137 勇者と魔王(2)
目の前にいる魔人は自らを魔王カミニシレンと名乗り、決闘を申し込んできた。サイガを探すために魔族領に入り、思いがけず早々にこのジュウカン領の新たな魔王と遭遇する事ができた。しかも、どういった理由か分からないが、配下を連れておらず、たった1人だ。
僕は千載一遇の好機を前にして思わず笑みが零れるが、魔王が目の前で細剣を抜き構えるのを見て、表情を引き締めると例にならって名前を告げる。
「僕はシュバルツ帝国の軍人で勇者のアルスだ。特に君に恨みがある訳じゃないけど、友人を探す邪魔をするなら相手をしよう、魔王カミニシレン!」
魔王は僕が名乗ると僅かに顔を歪め不快な表情をするが、僕は気にせずティアに1対1の決闘だから手出し無用と伝えて、剣を抜いて切っ先を魔王に向ける。
「たった1人で挑むとは余裕だな、人間。いくらお前が強かろうと、魔王である俺に勝てる訳が無いのに……。まぁ、いい、どうせ、すぐに死ぬんだ。あの世で仲間たちに詫びてもらう。……死ね!」
僕が魔王を真似て決闘の口上を述べて1人で戦うことを告げると、感情を逆なでされた魔王が、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。
いきなり細剣を振り上げた魔王は、そのまま頭上を目掛けて振り下ろすが、僕は余裕を持って半身になって躱すと、中段に構えた剣を横薙ぎに振るう。だが、魔王の脇腹に放った一撃は、腰に差した鞘を立てられ防がれる。
お互い初撃を防がれ、一旦距離を取り様子を伺うが、すぐに魔王が呪術を発動して、斬撃を飛ばしてきた。
「呪術:瞬風帯刀 (シュンプウタイトウ)」
僕は視力を強化して、魔王が振り抜く細剣の動きを正確に見抜き、飛んでくる斬撃の軌道を予測して避けると、魔王は一瞬、驚くが続けて呪術を発動して、連続で斬撃を飛ばしてくる。
次々と放たれる斬撃を僕は魔王の細剣の動きと、空気中に漂う埃や僅かに舞う土煙の変化を捉えることで、正確に計算し躱していく。僕の脳と五感は、人間を超越して強化され、目や耳に入ってくる情報を瞬時に脳に伝え、素早く計算し高速で処理していく。魔王がどんな呪術を使おうが、この世界の法則に則ったものならば、大抵の事は対応できる自信がある。
正直、もう少し手こずると思った魔王の呪術も、ただ斬撃を飛ばすだけのものだと分かり、少しがっかりすると僕も魔法を発動する。
「電撃 (ライトニング)」
僕が左手を掲げて雷の槍を魔王を目掛けて放つと、光の速度で迫る雷槍を躱すことができず直撃し全身を硬直させる。僕は電撃で痺れて思い通りに体が動かない魔王に詰め寄り、止めを刺すため剣を振り上げると、魔王が呪いの言葉を呟く。
「呪術:駿封逮踏 (シュンプウタイトウ)」
魔王は頭上に迫る剣を無視して左足を上げて、踏み込んだ僕の右足を踏みつけると、どのような理屈か分からないが、突然、時間が止まったかのように僕の体はピクリとも動かなくなった。
俺は微動だにしない体に強化魔法をかけるが何の効果はなく、それならと思い五感を強化しても何も情報は入って来ない。本当に時間が停止したかのように、その場にいることしか出来ず、視線を動かすことすらできない。
「貴様、本当に人間か? 魔王でも俺の呪術をこうも易々と躱す者はいないぞ。それに何故、いとも簡単に魔法を放ち、平然としていられる?」
呪術で動きを封じた魔王は、人間を超えた力を持つ僕を化け物でも見るような目で睨みつける。そして、魔法を発動しようとするティアを見て、すぐに僕に止めを刺すため、細剣を振り下ろした。
◆
俺の呪術:駿封逮踏で完全に動きを封じた人間の男を観察する。魔素を体内に取り込めないはずの人間が、魔素を循環して肉体を強化した俺を上回る動きを見せ、信じられない速度で強力な魔法を放った。
魔素の感知が苦手な俺は、人間が魔法を発動する時にいつ、どこの魔素を干渉したか分からず、対応が遅れる事はよくあったが、それでも魔素を干渉するまでは数秒の猶予はあり、その間に回避するなり防御するなり何らかの行動を起こす事はできた。
だが、この人間は即座に魔法を放ち、魔素に干渉して少なからず脳に負荷が掛かっているにも関わらず、瞬時に動き斬りかかってきた。今まで戦った人間は、威力の大小に関係なく魔法を使うと、多少の眩暈や頭痛を起こして立ち眩み、すぐに動く事はなかった。
正直、この人間が特別なのかどうか分からないが、もし、このような人間が、まだ他にもいるようなら、魔族にとって脅威でしかない。魔王である俺でも1人を相手にするのが精一杯で、複数で襲ってきたら、あっと言う間に殺されるだろう。
俺は目の前にいる化け物を見て思わず声をかける。
「貴様、本当に人間か? 魔王でも俺の呪術をこうも易々と躱す者はいないぞ。それに何故、いとも簡単に魔法を放ち、平然としていられる?」
俺の言葉は聞こえているだろうが、呪術で一切の動きを禁じられている人間に答えることも表情を変えることも出来ない。……分かっていたことだが、どうしても口に出さずにはいられなかった。俺は一切動けない人間に底知れない恐怖を感じ、背中に冷たい汗が流れると軽く首を横に振る。そして、視界の端に仲間の女が魔法を発動しようとする姿を捉えると、すぐに人間の男に止めを刺すべく、細剣を振り下ろす。
人間の女が魔法を発動するより早く、俺の細剣が男の命を絶つと確信した瞬間、腹部に激痛が走り、物凄い勢いで後方に飛ばされて地面を転がる。
一体、何が起きたか分からず、腹部を押さえながら立ち上がり、男を見ると地面から筍のような鋭い巨大な土の槍が伸びていた。
◆
ティアが魔法を発動しようとするのが見えた魔王は、すぐに僕に止めを刺そうと剣を振り下ろすのが分かり、一か八かで魔法を発動した。
(大地竜の顎 ⦅アース・ニードル⦆)
僕は苦手な土魔法を頭の中で唱え、地中の魔素に干渉する。威力よりも速度を重視して発動した魔法は、1本だけ土の槍を生み出し魔王の腹部を目掛けて伸びると、細剣が届くギリギリで魔王の腹部を貫き、そのまま後ろに突き飛ばす。
魔王が離れると同時に体が自由になった僕は、魔王の呪術について考えるが、超自然現象を起こす呪術に理屈は通じない事を思い出して、発動条件にだけに焦点を絞り込み考察する。
……確か魔王は呪術を口にすると同時に僕の右足を狙い踏んできた。そして、その瞬間、僕は時間が止まったかのように動けなくなった。なんとも馬鹿げた推測だが、呪術なのだから仕方がないと割り切り、僕は体の一部を踏む事で相手の動きを封じる呪術だと結論づける。
とにかく、足の動きを気にしていれば問題は無いし、例え動きが封じられても魔法は発動できるので、大した呪術ではないと判断した僕は、魔王が相手でも1人で戦えると分かり安堵する。そして、もうこれ以上戦っても魔王を苦しませるだけだと思い、止めを刺すべく走り出した。
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