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5話 忌み王子は嫉妬する(チカ視点あり)



『忌み王子』――その異名は、それなりに知れ渡っていると自負していた。


 父親である現国王に病が発覚したとき、俺は七歳。だが様々な陰謀が入り混じった王位継承権争いからは、そう簡単には逃れられなかった。


『あなたなんか、生まなければよかった』


 側妃だった母親の最期の言葉はそれだった。


『あなたなんかに、関わらなければ』


 乳母や使用人らも、似たような言葉を死に際に吐いた。


 八人いた兄弟も半分になったとき、一番有力候補だった長兄が俺を庇って、誰よりも惨たらしく死んだ。長兄の最期の言葉を、俺は覚えていない。


 ただそのときのショックで『黒い炎』を発現・暴走させた結果、あんなに優しかった長兄の遺体は、灰すら残らなかった。


『不気味な炎しか取り柄のない子より、聡明な第一王子が生きていてくれたら』


 そんな声を、俺は数えきれないほど聞いた。

 そして、とうとう生き残ったのが俺と次兄の二人になったとき、俺は白旗をあげたんだ。


『チカトリィーチェ・ダ・タリィアは王位継承権を放棄することを、ここに宣言する!』


 そう公言して、ようやくこの『血塗られたお家騒動』に終止符が打たれた。

 王太子となった第二王子が元から王に向いていないのんびりした性格だったため、結果『やはり第一王子が生き残ってくれたら』という声が大きくなったが。


「そんな夫は未だに悪夢にうなされ、まともに睡眠をとれない日が多いのに――」


 今、共に馬車に乗っている年頃の元令嬢が、のんきな寝顔を見せていた。


 都合がいいと廃棄された女を、妻としてもらった。

 世継ぎなど作るつもりもないが、こんな俺でも何かと縁続きになろうという輩はそれなりにいる。妻の席に虫よけでも置いておけば、数年は大人しくなるというものだ。


 それはそうとしても、この長旅。女の身体には疲れも出始める頃だろうとは思っていたが……俺は呆れ果てるしかない。


「仮にも王子と二人きりになって、こんな爆睡するやついるかァ?」


 そもそも、忌み嫌われてようが、いなかろうが。

 仮にも王族の御前なのだ。

 婚姻を結ぶ関係だとしても、年頃の令嬢がいびき付きの寝姿を晒していいはずがない。


「こんなつもりじゃなかったんだがな……」


 こんな破天荒な女と会ったのは、あの婚約破棄の承認時が初めてというわけではない。

 だって彼女も俺も、社交界という場に顔を出さねばならない立場だったから。


 たまに見かけたかと思えば、格下の婚約者と楽しそうに踊っていた。

 わがままで傍若無人な振る舞いを見たときもあったが、しょせんは猫が喚いている程度。

 婚約者の浮気が大仰になってから、さらに荒れだしたようだが……最低限の気品と大仰な気位を持ち合わせていたはずである。


 だけど、あのとき。

 こいつはまるで別人にでもなったかのような、キラキラした目を向けてきた。


『あなたのことが好きです!』


 ついこないだまで、婚約者が好きだったんじゃねーのかよ。

 結局は婚約者かと同じ穴の(むじな)かと呆れたが、さらにこいつは畳みかけてきた。


『生まれてきてくれてありがとうございます! もし宜しければ、そのまま長いおみ足で私のことを踏んづけていただけないでしょうか⁉』


 ……俺に踏まれたいなどという性癖はさておいて。


「生まれてきてくれてありがとう……ねぇ」


 そんなこと言われたのは、生まれて初めてだった。


『おまえなんて生まれなければよかった』と。

『おまえが死ねばよかったのに』と、言われ続けてきた人生だったのに。


 眩しいくらいに無垢な瞳で、こいつは俺の存在に感謝してきたから。


 こんな女を手元に置いてみるのも一興かと、気が付けば契約結婚を申し出ていた。

 別に、彼女の境遇に同情しただけなら、メイドとして連れていくだけでもよかったのに。


 そんな俺の妻になる女の口がむにゃむにゃと動く。


「チカしゃま……何か言いました……?」

「何でもねーよ。気にせず寝てろ」

「ふぁい……」


 そして俺の言葉に、素直に寝息を立て始めるビビアナ・ネロという女。


「間抜けなツラだなァ」


 彼女の口からこぼれたよだれを手で拭いてやろうとして。

 あまりに呑気なツラに、少しイラッとしたことを思い出す。


「ダビデって、誰だよ」


 鼻を摘まんでやると、「ふごっ」と醜い声が出る。


 俺のことを『好き』だと言っているくせに。


 元婚約者ならともかく、他の男の裸を見たことがあるだと?

 そんな名前の男、社交界に居たか……?


 記憶を巡らせながら、俺は小さく笑う。


「たしかに、面白い女だなァ」


 それをやはり、誉め言葉だとは思えないけれど。


 ◆


 それからの馬車の移動は、一週間程かかった。

 その間、基本的には宿に泊まって、小さな一人部屋をもらったりと……とても犯罪者とは思えない待遇を受けながらも、なんとなくこの世界の感覚にも慣れてきたと思う。


 そんな最中、印象的だったのが大きな湖だった。


 海に、空が写っていると言えばいいのだろうか。

 きれいな水は鏡のようにモノを映すといっても、ここまで綺麗に空が広がることもないだろう。そんなポストカードのような光景に、前世では修学旅行ですら行けなかった私が感動しないはずがない。


「こんな綺麗な光景は初めてです! あ、でもチカ様のほうが美しいですからね!」

「俗に、冥界の入り口って言われてる場所だぜ?」


 チカ様も道中は暇らしく、私が興味を示すものについて、ガイドしてくれることもしばしばだった。同時に、私からの【BIG♡LOVE】をスルーすることも慣れてきたらしい。


「この冥界の湖には、魚が一匹もいない。飲んだ者も全員死ぬと言われている。俺はこれから、そんな冥界の番人――死神になるんだ」

「あら、大変。チカ様に刈り取られるなら、首を三本くらい生やしてこなければ」

「あーさいですか」


 きれいな湖を、チカ様はとても悲しそうな目で見つめていた。


 ここが冥界の入り口――これからチカ様が治める辺境、ネーヴェ領である。




 そして、小さな林を抜けた先に、まるでファンタジーな白い古城があった。

 ここが、これからチカ様と私が暮らす場所のようである。


 メガネの侍女さんに連れられて、私の部屋と案内された一室は……とてもジメジメしていた。北向きの部屋だ。まぁ、それは慣れているとしても……唯一の家具である木製のボロベッドの上には、黒い制服のようなワンピースとエプロンが置かれている。


 私がそんな部屋の真ん中でポツンとしていると、入り口を陣取った侍女がメガネをくいっと上げていた。


「わたくしが侍女長のマーラ・サーラです。徹底的に教育するので、覚悟するように」


 そういえば……私は思い出す。

 作者様のSNSで書かれていた、ビビアナの裏話。


 チカ様のことじゃなかったから、うろ覚えだけど……処刑執行直前に何者かの協力を得てビビアナは逃亡したらしい。しかし辿り着いた先でも、職場の上司にいびられた挙げ句に冤罪を着せられ、着の身着のまま追い出されたのちに、野垂れ死ぬとかなんとか……。


 もしかして、状況、まだ物語と一致してたり……?


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