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7話 利用させてもらうぜ(チカ視点あり)


 ◆


 別に、俺も夢見が悪いから早起きなわけではない。

 悪夢なんて、今更だ。現実は悪夢よりずっと苦しく、ツラいものなのだから。


「チカトリィーチェ殿下、お水をどうぞ」

「俺もとうとう『先詠(さきよ)み』になったようだ。夢見が悪かったのは、朝一でオッサンの顔を見ることを予兆していたらしい」


『先詠み』とは、いわゆる伝承とされる予言者のことである。


 何百年かに一度、時代が変わるときに現れては、その予言により英雄を生むのだという。

 ただ『先詠み』は総じて短命であり、その能力を使うたびに命を消費するとされている。


 ……当然、『忌み王子』だった俺に、そんな大それた能力があるはずもなく。

 冗談だとわかっている彼もまた、軽口を返してくる。


「それでは、明日は美女になりましょうかね」


 俺は「勝手にしろ」と水だけを受け取り、シャツも羽織らないままベッドから出る。

 俺は寝起き早々、水を飲みながら窓の外を見下ろした。


 眼下に見えるのは、たおやかな黒髪をひとつに結ったメイドだ。仮にも侯爵令嬢だった女が、こうしてみると本当にただのメイドにしか見えない。


 しかもまだ薄暗いというのに、妙に手慣れた手つきで洗濯をしている。だが、あんな破けたシーツ、洗う必要あるのか?


「あいつ、またあんな早くから無駄に働いているのか」

「ビビアナ嬢のことですか?」


 俺の言葉に疑問符を返してくるのは、従者のエドワルド。

 俺の幼少期から俺の面倒役として傍に就かされてきた若人は、十五年経って廃嫡された今も、俺についてきた奇特な存在だ。


 そんな白髪交じりの従者に、俺は雑談を返す 。


「百歩譲って、メイド仕事をするにしても……魔法が使えれば、あんな雑用一瞬で終わるのに。難儀なものだなァ」

「それならすぐに辞めさせてあげては? どうせ侍女長のいびりでしょう」

「本人が続けたいと訴えてきたんだ。あれか? 捨てられないために媚びでも売っているつもりなのか?」


 たしかに、また口約束の契約結婚だ。城のやつらにも『公爵夫人予定のやつ』と説明はしてあるが……新しい『忌み王子』より古株のお局のほうが怖いと見える。


「追い出すのは簡単だが、それだけじゃ『主君』とは言えねーからなァ」


 使えるものは、利用する。

 きっと、彼女も喜んでくれるはずだ。肉盾を所望したくらいの女なのだから。


 なんて優しい旦那様だろうなァ。


 胸中で窓下の妻に話しかけてから、俺はエドワルドに向かって口角をあげた。


「そういやあいつ、おまえの下着を喜んで手洗いしていたぜ」

「数が足りないと思っていたら……一体、誰の手違いで紛れ込んだのでしょうな」


 あっけらかんと顎を撫でるということは、わかっていてわざと放置していたのだろう。

 この城で働く者たちのうち、俺が連れてきたのは兵士も含めてごく少数。残るは元からこの城で働いていた者たちだ。総数自体があまり多くはないとはいえ、まだまだ俺も把握していない人員ばかり。


 その中で、一番勝手を知る男が、俺に苦言を呈してくる。


「しかしチカトリィーチェ殿下。私は未だあの方が夫人になることを認めてはおりませぬ。痴れ事で暴走する悪女など、到底あなたの隣に立つに相応しくないと――」

「俺はもう殿下じゃねーよ」


 そんな皮肉を返せば、エドワルドは「失礼しました」と頭を下げるものの……まぁ、こいつのことだ。心からの反省など一切してしないのだろう。


 口だけのやつはさておいて、俺は再び窓の外に目を向ける。


「果たして、気丈に耐えているのか、そもそもイジメに気付いていない馬鹿なのか……」


 急に『好き』だの『愛している』だの言ってきたあいつもまた、口だけのやつなのか。

 どうせ後者だろうが……そのときは、それ相応の対応をするまでだ。


 俺は今日も寒空の下、薄着でせっせと働く愛する妻をほくそ笑む。


「どちらにしろ、膿を確認するいい機会だ。利用させてもらうぜ」


 俺は忠臣に命令を下す。

 すると、エドワルドも満足そうな顔で「かしこまりました」と頭を垂れる。


 ◆


 朝の洗濯が終わり、昼から倉庫に投げ捨てられていた焦げ焦げお鍋一式を洗ったかと思えば、また厨房の裏手でひとり野菜の皮剥きである。


 昨日から延々と芋や人参を剥き続けているけど……さっきチラッと覗いたら、昨日剥いた分も、全然消費された形跡がない。


 別にこれらのお芋がチカ様やチカ様のために働く人々の血肉となるなら、指が裂けても剥き続ける所存だけど、無駄になるだけなら話は違う。チカ様のお金を無駄にするなんて、相手が誰でだろうとも許されるはずがなかろう?


 心の中で、般若を発動させるべきか否か悩んでいたときだった。


「おねーさん何してんのー?」

「見ての通り、働いているんだよー」


 考えながらも、一応芋を剥く手は止めていない。

 だからおそらく使用人の子供だろう少年に答えれば、彼は困ったように眉をしかめた。

 六歳くらいなのだろうか。紺色の髪に白いメッシュが入った、前世感覚でなかなかオシャレな少年である。


 この城に来て三日、初めて見た子供だね。両親を探すべきかと思案している間に、彼は私の手を持ち上げてくる。


「血豆が潰れているよー。痛くないのー? 芋剥きなんて、やめちゃいなよー」


 そりゃあ……痛くないかと訊かれたら痛いさ。

 皮剥きなんて前世は小学生のときからやっていたから慣れっこだけど、『ビビアナ』は違う。やり方は知っていても、手がそれ用にできていなかったため、正直手のあちこちから血が出ていた。


 だけど、私は少年の意外と固い手をそっと離してから、再び芋を剥き始めた。


「お姉さんの前世では『働かざる者食うべからず』って言葉があってねー。大人はご飯をもらうために一生懸命働く義務があるんだよー」

「でも、お姉さんのご飯、それだけ?」


 そう言って差されたのは、脇に置きっぱなしにしていたお皿である。

 お皿の上には、食べかけの皮つき蒸かし芋。本当は全部完食したかったんだけどね。さすがに芽を食べてしまうと体調を崩すことは知っているので、可食部分だけ食べさせてもらった。


「おひるごはんが食べられるなんて、贅沢なんだぞー」


 あくまで、私の前世での生活と比べて、だけど。

 それでも、さすがに三日連続蒸かし芋は飽きるし身体にも悪い。


 皮剥きの必要性も疑わしいし、何よりそろそろ前世でいう三時である。

 私は少年に訊いてみた。


「一緒におやつ食べる?」

「食べるー」


 そんな笑顔に、私は「よし」と準備を始めた。


「そういや少年、お名前は?」

「ぼくはエドだよ。おねーさんは?」

「私はビビアナだよー」


 私が落ちている枝葉を集めていると、少年ことエド君も手伝ってくれたので下準備はすぐに終わった。なので、私はさっきまで錆び錆びだった深めフライパンに油を入れる。昨晩の捨てろと言われた油をこっそり取っておいていたのだ。


「じゃあ、火を……」


 点けると宣言しようとして、言葉を止める。そういや、前世でいつも持ち歩いていたライターなんて今はないし、マッチなども支給されていない。このファンタジー世界では、火は庶民であれ、魔法でつけるのが当たり前らしい。


 そんなとき、エド君がパチンと指を鳴らした。途端、薪に火がついて、始めからいい感じで炎が大きく揺らめいてくれる。


「おお、エド君すごいねー」

「えへへー」


 コックさんたちが指パッチンでコンロの火を点けていたのは見たけど……この少年、なかなか魔法の才能があるようだ。小説だと、魔法は十三歳から本格的に練習するものらしいからね。中学生以上のレーティングがきちんとあるようだ。


 ともあれ、火が付けばあとは早い。

 昨日から散々剥いていた野菜の皮を、あとは素揚げするだけである。


 私の手つきにエド君は興味津々のようで、一番に揚げあがったものをフーフーしてからエド君の口に運んでやる。すると、彼は鯉のようにパクっと食いついてきた。


「ホクホクしておいしい!」

「ほんとはお塩があるといいんだけどね」


 ともあれ、野菜の皮も、私からしたら立派な栄養源である。


 心の栄養はチカ様と同じ空を見上げるだけで摂取できるけど、身体の栄養はそういうわけにはいかない。火を起こしてもらったついでに、捨てられていた鳥の骨と残りの野菜の皮でスープでも作っておこうかと、考えていたときだった。


「また、あなたはサボって――」


 背後からのその声に、私の肩がびくんと上がる。

 振り返れば、案の定侍女長のマーラさんが目くじらを立てていた。


 あらー、また夕飯は抜きかな?

 でも、この機会に芋の必要性を確認しておくべきだよね。


 そう、意を決したのに。マーラさんはなぜか「ひぃ」と後ずさっていた。


「や、休むのも程々にしなさいよね!」


 ……なんだ、この如何にもな負け犬台詞は?


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