7 ヘナチョコの正体
「ヘナチョコ、もうよいぞ。元に戻れ。ご苦労」
皇后様がそう言うとヘナチョコは手を軽くあげた。
「はい、皇后様失礼します。ミカさん、またお会いしましょう」
ヘナチョコは消えて、ミカのジャケットが畳に落ちた。
心音は屈んでジャケットをどかすと、その下にあったオチョコを持ち上げて手の平にのせた。
「これを見てみろ」
心音がオチョコを差し出すので、ミカは顔を近づけてそれを凝視した。
オチョコの表面は、薄汚れていてよくわからないが、よく見ていると絵が描いてあるようだった。
「これって、もしかしたら鬼の絵」
「そうだ。ヘナチョコとは外に鬼が描いてあって、内側にお多福が描いてある粗末なお猪口のことだ」
そう言われて、お猪口の内側も見てみると、確かに絵がかいてある。お多福と言われればお多福に見えてくる。
「何故ここにあるのか分からんが、恐らくこのオチョコは、鬼を外にお多福を内にするように願をかけられて、1000年ぐらい祀られてきた物であろう」
「長年の願かけで外に鬼を内にお多福を持つつくも神に化身している」
「一目みてかなり強い鬼を出すことが分かったぞ」
ヘナチョコとはそういう物なのかとミカは初めて知った。
「じゃあ、人の形になれる様にしたのは、皇后様の力なの」
「いや、それはつくも神がもともと持っていた力である」
「我は、つくも神に事情を話してミカを護るように頼んだだけだ」
「さすれば心よく引き受けてくれた。お主は不思議とそういう物に好かれるな」
「逆をいえば化け物に遭遇しやすいとも言えるが」
心音がそこまで言うと、心音の名前を呼ぶ声が廊下から聞こえてきた。
「詩織が呼んでおる。もう行かねばならん」
「このオチョコを神棚に返しておいてくれ」
そう言って心音はオチョコの載せた手を持ち上げて、ミカに差し出した。
ミカがそれを右手で摘まみ上げると、心音は襖を開ける。
廊下には詩織の姿があった。
詩織はミカを見つけると、帰ってたのと言い、心音の頭をなでた。
心音は、詩織と手を繋ぐとバイバイとミカに手を振った。
その姿は、既に三歳の女の子に戻っていて、皇后様の気配は感じられなくなっていた。
ミカはヘナチョコを神棚に置いて「ありがとうございました」と
手を合わせたのだった。
その後、電車の中で佐古田の姿を見る事は無くなった。帰り道、誰かに後を付けられることも無くなった。
大学の構内で一度佐古田と顔を合わせた事があったが、ミカの顔を見ると、“化け物”と言って逃げていった。
ミカは、まさか自分も化け物の仲間と思われているのだろうかと、ショックでしばらく立ち尽くしてしまった。