132 ジュウカン領の危機
私たちがサンガンの村に着いてから4日間が経ち、今日はいよいよサイガがマガミ族に伝わる修行を終えて祠から出て来る日だ……。
「リン姉さん、それ、ダウトだ」
私たちは極寒の中で3日の間、何も口にせず過酷な修行に耐えているサイガを心配しながら、マコトさんの家でお世話になっている。
「ダウトって言ってるよ、リンちゃん」
窓の外を見ると猛吹雪となり激しく雪が吹き付け、かなりの悪天候だと分かる。本当は祠の前でサイガを待っていたかったが、マコトさんからこの天気では外に出るのは危険だと、家の中で待つよう言われ、仕方なくサイガが無事に戻ってくるのを祈りながら待っている。
「リンさん、外を見て気付かないふりをするのは駄目ですよ」
サイガの事を思うと居ても立っても居られない私たちはマコトさんの家の客間に集まり、人族で流行っているカードゲームでサイガを案ずる気持ちを紛らわしている。そして、ライのバカがあと1枚で手札がなくなり1番であがれるのに、それを阻止しようとしたので、別世界でいう『ガン無視』を決め込み、マコトさんの奥さんが淹れてくれた温かいお茶に口をつける。
「姉さんが、めくらないなら俺がめくるぜ」
「あ~! わかったわ、めくるわよ!」
折角、マヤとアオは私がどうしても勝ちたいという気持ちを察して、勝ちを譲ろうとしたのにライのバカが強硬手段に打って出ようとしたので、私は仕方なくカードをめくり、持ち場にあるカードを全て掻き集めて手札に加えた。
◆
俺がサンガン村の奥にある祠の中で瞑想していると、頭の中に何やら楽しそうにゲームをしているリンたちの姿が浮かび、魔眼の能力が発動したのかと思ったが、額の魔眼は閉じたままだったので、気のせいかと思い再び瞑想に入る。
この3日間、俺は寝食せずに瞑想を続けた。おかげで効率的に魔素を吸収し自らの魔素に染め上げる事ができるようになった。この祠は不帰の森と同等か、それ以上に魔素が濃ゆく、体温を維持するために必要な膨大な魔素は十分にあったが、体内に吸収するより消費する魔素の方が多く、危うく魔素枯渇になりかけた俺は「循環」より「吸収」を意識するようになり、結果、気が付くと驚異的な魔素吸収能力を覚えていた……。
魔眼の能力が分からなくとも、この魔素吸収能力を習得しただけでも修行をした甲斐があったと思うが、できれば魔眼の能力についても知りたい。俺はちょうど3日間が経ったことを報せる巨大な砂時計を見て、真眼鏡の前に立ち、魔眼を開き自らの姿を見た。
◆
「さぁ、もう一勝負するわよ! 次は『真剣衰弱』にする? 私、記憶力には自信があるの」
「リンちゃん、『真剣』じゃくなく『神経』だよ」
「ダウト」で惨敗した私は、【知識の神の加護】から他のゲームを教えてもらい、アオたちに雪辱戦を挑むと、アオに苦笑されて言葉を訂正される。どうやら【知識の神の加護】は、私が依り代にした結果、かなり小さくなり蓄積している情報に欠損がみられるようだ。正直、あまり使わないので気にしないが……。
「まぁ、いいじゃない。些細な間違いなんて。それより次こそは私が勝つわよ!」
「……楽しそうだな、リン」
私が最近覚えた『リフルシャッフル』をアオたちの前で披露していると、背後から底冷えするような声が聞こえてきた。私は背筋に冷たいものを感じて、マコトさんの奥さんに温かいお茶のおかわりを頼もうとした時、再び氷のような冷たい声がする。
「おい、リン、こっちを向いて、俺にもその楽しそうな技を見せてくれ」
声の主は、私に技の披露を要求してくるが、私には『神経衰弱』でアオたちに勝つという命題があり、そんな暇はない。そして、何より後ろを振り向く勇気がない。
『怒っていないから、ゲームを止めて、こっちを向いて話を聞いてくれ』
私がどうすればこの窮地を脱することができるか考えていると、頭の名に若干呆れた感じの声が響き、「いい加減、話を聞け」と諭される。私はサイガの怒っていないという言葉を信じて振り向くと、こめかみに青筋を立てたサイガが目に入り、騙された事がわかり非難する。
「なによ、サイガ! 怒ってないって言ったのは嘘だったの。みんなもちゃんと聞いていたわよね!?」
私は開き直り、サイガに詰め寄り怒ってるじゃないかと指摘して、みんなに言質は取っているぞと振り向くと、全員、キョトンとした顔をしているのを見て、直接、頭の中で会話していた事を思い出し、サイガの策略にハマったと項垂れる。
「……まぁ、リンの事はほっておく。それより、無事に修行は終わり、魔眼の能力も分かった。それで、急かさせて悪いが、すぐにジュウカンに戻るぞ」
バカなサイガに一本取られて落ち込んでいる私を無視して、サイガは修行で得た自らの魔眼の能力を皆に説明して、その能力を使った結果、再びジュウカン領に戻る必要があると言った。
◆
「世話になったな、マコトさん。おかげで自分の魔眼の能力がわかったよ」
俺たちはサンガン村の入口まで見送りに来てくれたマコトさんに別れを告げて、何もお礼ができず、すぐにジュウカン領に戻ることになった事を詫びる。
「いいや、気にしないでくれ。少しの間、世話をしただけで大した事はしていない。それより故郷に危険が迫っているなら急いで帰った方が良い」
マコトさんは俺が頭を下げると気にしてないからジュウカン領に早く戻れと言って、村の少ない蓄えから旅に必要な食料を渡してくれた。俺がお金を渡そうとすると、マコトさんは首を横に振り一切受け取ろうとしなかったので、薬籠から死免蘇花の白と黄をそれぞれ2本ずつ取り出す。そして、使い方を書いた紙と一緒に袋に詰めて渡して後から開けて見てくれと言うと、すぐに馬車に乗り込んだ。
「それじゃ、本当に世話になった。また、必ず来るから、それまで達者でいてくれ!」
俺は御者席に座り、手綱を握り馬の魔獣に出発する意思を伝えて馬車を走らせる。後ろを振り向くとマコトさんと奥さんが手を振り見送り、視線を前に戻すとライが先頭を歩き馬車を先導している。
俺がライになるべく急ぎたいから、疲れたら遠慮なく馬車に乗れと言うと、ライは頷き、「リン姉さんたちの方は大丈夫か」と尋ねる。俺が荷台の中を覗くと、行きと同じくリンたちは毛布に包まり寒さに耐えている。そして、その目には不安の色がはっきりと見え、これからジュウカン領で起きる前代未聞の大規模な魔物の大量発生の事を考えている事が分かる。とにかく、俺たちは一刻も早くジュウカン領に戻るために馬車を走らせた。
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