表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/202

011 強敵と死闘

俺は、あの場所――湖へと戻ってきた。水辺に集まる魔獣たちの様子を観察するためだ。


とはいえ、さきほどの大規模な自然破壊の影響か、湖に姿を見せる魔獣や魔物の数は明らかに少ない。

その中に、森の主らしき存在――いかにも「ヌシ」っぽい魔族がいないかと目を凝らす。


……さすがは、この状況にも臆さず姿を見せる猛者たちだ。どいつもこいつも、見た目からして強そうだ。


だが、「森の主」と呼ぶには何かが違う気がする。とりあえず、今この場で最も強そうに見える魔族に、声をかけてみることにした。


「Nice to meet you!」

「………………」


対岸にいたその魔族を見つけた俺は、急いで湖を半周して近づいていく。背後から声をかけるのも少し失礼かと思ったが――別世界の言葉なら、多少『フレンドリー』でも問題ないかと判断して、陽気に声をかけた。


……これは、人生でただ一度出会った転生者(・・・)から褒められた、俺の自慢の挨拶。たしか「ネイティブっぽくて良い」などと褒めてくれた記憶がある。


そんな、ほとんど残っていない記憶の中の、どうでもいい思い出を頭に浮かべながら、目の前の魔族を見ると、一瞬、硬直した。だが、やがてゆっくりと、こちらを振り向く。


……近くで見ると、すごいな。


俺の五倍はあろうかという巨体は、黒い光沢のある外殻に覆われていた。 頭と思われる部分からは、大きな角が突き出ており、黒い目がじっとこちらを見つめている。 そして、地面に突き立つような六本の足はどれも太く、つま先には二本の鋭い爪――。


……紛うことなき、カブトムシの魔蟲だ。


「え〜と、俺の言葉は分かるか? 分かるなら、手を上げて欲しい」

「…………」


沈黙。いや、そもそも。……六本もあるのに、どれが「手」なんだ?


――しばらく対峙してみたが、やはり言葉は返ってこないし、意思の疎通もできそうにない。会話が無理でも、せめて身振り手振りで何とかなると思ったが……それすら、まったく通じなかった。


沈黙に耐えかねた俺は、魔蟲とのお見合いもここまでと割り切り、別の魔族を探すことにする。そう思って意識をそらした、その瞬間――背後で、羽音が鳴った。


あの巨体が、羽を広げて一気に上空へと飛び上がる。ものすごい風圧が巻き起こり、周囲の木々がざわめいた。


逃げるのか――そう思ったのも束の間。魔蟲の黒い視線は、なおもこちらを射抜くように向けられていることに気づく。


そんな魔蟲の黒い視線を受けて見上げたとき――その巨体はすでに、はるか上空にまで達していた。


しばらく、上空で高速で羽を動かして滞空していた魔蟲が、急降下して迫ってきた。俺の5倍はある巨体が上空から迫ってくる。かなりの迫力だ。


しばらくのあいだ、羽音を轟かせながら滞空していた魔蟲が――突如、鋭く急降下してくる。俺の何倍もあるその巨体が、上空から一気に迫ってくる姿は、まさに圧巻だった。


二股に分かれた角の先端は、いつの間にか針のように鋭く尖っている。信じられないほどの速度で、その角を突き出し、俺めがけて一直線に突っ込んできた。


一瞬、避けるかどうか迷ったが――俺は覚悟を決め、左足を大きく踏み出して腰を沈める。右手は強く握り込み、腰の横で拳を構えた。


ブゥゥン――。羽音が次第に大きくなり、圧力のように全身を包む。


上空から急降下してくる魔蟲。迫る、鋭利な角。その気配に反応するように、俺は素早く右足を半歩引いて半身の構えを取る。


そして――頬を掠めるようにして通過する角に合わせ、腰にためていた右拳を打ち上げた。


ガッキン!!


金属同士がぶつかるような鋭い衝撃音が森の中に響き渡り、俺の体は弾き飛ばされていた。


魔蟲の角を叩き折るため、俺は拳が届くギリギリの距離まで引きつけていた。結果、猛然と迫る魔蟲の突進をかわしきれず――拳を打ち込むと同時に、その巨体と正面衝突した。


――凄まじい衝撃が全身を襲い、俺の体は吹き飛ばされる。


俺は地面を何度も転がり、最後は背中から巨木に叩きつけられて、ようやく動きが止まった。


頭がクラクラするほどの衝撃だったが、俺はすぐに立ち上がり、構えを取りつつ周囲を見渡す。すると、魔蟲が仰向けに倒れ、六本の足をバタつかせながら必死に起き上がろうとしていた。


すぐに攻撃すべきか――そう思ったが、一瞬ためらってしまう。その隙を突くように、魔蟲は羽を広げ、体勢を立て直した。


そして、こちらに気づいた魔蟲が睨みつけてくる。その瞳は、怒りに燃える紅蓮の光をたたえていた。無理もない。俺が、自慢の角を叩き折ってやったのだから……。


――赤黒く輝くその瞳の間から伸びていた角は、途中から綺麗に失われていた。


怒り狂った魔蟲は、器用に二本の脚で立ち上がると、残る四本の脚を振るい、一気に攻撃を仕掛けてきた。鋼のように硬質な脚と、その先端に生えた鋭い爪が、縦横無尽に俺を狙って襲いかかってくる。


俺は跳び、しゃがみ、ときに身をひねりながら、怒涛の連撃を必死にかわしていく。


その合間に、俺は右手の状態を確認する。拳を打ち込んだときの衝撃が残っているのか、若干の痺れがあり、握り込むと鈍い痛みが走る。出血もしているが、骨には異常はなさそうだ。


……だが、無理は禁物だ。念のため、右手の使用はしばらく控えることにした。


俺は、舞踏のように滑らかな動きで、魔蟲の攻撃を躱していく。怒りはすでに頂点に達しているのか、その瞳は烈火の如く深紅に染まっていた。


四本の脚に備わった鋭い爪は、一振りで人を引き裂くほどの威力を持ち、それぞれの脚がまるで意思を持つかのように動き、変幻自在の攻撃を繰り出してくる――。


(……だが、そりゃ、悪手だ)


魔蟲の横薙ぎの一撃を、大きく踏み込むことでかわす。深く前傾した体勢の俺の眼前に、鋭い爪が迫るが、左の掌打でその軌道を逸らす。


さらに、大きく曲げていた膝と腰を一気に伸ばし、立ち上がるようにして体を起こすと、魔蟲が振り上げていた別の爪が、頭上から振り下ろされてきた。


迫る一撃――俺は体を反転させてかわすが、その結果、魔蟲に背中を向ける形となる。無防備な恰好……だが、それもまた、計算のうちだった……。


ボコンッ!


水平に突き出された左足が、魔蟲の胴体に深くめり込み、大穴を穿つ。それは、後ろ突き蹴り――右足を軸に体を反転させ、背を向けた瞬間に左足を一直線に突き出す、格闘術の一撃だ。


真っ直ぐに伸びた左足の、その先――返り血を浴びた足刀部は、赤黒く光沢を放つ外殻に覆われていた。


俺は、もはや動かない魔蟲にゆっくりと近づく。ピクリとも動かず、呼吸の気配もない。すでに、事切れているのだろう。


強敵だった……。


地面に転がる魔蟲の角へと視線を向ける。……恐ろしく硬く、鋭かった。もし、あの頑丈な外殻に覆われた巨体をそのまま押しつけてくるような戦い方をされたら、俺が負けていたかもしれない。だが、腹部という弱点を自ら晒して突進してきた――それが、この魔蟲の敗因だ。


魔族として迎えた二度目の戦闘も、やはり簡単にはいかなかった……。


そして、緊張の糸がふっと緩んだその瞬間――俺はその場に、どさりと腰を下ろした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ