1 暗いガラスで目が合う
神宮寺ミカの雛祭りの後の話し
神宮寺ミカの通う大学は、京都にある。
実家は大阪なので地下鉄と私鉄を乗り継いで学校へ通っている。片道で一時間半ばかりかかる。
講義が終わった後も直ぐには帰らないので、大概、帰る頃には暗くなっている。
雛祭りが終わってから気になる事がある。
地下鉄を降りて家に帰る道で、誰かに後を付けられている気がする。
辺りは、暗いしそれとは距離も離れているので顔はよく見えないけど、ミカが足を止めるとそれも止めるし、ずっと同じ距離を保って付いて来るようなのだ。
それは家の近くまでずっと付いてくるのだが、家に入る時にはそれの姿は見えなくなっている。
気味が悪いのだが特段害が有るわけでは無いので、不審に思いながらも放っておいた。
ある日、ミカは京都から大阪に向かう電車の中で、二人がけのボックス席の窓側に座って小説の単行本を読んでいた。
割りと面白いミステリーなのでしばらく本の中に没頭していたのだか、目に疲れを感じて頭を上げて窓の外に目をやった。
窓の外は、すっかり暗くなっていた。しばらく眺めていると段々町の様子が見えてくる。
次々に流れて行く家々の明かりや、道路を走る車、流れる電信柱が見えてきた。
すると、誰かと目が合った。
よく見ると、車内の様子が窓ガラスに写り込んでいて、通路を挟んで反対側のボックス席の窓側の男が、窓に写ったミカの顔をじっと見ていた。
ミカは気付かない振りをして本に目線を戻した。
実は、この男の事は知っている。同じ専攻の佐古田と言う学生である。
彼とは、入学式の日に専攻の全員が一つの教室に集まった時にしか顔を会わせていない。
たまたま隣に座っていたのでペンをちょっと貸してあげた事があった。
その時、ラインを交換して欲しいと言うので交換した。
しかし、その後は話しをしたことはなかった。
佐古田は、京都の駅でも大阪の駅でも見かけた事がある。
大阪の駅で電車から降りようと席を立った時、真後の席に座っていた事もあった。
目が合ったので会釈をしたが、向こうも会釈をしただけで話しをする事もなかった。
自分と同じで、大阪から通っているのだと思っていた。
ある日の昼である。ミカは大学の図書館前の広場に同じ専攻の島崎香子とベンチに座ってサンドイッチを食べていた。
香子は、白いスーツを着ていて 髪はつやつや 、爪も綺麗なピンク色でおしゃれな女子である。
ミカは、Tシャツにジャケット、ジーパンにスニーカーで、あまりおしゃれには気を遣わない。
見た目は全然違うがなぜか気が合うので、講義の合間には一緒に過ごす事が多かった。
図書館前の広場は、緑で囲まれた気持ちのいい場所で、幾つかテーブルも置いてあり、昼食をここで食べる人も多かった。
売店や学食も図書館に隣接している棟にあったのも影響していたのだろう。
ミカは片手にサンドイッチを持ち、もう片手にスマホを持ちながら、香子とお喋りをしていると、ラインの着信音が鳴った。
ちょっとごめん、と香子に断ってからスマホを見ると、佐古田からだった。