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4話 推しと裸の付き合いですか?

 推しの、半裸。

 厚い胸板。太い上腕二頭筋。わざとらしくない逆三角形に、憧れのシックスパック。張りのある筋肉は、もちろん水滴をそのままの形で弾いている。癖のある灰色の髪も、濡れた現在はいつもより艶やかな輝きを持って、その芸術的な肌に沿っていいる。


 これほどまでに破壊力のある推しからの供給が、この世に存在してもよいのだろうか。


「美♡ 美♡ 美♡♡」

「こんな堂々と女に風呂を覗かれる日が来るとは思わなかったぜ」

「つまり、男には覗かれたことがあると?」


 翌朝。チカ様が出発する前に近くの水場で身体を洗うというので、無理やり連れてこられた私である。致し方なし、岩陰に隠れた私はこっそりと、水も滴る♡美♡を楽しませていただいていたところ。


 チカ様はさらに強烈な苦笑を返してくださった。


「……わりかしな」


 はああ? チカ様の生肌を拝んでスゥハァしていた野郎がこの世に複数人いるだとぉ?


 と、般若っていると、足元でカサカサとした音が聴こえる。種類はわからないが、蛇である。前世でコンクリートジャングルの隅っこで暮らしていた私だが、檻の外に出た蛇にはさすがに「ひっ」と呼吸が止まる。


 どうしよう、踏む? ジッとする? それとも逃げる?


「忌み王子を排除しようなんて輩は、ごまんといたからな。風呂なんて素っ裸のときは、さぞ狙い目なんだと思うぜ」


 正しい対処がわからずにいると、なぜか身体が持ち上がった。どうやら半裸の芸術品チカ様が私を持ち上げてくれたらしい。そして足元では何の躊躇いもなく蛇を蹴り飛ばしていた。……殺さず追い払うだけとは、爬虫類にも慈悲深いチカ様はやっぱり神様。


「肉盾をご所望なら、いつでも私をご利用くださいね」

「役に立ちそうもない軽い盾だなァ」


 鼻で笑ったチカ様が、私をそっと下ろしてくれる。

 だけど、私の腰から手を離す気配がない。


「チカ様?」

「それで? 俺の裸を見るだけで満足なのか?」

「……どういうことでしょう?」


 私が小首を傾げれば、チカ様の口角がゆるりと上がる。


「ここには、俺とおまえ二人っきりだ」

「そうですね?」

「俺のことが好きなら、背中くらい流してくれてもいいじゃねーか」


 いつの間にか、あごもクイッと持ち上げられて。

 その色っぽすぎるお顔がミリ単位にまで迫っている。


「む……むり……」

「無理なんてひでーな。俺を泣かせたいのか?」


 これは、乙女ならば憧れるシチュエーションなのかもしれない。

 だけど……私には刺激が強いというか……ご褒美がすぎて鼻血耐久ゲームになりかねないというか……そういうのは妄想だけでお腹いっぱいというか。


 それなのに、チカ様は一向に引かずに楽しそうなのが、むしろ悔しい。


「おまえは俺の妻だ。この身体、おまえの好きにしていいんだぜ? 自画自賛で恐縮だが、なかなかいい身体だと思うんだが」

「もちろんチカ様のお身体はダビデよりもお美しいです!」

「誰だ、それ」


 チカ様の声のトーンが一気に急降下した。


 ダビデはもちろん美術の教科書に出てくる石像のことだが、当然どんな博識なチカ様とて、異世界地球ワールドの芸術など知る由もない。


 ……もしや、嫉妬?

 そんなわけない! そんなわけないけど‼


 私があわあわ戸惑っていると、チカ様は不機嫌になったご様子を隠さない。


「……おまえも髪くらい洗え。臭うぞ」

「も、申し訳ございませんっ!」


 しまった! チカ様に不快な思いをさせてしまった!

 元現代日本人だが、湖の冷たい水で頭を洗うなんてなんのその。貧乏人の生きるテク。


 そして、すっっごく今更だが。

 私は転生して、水面に映った自分の姿を確認した。


 長いパーマのような癖毛なのはわかっていたけどね。少しつり目ながらも、まつげの長いぱっちり瞳の色は赤……いや、ピンクに近いのかな。年は高校生くらいかな。化粧はしてないのに、派手めのかわいい顔をしている。スタイルも白い肌に、手足も細くて長くて……なのに、お胸もそこそこ。


 へぇ、ビビアナって、こんな美少女だったんだ……。

 アウローラのような清楚系じゃないけど、私はこっちのほうが好き。

 この見た目なら、チカ様の伴侶として隣に立っても悪くないかも。見た目だけね。


 思わず見入っていると、後ろから叱責が飛んでくる。


「おい、まさか髪の洗い方も知らないとは言わねーよな?」

「だ、ダイジョブですっ!」


 私は手慣れた様子で頭や顔をジャバジャバ洗っていると、チカ様が「そーいや」とタオルで身体を拭きながら再度話しかけてきた。


「おまえ、これからどこに行くのか知ってんのか?」

「詳しいことは存じませんねー」


 チカ様LOVEな私が、チカ様の行く先を知らないはずがないけれど。

 私がしらばっくれると、チカ様は私をまた『おもしれー女』と思ってくれたらしい。


「嫁ぎ先を知らない女がいるのかよ……」

「まあ、死ぬかと思っていたら、両親公認で神様より尊いお方と結婚することになってましたので」


 それは、牢に入れられていた昨夜のこと。

 娘が犯した罪を見逃してもらう代わりに、『忌み王子』と結婚することになったということで、慌てて両親が城までやってきたのだ。


 てっきり『示談金を払いますから~』みたいな話か『どこに行っても、俺たちの娘だからな、きらり』みたいな話をしにきたかと思えば、開口一番。


『よくやった。二度と顔を見せるな』


 と、見事な二律背反を告げて、あっさり帰っていったのである。

 どうやらこの両親、結婚式にも来るつもりがないらしい。


 いやぁ、物語上、ビビアナは悪女として名を馳せていたようだし、家族にとっても頭の痛い存在だったようだが……そんな親だから、こんな子になるんだよ、と言いたくなるようなクズ親だった。どの世界でも、親なんて期待するだけあれなのかもしれないけどね。


 今世でも親はいなかったものとして、代わりに愛情のすべてをチカ様に捧げる所存だ。


「チカ様のお傍に居られるだけで、どこでも天国ですから」

「……それはどうだか?」


 一通り洗顔を終えて振り返った途端、少し湿ったタオルが頭から顔にかけられる。


 これは……チカ様の使いまわし⁉

 興奮しすぎた私は、そのときのチカ様の表情を目に収めることができなかった。


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