昨日の敵は今日の友
慶応3年も残り2か月足らずとなる中、京の都にも木枯らしが吹くようになって寒さが身に染みる季節となった。
そんな中、俺はもう1人の男と四条河原町の通りを人々が行き交う中を歩いていた。俺が濃青色の長着に草色の袴を身につけているのに対して、隣にいる男は黒の長着に灰色の袴という出で立ちである。
「あの連中と顔を合わせないようにしないと……」
俺の名前は谷野助三というものである。そして、隣にいる土佐藩の脱藩浪人・坂本竜馬と行動をともにしている。
町中を歩いている間も、尊王攘夷派を取り締まる勢力に対する警戒を怠る訳にはいかない。なぜなら、竜馬は尊王攘夷派の中心人物の1人と見なされているからである。
「あの連中って?」
「幕府の後ろ盾がある新選組と見廻組ですよ」
「新選組と見廻組?」
「あの連中のことだから、竜馬さんを始末しようと意気込んでいるだろうなあ」
しばらく進むと、醤油問屋『近江屋』の建物が目に入ってきた。俺は、竜馬のほうへ再び声を掛けた。
「竜馬さん、寺田屋で起こったあの日のことは知っているでしょ?」
「丑三つ時に2階で寝ていると、いきなり捕り方に踏み込まれたのを見てすぐに拳銃を使って……」
竜馬は、薩摩藩の定宿であった寺田屋にいた時に伏見奉行の捕り方と防戦した末に何とか難を逃れたことを思い起こしていた。
「さあ、誰かに見られないうちに入ろうか」
俺は周りを見回しながら、竜馬とともに近江屋に入ると隣接する土蔵のほうへ足を向かわせた。土蔵の中へ入ると、俺たち2人は互いに顔を合わせるように座った。
「助三さん」
「竜馬さん、どうしたんだ?」
「わしは助三さんのことが気になってなあ……」
竜馬が切り出すと、俺はこれまで他人に一言も発しなかったことを初めて口にすることにした。
「実はなあ、俺は見廻組の組士だったことがあって」
「えっ? 見廻組にいたのか?」
「見廻組にいたのは嘘でも何でもない。まあ、幕臣の言いなりで動くのが嫌になってこっそりと抜け出したけど……」
昨日の敵は今日の友というのは、俺と竜馬のことを指しているのかもしれない。そもそも、竜馬と運命的な出会いを果たしたのは今から1か月ほど前のことである。
見廻組を抜け出した俺であるが、だからといって尊王攘夷派と組むことにはどうしてもためらいを感じていた。
そんな俺が、竜馬と初めて顔を合わせたのが河原町三条の材木問屋『酢屋』に立ち寄った時のことである。
竜馬が尊王攘夷派の一員であるということは、見廻組時代に他の組士から何度か耳にしていた。しかし、竜馬に会って感じたのは、他の尊王攘夷派にはない冷静さと時代の先を読む包容力を持っていることである。
現在の定宿先となる近江屋を竜馬に紹介したのもこの俺である。酢屋のある河原町三条は町人街であり、新選組の連中が特に目を光らせる場所である。
「ここは土佐藩の御用達であり、万が一のことがあってもここなら誓願寺へ逃げることもできるからなあ」
「万が一のことがなければいいけどねえ」
その後も、俺と竜馬による会話は夜が更ける前まで延々と続いた。