138 勇者と魔王(完)
「呪術:駿風大凍 (シュンプウタイトウ)」
俺は呪術を発動し、凍てつく突風を起こして目の前に迫る人間の男を目掛け放つが、またも男は瞬時に魔法を発動して俺の呪術を防ぐ。
「火焔の城壁 (ファイアウォール)」
俺が起こした突風は炎の壁に阻まれ、上昇気流と一緒に空に上がって消えると、炎の壁の中から男が飛び出して斬りかかる。
俺は腹部の傷口が開くのも構わず、全力で男の剣を受けると全身が濡れている事が分かり、炎の壁を突破するために自らも何らかの魔法をかけたのだと推測する。そして、どんなに化け物じみた男でも、無策に炎の中に飛び込むことはないと分かり、一応、こいつもこの世の理の中で生きてるのだと妙に安心する。
とはいえ、体内の魔素を高速で循環させて肉体を強化している俺を上回る力で抑え込むこの男が、本当に人間なのかは怪しいが……。とにかく、このまま鍔迫り合いを続ければ、力で劣る俺が男の剣に両断されるのは明白だ。
俺は迫り来る剣を目の前にして、一か八か全身の力を一気に抜き後方に倒れると、急に支えが無くなった男は前方に倒れ込み、地面に手をつき回転して起き上がる。
一瞬の隙を突いて距離を取ることに成功した俺は、すぐさま起き上がると、体内に残る魔素の量を瞬時に把握し、第4段階の呪術が使用可能かを計算する。すでに第3段階までの呪術がヤツには通用しないと分かっており、さらに身体能力でも劣る俺は、このまま何もせずにいれば確実に殺される……。
俺に残された勝ち筋は、第4段階の呪術を発動し、分身した俺に動揺し対応が遅れたヤツを一気に追い詰め、勝負を決めることだけだ。正直、それ以外の手段は思いつかず、魔王であるこの俺をここまで追い詰めた人間の男に恐怖する。
俺は人間の男と対峙しながら第4段階の呪術が発動できると判断し覚悟を決めると、体内にある全ての魔素を使い第4段階の呪術を発動した。
◆
「呪術:逡複太刀 (シュンプウタイトウ)」
倒れながら僕を投げ飛ばし距離を取った魔王は、僕を睨みつけ細剣の構え直すと、同時に呪術を発動した。そして、一瞬で姿が4つに増え、同時に全方向から斬りかかってきた。
僕はすぐに視覚と脳の処理能力を強化し、目に入る情報を分析すると、4人すべてに影があり、土を跳ね、風を切りながら迫ってくる、……つまり、彼らは幻影ではなく、実体を持っていると分かった。「本当に4人に増えたのか……呪術って、本当に何でもありだな」と内心で呆れつつも、このままでは4人の魔王に切り刻まれると判断した僕は、人間強化の施術をした時に考えておいたオリジナル魔法を発動する。
「雷帝の皇衣 (エレクトリフィケイション )」
突然、空に轟音が響き渡り、雷が僕を目がけて落ち、4人の魔王をまとめて吹き飛ばすと、雷撃を受けた僕の体には、膨大な電気エネルギーが蓄積される。いきなり目の前で落雷が起き、魔王たちは一瞬混乱するものの、すぐに我を取り戻し、再び斬りかかってくる。
普通なら感電死するほどの雷を受けた僕は、強化した肉体に膨大な電気を蓄え、体内にある僅かな魔素に干渉し融合させると膨大なエネルギーに変換する。そして、そのエネルギーを全身に巡らせると、音速を遥かに超える速さで4人の魔王を迎え撃つ。
迫り来る4人の魔王は、なぜか細剣から太刀へと武器を持ち替え、それぞれが自らの意思を持って連携しながら攻撃を仕掛けてくる。正面の魔王は上段から太刀を振り下ろし、左右の2人は中段から横薙ぎに斬りかかる。そして、最後尾の魔王は、3人の隙間を縫うように、心臓めがけて突きを繰り出してきた。
ほぼ同時に攻撃をする魔王だが、僕は思考を加速して分析すると、僅かに太刀が届くまで時間がずれると分かり瞬時に迎撃する。
……僕は、上段から振り下ろされる魔王の太刀を剣を立てて受け流し、右から迫る太刀へぶつけて相殺する。その勢いのまま、心臓を狙って突き出された太刀を鞘で弾き、左側の魔王の面前へと導く。左にいた魔王は、突然目前に現れた太刀に驚き、わずかに剣筋が鈍る。その隙を逃さず、素早く引き戻した剣で太刀を叩き落とし、4人の魔王による連携攻撃をすべて防ぐ。
1秒に満たない僅かな時間で僕は4人の魔王の攻撃を凌ぎ、1人でも十分に魔王相手でも戦える手応えを感じる。そして、もはやこれ以上戦う意味がないと判断して、魔王に魔法を発動する。
「雷帝電王の鉄槌 (トールハンマー)」
いまだに自分の状況が理解できず、一歩も動けずにいる4人の魔王を囲むように、巨大な電気の柱が出現すると、一気に膨大な電流が柱の内部を駆け巡り、4人の魔王を体内から焼き尽くす。そして、電気の柱が消えると、4人に分かれていた魔王は1人の姿へと戻り、全身を焼かれたまま地に横たわっていた。
◆
まさか本当にアルスが神が求める進化をするとは思わなかった……。この目で見ても信じられず、どう声をかけて良いのか分からないが、とにかく、急いで人族領に戻ってもらうために話しかける。
「久しぶりね、アルス。驚いたわ、あんたがまさか神の望む進化を遂げるなんて」
私が認識阻害の道具を止めて姿を現すと、魔王に止めを刺そうとしていたアルスは驚愕の表情をする。
「何故、スミノエさんがここにいるんですか!?」
いきなり現れた私を見て驚いたアルスは、魔王に振り下ろそうとしてた剣を止めて、こちらに駆け寄ろうとするが、私は手を上げてこれ以上近づくなと目配せする。
「いきなり現れた私も悪いけど、少し落ち着いてよ。今から私が話すことを良く聞いてほしいの。あのね、私たちの神がアンタとティアの事を気に入ったみたいでさ。申し訳ないんだけど、今すぐ人族領に戻ってほしいのよ」
私は端的に話を伝えるが、アルスは予想通り何を言ってるのか分からず、怪訝な顔をして私を見据える。正直、アルスが私を敵と判断して斬りかかってきたら、何もできず瞬殺されるだろう。かなり危険な状況にあるが、私は交渉の切り札の1つを切る。
「とりあえず、剣を置いてくれないかしら。そんな怖い顔をされたら、声が震えて話せないわ」
アルスはおどけるように言う私を見ても、一切表情を変えず睨みつけたまま隙なく剣を構えている。だが、私がティアの方を向き手を上げると、突然、彼女に弓を向け包囲していたエルフたちが姿を現し、アルスに剣を捨てろと警告する。
「……どういうことですか、スミノエさん。貴女は私たちの仲間ではないのですか」
10人のエルフに取り囲まれたティアが私を睨んで状況を説明しろと言うが、正直、私も神託を受けただけで、良く分からない。それに私だって下位種とはいえ一緒に旅して魔王を討伐した仲間に脅迫するような真似はしたくないが、巫女である私に神託を拒否する権利はない。
「ティア、ごめん。私も仲間だと思っているわ、けどね、仲間とか関係なく神託を受けた以上、巫女である私はそれを実行するしかないの」
アルスとティアから裏切り者と罵られる覚悟はしていたが、実際に侮蔑の眼差しを向けられると、思った以上に傷つき困惑する。だが、それでも私は神託を実行しないといけない、アルスやティアと同じ2人の仲間を救うためにも……。私は罪悪感で押し潰されそうな胸の痛みに耐えながら、もう1つの交渉の切り札を切った。
「アルス、ティア、本当にお願いだから今すぐに人族領に戻って来て。でないとフォルとエンキが死ぬことになるわ……」
私は悲痛な顔を隠さず1枚の写真をアルスの足下に投げると、すでに敵意を隠そうともせずに睨むアルスが油断なく拾い上げる。そして、写真に写る巨大な培養カプセルに入れられたフォルとエンキを見て大きく目を見開くと、呆然と立ち尽くし持っていた剣を落とした。
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また、「転生忍者は忍べない ~今度はひっそりと生きたのですが、王女や聖女が許してくれません~」という作品も投稿していますの、こちらも読んで頂けると、なお嬉しいです。
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