顔は、今でも鮮明に覚えている……絶対に、忘れない。

そして俺は、生きて必ず人間たちに復讐すると誓い、必死で泳いで町に戻ったときには、すでに多くの遺体が転がっていた……生き残っていた者たちも、ほとんどが深く傷つき、まともに動ける者なんて、ほとんどいなかった……」


俺は、人間に殺された町の人々の復讐を果たすために、ジュウカン領の魔王を目指したのだと伝え、同じように人間に家族や仲間を奪われた魔族は他にも大勢おり、人族領への侵攻を望む同志も、すでに十分な数が揃っていることを明かす。できることなら、サイガたちにも、その仲間に加わってほしい。そう願いながら、俺は静かに頭を下げた。

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また、「転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~」という作品も投稿していますの、こちらも読んで頂けると、なお嬉しいです。

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