106 サイガの気持ち
私は目を覚ますとお世話になっている宿屋「ヤヤロム」の部屋にいた。隣を見るとアオも寝ている。確か村の近くで魔物の大量発生が起こり、大量の魔物の群れが襲ってきたはずだ。
最初は私たちで撃退するつもりだったが、撃退した魔物は捨て駒で、更に強力な魔物が控えていた。
捨て駒の魔物の群れを撃退するために強力な魔法を発動した私とアオは、大量の魔素に干渉したせいで、脳を酷使し激しい頭痛や眩暈、嘔吐に襲われた。頭を押さえ蹲る私たちを見たジアリさんはこれ以上の戦闘は無理と判断して、避難する村の人たちの護衛役に選んだ。
そして、ジアリさんの指示で隣村に避難していた私たちを魔物の群れとカマキリの魔蟲が襲ってきて、私たちは確か……。
!!!!
私は腕を切断されたアオの事を思い出すと、すぐに毛布をめくり確認する。小さく丸まり寝ているアオの腕は、不思議な事にちゃんと繋がっていた。治癒魔法で腕を繋げるためには様々な医療器具や医薬品を併用しないと不可能なはずなのに……。
傷一つ無いアオの姿を眺め、もしかしたら私は夢を見ているかもしれないと思ってしまう……。私は剥がした毛布をアオに掛け直し、ベッドに座り窓の外を見ると夜の帳が下りていた。アオの腕もそうだが、私の背中の傷も治っているのか、何の痛みも違和感も感じない。
私が状況が理解できず、ぼーっとしていると扉を叩く音がしたので、部屋に入ってきて良いと告げると、扉は開きどこか見覚えのある青年が入ってきた。
◆
俺は人間だった時の仲間と話す為、2人がいる部屋の前にいる。さすがにリンも同席するような野暮なことはしなかった。人間だった時の事はあまり覚えていないが、2人を見た瞬間、とても大事な仲間だと思った。絶対に失うわけにはいかない、俺の命を懸けても救わないといけない大切な存在だと理解した。
【知識の神の加護】によれば人間だった時の俺は28歳だったらしく、彼女たちは十代半ばで一回り以上離れている。俺の命より大切な存在、そして十以上離れた年齢……2人はきっと俺の妹か従妹なのだろう。血が繋がっていなければ、命を懸けてでも救いたいとは思わないはずだ。俺はある程度の相互関係を推測すると、意を決して扉を叩く。
「起きてるか、もし起きてるなら部屋に入れてもらえないか?」
「はい、起きてます。少し散らかっていますが、入って頂いて大丈夫です」
俺は入室の許可を貰い、ゆっくりと扉を開けるとベッドの上に座る黒髪の美少女が俺の方を向いていた。明かりも点けず暗い部屋の中で力なく座る彼女を見ると、何故だか胸が苦しくなる。
「もう起きて大丈夫か? 一応、治療はしたはずだが、どこか辛い所はないか?」
「…………。辛い所はないですが、記憶が曖昧で……。私と妹の治療をしたのは、あなたですか?」
少女は治療をしたのは俺かと尋ねるが、その瞳は焦点が定まっておらず、生気が感じられない。
「ああ、俺が治療した。正確には少し違うかも知れないが……」
「そうですか、ありがとうございます。お名前を教えて頂いてもよろしいですか?」
無表情のまま俺を見つめる少女は、軽く頭を下げて名前を尋ねた。
「あぁ、もちろんだ。俺はサイガだ。アンタはマヤで間違いないか?」
「!!!! どうして、私の名前を……。それに今、サイガと言いませんでしたか!?」
今まで力なく座っていた少女が俺の名を聞くと、いきなり立ち上がり詰め寄ってきた。
「大丈夫か、急に立ち上がって。まだ、無理はするな」
「そんなことはどうでもいいんです! それより今、あなたはサイガと言いませんでしたか!?」
尚も詰め寄る少女を宥めて、座らせようとするが彼女は頑なに座ろうとはせずに俺の顔をジッと見つめる。
「……あぁ、俺の名前はサイガ、サイガ・シモンだ。記憶は曖昧だが、シュバルツ帝国で軍人をしていたらしい」
俺は少女の星空のような黒い瞳を真っ直ぐに見つめて答えると、彼女の瞳に動揺の色が浮かぶ。
「『らしい』? あなたは記憶がないのですか、自分が何者か分からなんですか?」
「そうだな、記憶はあまりない。気がついたら魔族に生まれ変わっていたよ。何故か人間だった事だけは憶えていたが、名前すら憶えていなかった」
「それでは、何故、今は人間だった記憶があるのですか?」
俺は話が長くなると思い、詰め寄る少女を落ち着かせ、ベッドに座るように促す。少女がベッドに座ることを確認し、俺も近くにあった椅子に腰を掛けると、芋虫から魔人に進化し、人間に戻るために魔王を目指すことになるまでの経緯を説明し始めた。
◆
私の目の前に座る魔人の青年は、サイガと名乗り人間から魔族に生まれ変わったと言った。最初は額当てでしっかりと顔を確認できなかったが、近くで見ると確かにサイガだ。年齢も若返り、肌も少し焼けて黒くなっているが、私の目の前にいる青年はサイガで間違いない。
サイガは魔族に生まれ変わり人間に戻る為に進化を繰り返し、必死に生き残ろうと様々な苦難を乗り越えてきた事を私に話してくれた。そして、今は魔王となり、1カ月後には魔皇として魔神を探し戦うための旅に出るらしい。
「…………。わかりました、あなたが何故、すぐに人族領に戻らなかったのか。そして、今は魔人であり、人間に戻るために魔王となり魔神を倒そうとしていることも……」
サイガの話を聞き終えた私は少し気持ちが落ち着き、状況を冷静に判断できるようになっていた。だが、気持ちの整理はどうしてもつかない。
「サイガ、私の事は何も憶えていないのですか?」
「……。正直、顔を見るまで何も思い出せなかった」
「そうですか……」
自分の名前も憶えていないのに、私の事を憶えている訳がないと薄々とは思っていたが、言葉にされると胸が苦しくなる。
「……だが、顔を見た瞬間、『マヤ』と頭に浮かんだ。そして、倒れる2人を見た時、自分でも信じられないほどの怒りを覚えた。そして、絶対に助けないといけないと……」
「どうしてですか? 記憶も無く、名前しか思い出せないのに……」
「わからない……。だが、なんて言えば良いのか、記憶じゃない、もっと深くにある魂に刻み込まれたもの……、それが俺に助けろと言ったような気がしたんだ……。すまん、やはり、うまく説明できない」
サイガは頭を掻くと頭を下げて、自分の気持ちをどう伝えて良いか分からず謝罪する。その顔は、昔、私と話していた時によく見せた顔だった。
私は頭を下げるサイガを見つめる……。記憶が無く人間ですらなくなり、ただ、その心は人間のままで、今も人間に戻ろうと必死に藻掻いているサイガ……。
「助けてくれたのに、色々と聞いて申し訳ありませんでした。最後に1つ教えてください、何故、そんなにも人間に戻ろうとしているのですか? 今のままでも十分な気もしますが……」
私の言葉にサイガは、少し意外そうな顔をすると顎に手を当て考え込む。自分でも何故、人間に戻ろうとしているのか理由が見つからないのだろう。サイガらしいと思い、少し笑みが零れる。
「!!!! 多分、それだ! マヤ、アンタのその笑顔だ!」
私の顔を見ると、サイガは何かに気づいたのか少し大きな声を出して1人で何度も頷いている。
「どういう意味ですか? 私の笑顔とあなたが人間に戻る理由に何があるのですか?」
「ある! ……と思う。アンタが笑った時、不機嫌そうな顔も思い出したんだ。なんでか分からんが、俺はアンタが不機嫌そうな顔しているのが、凄く嫌らしい。多分、人間に戻らないと、アンタは不機嫌なままのような気がする。それが俺は嫌なんだ。それだけが人間に戻る理由じゃないと思うが、きっと俺にとっては大事な事なんだ」
サイガは1人で納得すると、胸のつかえが取れたかのようにスッキリとした表情をしている。私があまりにも無茶苦茶な理由に唖然としていると、サイガが私の方を向いて笑いかける。
「あまりにも下らない理由で呆れたか? けど、俺にとっては、やっぱり大事な事なんだ。マヤが笑うと俺も嬉しくなる……不思議だが、それだけの些細な事が俺にとっては、掛け替えのない大切な気持ちなんだ」
笑顔で訳が分からない事を言うサイガを見ると、私も自然と微笑んでしまう。本当にこの人は、滅茶苦茶で非常識でお構いなく私の心に入り込んでくる。そして、いつも心の中に温かい感情を届けてくれる不思議な人だ……。
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