126 魔王ミナシニケイ
しつこく俺の部屋に入ろうとするライを追い払い、なんとか1人で部屋に入る事が出来た俺は入口にある収納棚に荷物を置き寝室に向かう。
俺が寝室の扉に手を掛けると僅かだが物音がしたので、すぐに魔素感知を行い部屋の様子を覗うと、部屋の中からリンに及ばないが、膨大な魔素を持つ魔族がいることが分かる。そして、警戒しながら扉を開けると、金色の髪と瞳を持つ大人びた女がベッドの上に座っていた。
俺が部屋に入った事に気がついた女はベッドから立ち上がり、こちらを見つめ妖艶に笑うと軽く頭を下げて挨拶をする。
「うふふ、初めまして魔皇サイガ様。私はこのトンハイを治める魔王ミナシニケイよ、ミナシニって呼んでくれると嬉しいわ。どんな怖い男かと思ったけど、なかなかの良い男で少し緊張しちゃう」
トンハイを治める魔王と名乗ったミナシニは、敬称こそ付けているが全く敬うような態度を見せず、舐めまわすように俺を見ている。この寒い気候にも関わらず、着ている服は薄手でぴったりと体に張り付き、足下から太ももにかけて大胆に切れ目が入っており、別世界の言葉でいう『ボディコン』のようだ。俺は纏わりつくような視線を無視して、何が目的で部屋にいるのか尋ねる。
「名乗ってくれたのは有難いが、まずは無断で部屋に入ってきた事への謝罪が先じゃないか? まぁ、それもどうでも良いが、アンタがここに来た目的は何なんだ?」
俺が少しだけ殺気を込めて睨むが、ミナシニは別に気にした様子もなく近づき、俺の頬に手を当て溜息を吐く。
「……そんなに凄まないで、女性に向ける視線じゃないわよ。サイガ様は笑っていた方が素敵だと思うわ」
上目遣いで向ける視線は妖しく、濡れる唇は妖艶に光り、好色そうな表情をして、俺の手を握るとベッドに座らないかと誘う。これほどの美人から、このような思わせぶりな態度を取られたら、大抵の男は理性を無くし襲い掛かるかも知れないが、俺の頭の中にはラミアの魔族を(精神的に)八つ裂きした時のリンとマヤの冷たい表情が浮かび、何か間違いを起こせば、お前も八つ裂きになるぞと警報が鳴り響いている。
「忠告は有難く受け取るが、アンタの目的は何だ。ただ、俺に会いに来ただけか?」
頭の中でリンとマヤの絶対零度の視線を受けて、ミナニシに握られる手が僅かに震えているが、あえて無視して頑なにベッドに座ることを拒むと、改めて何が目的か尋ねる。色仕掛けが失敗した事に気づいたミナニシは、小さく溜息を吐き首を横に振ると、ガラリと態度を変えて俺に会いに来た目的を話し出した。
「――――だから、深大奈落から湧いて出る魔物たちの討伐をお願いしたいの。このままだと魔物の大量発生になる恐れもあるし、大量の魔物が魔族化して強力な個体が生まれる可能性もあるの」
ミナニシは男を誘うような甘ったるい口調から、仕事をこなす文官のような事務的な口調に変えると、深大奈落から押し寄せる魔物の大軍の討伐を依頼してきた。
深大奈落とは人族領と魔族領を分断するように伸びた縦長の強大な陥没穴のことで、その深さはとても深く、底までたどり着いた者は誰もいない。そして、この深大奈落こそが、魔物たちの生まれる場所と言われており、ここから湧き出た魔物たちが世界各地に散らばり生息するようになったと伝えられている。
何故、深大奈落から魔物たちが湧き出るかは謎とされ、何度か魔族たちが調査隊を結成して調べに行ったが、誰も戻ることはなく、いつの間にか深大奈落を調査する事は、禁忌事項になったみたいだ。
ミナニシから深大奈落の位置や魔物が発生し湧き出る事などを色々と説明してもらい、数年に一度発生する魔物の大襲来の討伐を依頼された。報酬は占いに出た一族に関する情報だそうだが、一体どこでその情報を得たのか、油断できない相手だと警戒する。
そして、最後に魔物の大襲来の討伐に向かうのは、俺一人だけにしてほしいとお願いされる。理由を聞くとミナニシを含めた少数精鋭が同行するが、全員が相当の実力者で呪術を習得しており、あまり多くの者に呪術を見せたくないらしい。
確かに呪術は切り札であり、素性の分からない者に知られたくない気持ちは分かる。何か罠の可能性もあるが、俺1人ならどうとでも切り抜ける自信もある……。俺が参加を了承しようとした時、寝室の扉が開いた。
◆
サイガが魔物の大襲来の討伐を前向きに考えているようで、私は少し安心する。トガシゼン様以降、今まで誰1人得られなかった魔皇の称号を持つ男は、随分とお人好しのようだ。
最初は十代半ばの性欲旺盛なガキだと思い、色仕掛けでどうにかなると思ったが、意外と紳士的な思考を持っているようで、若い見た目とは裏腹に大人の対応をしてきたのは意外だった。何故か、手を握った時に少し震えて冷たくなっていたのには違和感を覚えたが……。
とりあえず、適当な理由を並べて納得したサイガは、魔物の大襲来の討伐に1人で参加してくれそうなので、急いで宿を出て王城に来てもらおうと思った時、突然、寝室の扉が開き獣人の少年が入ってきた。
「ちょっと、待った! 師匠が行くなら俺も付いて行くぜ! たった1人で危険な討伐なんかに行かせる訳にはいかないからな」
灰色の髪を無造作に伸ばした頭の悪そうな少年は、親指を自分に向けてサイガとの同行を申し出る。その自信満々な表情とピクピクと動く獣耳を見ながら、コイツなら一緒に付いて来ても、こちらの思惑に気付くことは無いと確信する。
「わかったわ、付いて来て良いわよ、坊や。だけど、突然、部屋に入ってくるのは、お行儀が悪いわよ」
「いいや、姉ちゃんだってそうだろ! アンタが師匠の部屋に勝手に入ったのは、分かってるんだ。何故なら俺は師匠が入ってから、ずっと部屋の前で入る機会を覗っていたんだ。そして、俺が入るまでの間、誰も部屋に入るところは見ていないからな!」
私が少し揶揄うつもりで注意をすると、お前も同じ侵入者だと逆に注意されて、軽い殺意を覚えるが、ここで騒ぎを起こすと仲間の女性3人にも気付かれると思い、ぐっと我慢する。
「おい、ライ、誰がお前を連れて行くと言った? お前はリンたちと一緒にここで留守番だ」
サイガは怒りを鎮めるために深呼吸をする私を睨み余計なことは言うなと釘を刺し、獣人の少年ライの方を向くと宿屋に残るように説得するが、師匠と一緒に死線をくぐり抜けてこそ一番弟子だとか、よく分からない事を言って駄々を捏ねる。なんとか同行を思い止まらせようと、サイガが必死に話せば話すほど、ライもよく分からないことを言って抵抗する。
平行線どころか少しずつ離れて行く2人の会話を聞いていたが、このままでは埒が明かないと思った私は、冗談でジャンケンで決めれば良いのではと提案すると、ライは喜んで頷き、サイガもこれ以上の会話は無意味だと分かり渋々了承する。
そして、私たち3人は、受付に宿屋に残るサイガの仲間たちに伝言を預けると、魔物の大襲来の討伐に向けて準備をするために私の王城へ向かった。
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