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014 サイド:槍聖フォル

俺が、周辺の偵察を頼んだ動物たちと情報を共有していると――ティアが、アルスと話しているサイガに向かって、よく分からない言葉をつぶやきながら、魔法を発動する真似をしている姿が目に入った。


「……何やってんだよ、ティア」


どうやら相変わらず、サイガにやきもちを焼いているらしい。アルスがいいヤツなのは確かだし、惚れるのも分かる。だが、サイガは関係ないだろう。


俺の国の公爵令嬢――金髪碧眼の美少女ティアは、アルスに付き従うようにして魔王討伐隊に入った。そのお嬢様も、この旅を通して随分と逞しくなったものだ。


何度もサイガに向けて魔法を放つ真似をするティアを横目に見ながら、俺は野営地周辺の情報を伝えるため、アルスたちのもとへと足を向けた。


「おい、アルス。周辺の状況が分かった。強力な魔族や魔物はいない。それから、北と東に湧き水を見つけた。……ただし、北の方は魔獣や魔物がやや多い。水の補給には、東を選んだほうがいい。あとで案内する」

「フォル、ありがとう。君の加護のおかげで、みんな本当に助かってるよ」

「それはお互い様だろ。それに、礼なら――こいつらに言ってやってくれ」


そう言って、俺が口笛をひとつ吹く。すると、空からはトリが、茂みの陰からはヘビが、懐の中からはネズミがぞろぞろと姿を現した。アルスは驚きつつも、一匹一匹に丁寧にお礼を伝える。そして、俺に向かって、こいつらへの食べ物を手渡してくる。


――魔族領に自生している動植物には多くの魔素が含まれている。


魔素を吸収してしまうこいつらには、人族領から持ち込んだ安全な食べ物しか与えていない。万が一、魔族化して魔獣にでもなったら――それこそ、目も当てられない事態になる。


俺は感謝の気持ちを込めながら、一匹ずつに食べ物を与えていった。そして、すべて配り終え、ふと顔を上げると――いつの間にか、サイガと視線がぶつかった。


「ん? なにか気になるのか、サイガ?」

「いや、ちょっとな。フォルは彼らと、どうやって喋っているのか、興味を持ってな」


サイガは興味深げに、俺の動物たちを見ながら尋ねてきた。


「……今さらだな。俺とこいつらだけにしか分からない『信号』がある。それが頭の中に伝わってきて、意思疎通してる。喋ってるわけじゃない」


そう答えながら、俺は赤い髪の間から突き出た、自分の角を指差した。


「なるほど。つまり『テレパシー』ってやつだな」

「いや、意味がわからないのだが……」


サイガの悪い癖だ。別世界の言葉を勝手に使って、勝手に納得する。まあ、理解はしているようだから問題はないのだが――。


その様子を見ていたアルスが、どこか呆れたように、けれど楽しげに、苦笑いを浮かべていた。


俺の【動物の神の加護】は、九匹の動物たちと意思疎通できるというものだ。ただし、愛情を持って育てない限り、その力は発動しない。だからこそ、意思疎通ができるようになるまでには、それなりの時間がかかる。


そしてなにより――愛情をかけて育てたこいつらを、利己的な理由で使役するのには、どうしても抵抗がある。実際、俺が討伐隊に参加することが決まったときも、こいつらを連れていくべきかどうか、ずいぶん迷った。


結局、偵察に適した三匹だけを連れていくことにした。魔族領は、魔蟲・魔鳥・魔獣といった危険な生き物がうようよしている場所だ。そのうえ、魔素の影響で「魔族化」する恐れもある。


だからこそ、この三匹には常に俺の傍にいるように伝えて、偵察のときだけ、必要最低限の距離を取ることを許している。さらに、偵察中も無理はするなと、何度も念を押してあった。


だが、そんな俺のやり方を、バカにする奴らもいた。特に前衛小隊の連中はひどかった。


「俺たち人間は前衛で傷ついてるってのに、貴族様のかわいい動物たちは、後衛でのんびり守られてる」


――そんな陰口が、討伐隊の中で静かに広まっていった。


アルスも、いろいろと動いてくれてはいた。けれど、状況が収拾に向かう気配はなかった。俺も、こいつらを犠牲にしてまで魔王を討伐するつもりはなかった。


……戦線を離れて、故郷に戻ろうか――そう考え始めていた、その時だった。サイガが、前衛小隊の連中を全員集めて、緊急の特別命令を言い渡した。


「おい、お前ら。大事な人はいるか? 子どもとか、親とか、恋人とか――そういうヤツだ。悪いが、そいつらをここまで連れてきてくれ。命令だ」


思いがけない命令に、隊員たちは全員きょとんとした。


「は、はい?」

「安心しろ。後衛での従軍だ。たまに偵察はしてもらうがな。……もちろん、給金も弾むぞ」


言葉の意味を理解できずに呆然としていた隊員たちは、我に返ったように一斉に声を上げた。


「サイガ隊長、そんなの無理に決まってますって! 無茶苦茶ですよ!」

「……ん? なんでだ?」


サイガは首を傾げ、心底不思議そうに眉をひそめる。


「『赤髪の兄ちゃんの動物たちは守られてていいよなぁ』――そう言ってたのは、お前らだろ?

あの動物たちは連れてこられてるし、偵察にも出てる。羨ましいんだろ? だったら、お前らも大事な人を連れてくればいい」


その言葉に、ひときわ強い声が返ってくる。


「そりゃ、人間と動物は違いますよ! そんな理屈、通りません!」

「違う? ふうん……じゃあ、ちょっと聞かせてくれ」


サイガは声の調子を落とし、ゆっくりと一歩前に出る。そして、静かに口を開いた。


「俺のお袋と、お前の親父。お前の恋人と、子ども。――どっちの命に価値があるんだ?」


静まり返る空気の中、誰一人として答えない。 サイガはその沈黙を受け止めるように、ゆっくりと視線を巡らせながら語り出す。


「お袋と親父、子どもと恋人。人間と動物。 命ってやつは、みんな平等に無価値(・・・)だ。それに価値をつけてるのは、俺たち自身だ。 『どっちが上だの下だの』……そんなもんは、勝手な決めつけでしかない」


そして一度目を閉じ、静かに息を吸い込むと――語気を強め、しっかりと最後を締めくくる。


「俺にとっては、お袋が一番大事。お前にとっては、恋人かもしれない。 あの兄ちゃんにとっては――動物たちが何より大事なんだ。 それを連れて戦場に来てる。……それだけで、俺はあいつを尊敬する」


最後に隊員たち一人ひとりの目をまっすぐに見据えたあと、サイガは静かにその場を後にした。


――あの一件のあと、陰口は幾分か収まった。完全になくなったわけじゃない。だが、それでも前よりはマシになった。何より――俺自身が、サイガの言葉に救われていた。陰口を叩かれようが、もう気にならなかった。


そんなふうに、昔のことを思い出していると――アイツから声がかかった。


「おい、食事前に軽く稽古に付き合ってくれ。今日は移動だけで体力が余ってるんだ」

「……それって、お前だけだぞ。俺はもうクタクタだ」


まったく、相変わらず人間離れした体力をしている。俺はすでに限界だったが――少しだけ付き合ってやるかと思い直し、稽古ができそうな場所を探すアイツの背中を、のそのそと追っていった。


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