013 サイド:聖女ティア
私は、笑いながら拳を突き合わせる二人を見て――ちょっとだけ、嫉妬した。
だって、アルスはいつもサイガとばかり一緒にいる。男同士の友情が大切なのは分かってるし、私だってそういうの、けっこう好き。……いわゆる『びーえる』? そういう漫画を密かに持ってたりもする。
でも――好きな人を独占したいって思うのって、おかしいことかしら?
……いや、私はアルスの恋人じゃないし、独占したいなんて、そんなことまでは思わない。けど、もう少しだけ……構ってほしいとは思う。
白に近い銀髪を短く切り揃えた、碧眼の美青年――そんなアルスを見ていると、つい、そう思ってしまう。
「ん? 何、こっちをじろじろ見てるんだ、ティア?」
「……別に(アンタじゃないわよ)。相変わらず仲がいいなって思ってただけ。――アルス、みんな準備できたみたいよ」
「ありがとう、ティア。サイガ、そろそろ出発しようか?」
「ああ、『レッツゴー』だな」
サイガがまた、訳の分からない言葉を口にして、大量の荷物を括りつけた背負子の方へ歩いていった。……アイツは、たまに変な言葉を使いたがるけど――正直、何が楽しいのか分からない。
……ほんと、サイガの加護って微妙すぎる。 全てを知ってるわけでもないし、こっちから質問しなきゃ何も教えてくれない。 しかも知識の内容も、昔の転生者から得たものばかりで、どれも俗っぽいものばかり……。
正直――今回の旅でも、ほとんど役に立ってない。そういえば……そんなサイガに、私はある質問を投げかけたことがある。
「あなたは【知識の神の加護】のこと、どう思ってるの? 頭を使うのが苦手なあなたに、必要なの?」
「……何気にひどいことを言うな。まあ、いいけど。事実だしな」
サイガは肩をすくめて、あっさりと受け流したあと、少しだけ嬉しそうに続けた。
「加護は必要だろ? 別世界の修行法とか、面白い言葉とか、いろいろ教えてくれるし。あと、おすすめの漫画とかもな」
「でも、今回の討伐じゃ大して役に立ってないでしょ。魔族に関する知識もろくに持ってないみたいだし……。別の加護が良かったって、思わないの?」
「うーん……思わん!」
サイガは少し考える素振りを見せた後で、迷いのない目をこちらに向けた。
「役に立つかどうかなんて、正直、どうでもいい。俺は、この『加護』が好きだ。……それだけで、十分だろ?」
――そんな昔の会話を思い出しながら、ふと前方に目を向けると、アルスとサイガが仲間たちの先頭に立って歩いていた。何を話しているのかは分からないけれど、アルスは楽しそうに笑っている。そして、ものすごい量の荷物を軽々と背負い、まるで散歩でもしているかのように、サイガは歩いていた。
――アルスの隣を、当然のように歩く。彼の「特等席」を独占する、あの男。
私は心の中で、サイガの背中に向かって『爆ぜろ』と、別世界の呪文を投げかけてやった。すると、サイガが一瞬よろけて躓きそうになった。
その様子に私は、思わずニヤリと細く笑みを浮かべた。だけど、慌てて彼を支えるアルスの姿が視界に入り――私は、ますます嫉妬してしまうのだった。
正直、サイガが悪いわけじゃない。むしろ、いいヤツだとは思う。繊細なアルスには、アイツのような単純明快な考え方が、新鮮に映るのかもしれない。
……そんなことを、ぐるぐると考えているうちに、いつの間にか野営地にたどり着いていた。
――――――――――――
アルスは補給部隊の隊員たちに、てきぱきと指示を出しながらテントの設営を進めていた。サイガは、馬車から降ろされる食料や医療品といった補給物資を、黙々と受け取り、次々と運んでいく。ほかの仲間たちも、それぞれに割り当てられた仕事に取りかかり、手際よく作業を進めていた。
私も、自分に任された役目を果たすため、加護の力を使う。意識を集中すると、私を中心とした情景が、頭の中に次々と浮かび上がる。太陽が昇り、夕日に変わる……星が瞬き、月が雲間に消える……雨が降り注ぎ、日が差し込む……。私は【天気の神の加護】を通して、野営地一帯の天候の移ろいを読み取っていく。
――そして、その情報を伝えるために、私はアルスのもとへと歩き出した。
「アルス。今日と明日は晴れ。けれど、三日目から雨が降り始めるわ。討伐を決行するなら、それ以降がいいでしょうね」
「ありがとう、ティア。了解した。みんなにも共有して、作戦を立て直そう。――まずは、サイガに相談してみるよ」
アルスは私に感謝を伝えると、またも嬉しそうに、アイツの名前を口にした。
「…………」
「うん、どうしたんだい? ティア」
「……別に、何でもないわ。ただ、どうしていつも、サイガばかり頼るのかなって思っただけ」
「え、えっと……サイガは同じ国の出身だし、平民同士で話しやすくて……それに冒険者としての経験も豊富だし、なにより【知識の神の加護】持ち、だから……」
アルスは、まるで言い訳のように早口でまくし立てる。でも、本当は分かっているはずだ。たとえサイガが同郷でなくても、身分が違っても、加護を持っていなくても……きっと、アイツとの関係は変わらない。
「じゃあ、ティア。本当にありがとう。いつも助けてくれて!」
私の不機嫌な視線に気づいたのか、アルスはお礼を言うと、そのままサイガの方へ――逃げるように歩いていった。
――私は、黙々と荷下ろしを続けるサイガと、笑顔で声をかけるアルスの姿を見つめるながら、ぽつりと呟いた。
「……逃げなくたっていいじゃない。ほんと、アルスのバカ。……やっぱり、サイガ、爆ぜろ!」
そう言うと、私は両手をサイガに向けて、怨嗟の呪文を唱えた。




