3 皇后様
広間に心音に促されるまま入ったミカは、入り口近くの壁をまさぐり照明のスイッチを入れた。
とたんに部屋の中は、明るさで満たされる。
雛祭りの日には、ここが異形の者達でいっぱいになり、すべて源頼光と渡辺綱に切られたのだが、いまは、何も無かった様に綺麗に片付いている。
「お主、誰ぞに狙われておるな」
心音がミカを見上げて言った。
ミカは、ギョッとして、心音を見た。
「誰?まさか定子」
「我は、気長足姫尊、仲哀天皇の皇后である」
「神功皇后さま!」
神宮寺家は、神功皇后の血を強くひいている。その中でも心音は、特別に血が濃い。
「お主、非常に危険な状態におるな。まだ瘴気が残っておるな」
神功皇后の乗り移った三歳の心音が胸の前に腕を組んでミカを見上げる。
危険!駅にいた佐古田の姿が脳裏をかすめた。
もしかして佐古田がやったのだろうかと思い言葉が出た。
「もしかしてストーカー」
「ストーカー?今はそう言うのか」
「とにかく、お主に護りをつけてやらねばならん。さてどうしたものか」
心音は、顎に右手人差し指を当て辺りを見回した。すると、奥の天井近くにある神棚で目が止まった。
「良い物がある」
心音は、神棚の下に来て、振り向いて言う。
「ミカ、すまんが我を持ち上げて神棚の中を見せてくれ」
は、はいと応えるとミカは心音の両脇を支えて持ち上げた。
心音は神棚の中を覗くと奥に手を突っ込み何かを取り出した。
「もう良いぞ。おろしておくれ」
ミカは心音を畳の上におろした。
「何ですか、それは」
心音が手を広げて、それを手のひらに乗せて見せてくれた。
表面が薄汚れて小さい物であった。
「おちょこだ」
「おちょこってあのお酒をのむやつですか」
「そうだ。しかしこいつは、だいぶ年代もんだな。つくも神になっている」
「それにこれはただのおちょこでは無いぞ」
「ヘナチョコだ」
「へ、ヘナチョコですか」
「そうだヘナチョコだ」
「こいつは、立派なヘナチョコだな。お主を護ってくれるぞ」
「あとでお主のところにやるからな。楽しみにしておれ」
そこに詩織が部屋の前にやって来た。
「心音帰るわよ」
うんと返事をすると心音はミカの横をすり抜けて走って行った。
「じゃあね、お姉ちゃん」
そう言ってミカに手を振って詩織のもとへいくと、詩織に手をつながれて廊下の奥へと姿を消した。
二人を見送ってミカは、ヘナチョコが来てもしかたないのではと皇后様を不審に思っていた。
翌朝、講義の合間にミカは香子と図書館前の広場でテーブルに付いて話しをしていた。
ミカは、昨日電車の中でジャケットがざっくり切られていた事を話した。
香子は、既読スルーされた佐古田が腹いせにやったのではないかと言ったが、ミカはそこまでやるだろうかと訝しがった。
すると、香子が「何、あれ」と目線を遠くの方にやって呟いた。
ミカが香子の目線を追って見ると、ちょっと離れた所にある大学の正門の方を見ている。
正門付近に異彩を放つ男がいた。
髪の長い男が地面に倒れている。直ぐ近くに二人連れの男子学生が立っていた。