見廻組からの刺客と竜馬たちの最期
夜の闇が包まれる中、竜馬は近江屋の2階で中岡と諸々のことを話していた。そこへ、軍鶏肉を持ってきた峰吉が部屋へ入ってきた。
「竜馬さん、軍鶏を買ってきたので」
「ありがとう。後で鍋にして食べるから」
竜馬は、近江屋の玄関で別れの挨拶をした峰吉が去って行くのを見てから再び階段を上がった。
夜が遅くなるにつれて、俺は平助と甲子太郎がこの前に発した警句の内容を改めて思い起こした。
「あいつらは、襲おうとするなら朝も夜も関係ないからなあ」
闇の中を消えて行く者もあれば、闇の中から新たに現れるものもいるわけだが……。
間もなく、近江屋に武士の風貌の新たな客が入ってきた。7人組の彼らは、鋭い目つきで刀の鞘に手を掛けていた。
「我々は松代藩士だ。竜馬に会いにきた!」
7人は、応対する者がいないままそのまま階段を上がって2階へ向かった。彼らにとっての目的の場所は、目の先にある八畳間の部屋である。
その頃、俺は玄関にやってきた客へ応対しようと部屋から出て階段のほうへ進もうとしていた。だが、そこで目にしたのは7人組の男たちの姿である。
「助三! どうしてここにいる!」
相手からの言葉を耳にした俺は、彼らの正体が見廻組の組士ということを竜馬たちに伝えようと部屋へ戻った。
「竜馬さん! 中岡さん!」
「助三さん、そんなにほたえなくても(※土佐弁で『騒がなくても』の意味)」
「それどころじゃないですよ! 見廻組の組士がそこまできているんですよ!」
「えっ? 見廻組?」
そうするうちに、7人組の男は刀を抜いて竜馬たちのいる部屋へ次々と入ってきた。彼らに対峙しようと、俺のほうも素早く刀を抜いて相手に向かって斬りつけた。
「この裏切り者!」
「よくも俺たちを裏切りやがって」
見廻組にとって、自分たちの組織から抜けだした者は裏切り者として粛清の対象となっている。とりわけ、俺の場合は尊王攘夷派と行動をともにしていたので彼らの怒りが向けられるのも無理もない。
それでも、俺は竜馬たちを必死で守りたい思いから何とか2人の刺客を斬り倒すことができた。
「竜馬さん! 中岡さん! 早く逃げて!」
俺は叫び声を上げて、刺客たちからの刃から竜馬たちを守ろうと必死になっていた。そんな時、後ろから斬られると同時に俺はその場で膝をついてしまった。
「後ろから斬ったのは……今井と……佐々木か……」
「よく分かったな! 貴様のような裏切り者でもわしのことは知っているとはなあ」
意識が混沌とする中、俺は見廻組の佐々木只三郎と今井信郎の2人を目の当たりにしていた。この後も、俺は何とかして竜馬たちを守ろうと立ち上がろうとした。
だが、佐々木や今井といった刺客たちは容赦することなく自らの刃で俺の体を次々と斬りつけた。これに気づいた竜馬は、床の間の奥にあった刀を取ろうと振り返った。
「竜馬! 中岡! ここにいたのか!」
今井は恨みを込めた声を上げながら、竜馬の前頭部と背中を自らの鋭い刀を使って斬りつけた。それに続けるように、佐々木も中岡の後頭部と臀部を次々と斬りまくった。
「中岡! 刀はないか、刀はないか……」
竜馬は、身近にいる友の名前を口にしながら床の間に倒れた。そばには、刺客の凶刀に倒れた中岡の姿があった。
仲間たちの無残な姿に、俺は意識を失おうとする状態で唇を震わせながら自らの声を振り絞った。
「お、俺が、俺が守ってさえいれば……」
その言葉を最後に、俺は血まみれになって畳の上で命が絶えることとなった。すぐ目の前には、見廻組からの刺客によって犠牲になった竜馬と中岡の死体が転がっていた。
こうして、見廻組の面々は竜馬たちを皆殺しにするとその場から静かに立ち去った。彼らは倒幕派を斬れという幕臣の意向を受けて行ったとされるが、その幕臣が誰なのかは定かではない。
近江屋で竜馬たちが暗殺されたことは、薩長を中心とした倒幕派による幕府打倒へ向かう引き金となり、引き続き実権を握る幕府と倒幕派による新政府の間による内乱へつながるきっかけとなった。
しかし、竜馬と行動をともにした谷野助三の名前とそれに関する資料は全く残っておらず、彼の存在は未だに謎のままである。