119 理不尽な怒り
「――――という訳で、明日にでもハーピーの討伐に行ってこようと思う」
俺が守衛の男ゲンザイから教えてもらった情報をリンたちに伝えると、マヤとアオは頷き了解するが、リンだけは不機嫌そうに俺を見ている。
「どうしたんだ、リン? 何か俺の情報に気になる所があったか?」
リンの不機嫌な顔を見て何か情報が抜けているかと不安に思い尋ねる。
「……別に、何も問題ないわ。問題なのは、アンタがちゃんと正確に情報を憶えていたことよ!」
リンが俺に指を突き付けて理不尽なことを言い出した。俺がちゃんと情報を憶えていたことの何処が問題なのだろうか……。
「いや、いや、ちゃんと憶えているなら良いじゃないか。何処に問題があるんだ?」
「アンタは馬鹿なのよ、ちゃんと憶えているはずが無いの! それなのにちゃんと憶えてるなんて、私がアンタに文句を言えないじゃない!」
もはやリンの言葉が理解できず唖然とする俺にリンは、更に指を近づけると額の外殻を突き始めた。
「アンタの頭には戦う事と鍛錬する事以外を記憶する領域は一切無いの。だから、人族の神が、哀れに思って【知識の神の加護】を付与したのよ! だから、加護が無いアンタにハーピーの情報を憶える事ができるはずないの!」
リンから【知識の神の加護】を与えられた理由を聞かされた俺は呆然とし、その場に立ち尽くした。
◆
私が感情に任せて適当な事を言ったらサイガはかなり動揺したらしく、呆然とした顔をして、その場に立ったまま動かなくなる。サイガの少し悲しそうな顔を見た私は、ようやく少しだけ胸のつかえが取れて冷静になる。
少し言い過ぎたかもしれないが、サイガが調子に乗って、マヤとアオの前で格好をつけたのが悪い。そうだ、私は全然、悪くない!
悲しそうに立っているサイガを見ながら、私が間違っていないことを再確認していると、マヤから声を掛けられる。
「リンさん、サイガに対してあんまりな物言いでは無いですか?」
声を掛けられた私はマヤの方を向くと、険しい表情で私を睨んでいる。普段はあまり表情を出さないマヤが、珍しく感情を表に出して私を咎める。
「……別にマヤには関係ないでしょ。それにコイツが馬鹿なのは、間違ってないし……」
私が普段見せないマヤの怒った表情に少しだけ怖気づき、歯切れが悪く答えると、マヤは首を横に振り私の言葉を否定する。
「サイガは馬鹿ではありません。ちゃんと人の名前も覚えているし、地図だって読めてお金の計算もできます。そして、記憶が無くなっても私の事を忘れないでいてくれました……」
マヤはサイガは馬鹿ではないと否定するが、前半の内容は逆に馬鹿にしているような気もする。だが、問題は後半の言葉だ。さっきまで怒っていたはずのマヤが「私の事を忘れないで……」などと言って、急に顔を赤くしてもじもじし始めた。
私はようやく鎮火しようとした怒りに薪をくべてくれたマヤに感謝しつつ、サイガを睨み殺気を放つと、いまだに動揺して立ち直れないサイガはビクッと体を振るわせて私を見る。
「サイガ、ハーピーの討伐には私が行くわ。アンタはここで村を守りなさい。私がハーピーはもちろん、ここら辺にいる魔物全てきれいさっぱり駆逐してあげるわ」
もはやこの異様なまでに燃え上がったどす黒い感情は、サイガ1人では到底受け止めることはできない。最低でも十回以上は死んだ方がマシだと思うほどサイガを虐めないと無理だ。サイガには私の呪いを叶えるためにも、魔神になってもらわないと困るし、何でも言う事を聞くという約束も守ってもらわないといけない。
とにかくサイガを虐めて、ここで(精神的に)死なれたら困るので、私のこの業火のような怒りはハーピーたちに向けさせてもらう。私がハーピーたちを蹂躙する姿を思い浮かべ、薄く笑うと、サイガが化物を見るような目で私を見ていた。
◆
ボクたちは今、ハーピーたちの根城にしている洞窟を前にして作戦の打ち合わせをしている。昨日、サイガの事でお姉ちゃんと言い争いをしていたリンちゃんが、何故か急にハーピーの討伐を申し出た。
リンちゃんは一人でも大丈夫だと言ったが、ボクとお姉ちゃんが手伝わせてほしいとお願いしたら渋々了解してくれた。お姉ちゃんは以前、野盗を相手に呪術を実戦で試したが、私はまだ使ったことがなかったので、ぜひ参加したかった。できればサイガと一緒の方が良かったが、リンちゃんとお姉ちゃんがいれば心強い。
ボクが昨日の出来事を思い返している間に基本方針が決まった。まず、ボクが斥候として先に洞窟に潜入して様子を確認し、もし可能ならば敵も排除する。ただ、敵が多く排除が無理な場合は、出来る限り奥まで侵入して、頭目のハーピーの居場所を探し出す。
お姉ちゃんとリンちゃんは、ボクが戻るまで出口付近に隠れて待機して、もし何か異常を感じたら、すぐに突入してボクを救出してすることになった。ボクたち3人がお互いの役割を確認し終えると、ちょうど頭目と思わしきハーピーが率いる群れが、洞窟の上空に現れ休火山の山頂の方へ消えて行った。
おそらくだが、山頂付近からも洞窟に続く出入口があるのだろう。以前、討伐隊が洞窟に攻め込んだ時も、山頂にある別の出入口からホシミ族の村に向かい襲撃したに違いない。
ボクはまず侵入して、山頂付近にあると思われる出入口を探しハーピーたちの退路を塞ぐ事を基本方針に追加すると呪術を発動する。
「呪術:潜沈染零 (ゼンシンゼンレイ)」
ボクが呪いの言葉を呟き息を止めると、身体が空気に染まり、気配が深く沈み込み存在が零になる……。ボクが呪術を発動して息を止めている間は、誰もボクを認識することができない。ただ、触れられたりすると術は解除されて認識されてしまうため、慎重に行動する必要があるが……。
呪術を発動し目の前から消えたボクを確認したお姉ちゃんたちが小さく頷き、洞窟の入口を守るコボルトたちに視線を向けると、ボクは緊張しながら歩を進めコボルトたちの横を通り過ぎる。そして、何も気づかず見張りを続ける姿を見て安堵すると、気を引き締め直して洞窟の中へゆっくりと歩き出した。
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