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3話 いざ、二人の愛の巣へ


 私の前世はごく普通の大学生だった。

 ただちょっと貧乏で、趣味はタダで読めるネット小説。そこで出会ったのが『アウローラの涙』だった。その物語の中で、チカ様に出会って……これは推さねば、アニメ化まで応援せねばと、微力ながらご飯代を節約して、発売日に書籍を三冊買おうと、その日を今か今かと待っていたところ……空腹と過労のあまりに、フラフラしてトラックバーンッである。


 ともあれ、終わったことを嘆いていても、お腹は膨れない。

 私は目の前でうたた寝するチカ様を見つめる。あぁ、これだけでご飯三杯は食べられる。というか、ご飯すらいらない。チカ様をおかずにチカ様を眺めるだけで完全栄養食。


 馬車特有のお尻の痛いガタゴトなんて物ともせず、私が恍惚とチカ様の寝顔にうっとりしていたときだった。なんと、チカ様の口が動く。


「うるせーよ」

「何も喋っていませんが?」

「顔がうるせー」


 あぁ、片目だけ開いて私を睨んでくるチカ様、痺れる、憧れる……!


 しかも、寝たふりをやめたということは、私の相手をしてくれるということなのだろう。

 なんと慈悲深い! この機会に、モヤモヤしていた疑問を解消しておく。


「本当に……結婚、私なんかでいいんです?」

「何を勘違いしているんだ。俺は虫よけの装飾品を運んでいるだけだぜ?」


 鼻で笑ったチカ様が、頬杖ついて外を眺める。

 虫よけ……それって女よけってことだよね。爵位も落ち着いたし、でも忌み嫌われてしまってるし、しかしながら生涯独身が許される身分でもないし。きっと見合い話とかもたくさんあるのだろう。アウローラがチカ様と見合いするなんて展開もあったし。


 そんな面倒事を私を使って避けたいのだろうけど……本当にビビアナでいいのか? 悪役令嬢ぞ? しかも中身、恋愛経験ゼロの私ぞ?


 そんな疑問を抱きながらカッコよすぎる横顔をじーっと、じーっと見つめていると。

 それは、まるで独り言のようだった。


「男を取られたあとの社交界ほど、惨めなモンもねぇーだろ」

はああああああああ♡ まさかこれもビビアナのためええええええええ?


 チカ様、優しい! しゅきいいいいいいいい♡


「はあ……王子としての最後の仕事が、こいつの始末とはねぇ」


 愛が溢れてしまった私に対して、ため息をつくチカ様。

 再び外を眺めては、ボソッと呟く。


「よほど俺に価値がなかったということか」

「チカ様に価値がなかったら、この世のすべてが無価値ですね。水攻め、火責め、兵糧攻め……どれがチカ様のお好みですか? ちょちょいとお国を滅ぼしましょ」


 ちょっと、それは聞き捨てなりません。

 独り言に対して真顔で正論を説いた私に、ジト目のみを返してくるチカ様。


 だけど私は本気である。具体案を検討していると、目の前が一瞬で暗くなった。

 間近なムスクの香りに、私の心臓がギュンッとする。


 チカ様が、私をソファにドンして、凄んできたのだ。


「言っておくが、俺にどれだけ媚びようが、おまえの待遇は変わらねーぞ」

「……お好きにどうぞ。私の身も心も、全てはチカ様のものです」

「だから――」


 国宝級のツラが、近すぎたとき、馬車がガクンと大きく揺れた。

 厚い胸板からより強いムスクが香る。なにこの雄の谷間、極楽浄土か?


 だけど隙間から馬車の外を見やれば、どうやら盗賊だか山賊に襲われているらしい。いやあ、もう、ムスクに浸っている場合じゃないよね?


 私は自らチカ様を押しのけて、馬車から降りる。

 そして袖を捲りながら、ざっと十名くらいの盗賊たちを威嚇した。


「あぁん? 私の目の黒いうちに、チカ様を襲おうだぁ?」


 自分がどんな顔をしているか知らないけど、私の気迫に盗賊たちが半歩後ずさる。なぜか味方であろう国軍の制服を着た兵士さんたちも鬼を見たような形相をしていた。


 ……友達には『たまにあんた、般若(はんにゃ)になるよね』と言われてたけど、知ったことか。


 一番近くにいた盗賊が「化け物がああ」と剣を掲げて接近してくる。

「そこまでじゃないでしょおおお」とパンチで反撃しようと構えたときだった。


 剣が振り下ろされる直前に、その盗賊が吹っ飛んでいく。長い足に蹴飛ばされたらしい。ついでに私も誰かに片手で抱きしめられている。


 誰だ? ムスクの香りだ? 仏頂面のチカ様だ!


「おまえ、魔法は使えないんじゃなかったのか?」

「もちろん使えませんよ?」

「……もういい。下がってろ」


 やれやれ、と私を後方にひょいっと投げるチカ様もカッコいい♡ 

 私がうっとりしていると、チカ様が片手から黒い炎を生み出した。


「俺を『黒炎の魔導師』と知って襲ってくるなんざ、随分と命知らずだなァ」


 それは、忌み嫌われるチカ様の二つ目の異名。

 黒い炎を扱えるのは、この国でチカ様だけと言われており、どんなものでも焼き尽くすという地獄の炎は、彼を『忌み王子』と呼ばせた理由の一つでもある。


 チカ様がいつになく低い声音で呪文を詠唱した。


「重き炎は神の黒衣だ、永久に焼かれ……あの世で後悔しな。《黒き炎よ(ネロ・フィアマ)》」


 きゃあああ! その中二病が中二病に見えないところ! すーーきぃーーーーい♡


 伝説の炎に、チンケな盗賊が敵うはずがない。盗賊たちまるごと、ここら周辺をあっという間に焼け野原にするチカ様。大爆発を背景に、爆風で靡いた髪をおさえるチカ様が、その赤い瞳を私へと向けた。


 だから、今度は問われる前に説明する。


「本当はチカ様の雄姿を画家に描かせたいところなのですが、残念ながら時間がないので、わたくしめが心のキャンパスに描き収めております」


 ……えぇ、何度頂戴しても、チカ様のジト目はご褒美です。


 チカ様は端的に、盗賊たちを捕まえるよう兵士たちに命じる。そんな仕事のできる男に見惚れていると、彼は私に再度近づいてきた。


「俺が怖くねーのかよ」

「それは神々しすぎるから崇め奉れというご命令でしょうか⁉」


 だけど、私は疑問視するチカ様にも一理あるのではと思いつく。

 だって自分自身の所作って、自分じゃよくわからないよね。


 なので、僭越ながら私が「重き炎は神の黒衣だ――」と決めポーズからチカ様の真似をしようとすると、チカ様が即座にシッシッと手を振った。


「もうおまえは喋るな。調子が狂う」

「つまり私がおもしれー女だと⁉」

「面白いって誉め言葉か?」


 実際、推しと両想いになりたいなんて、おこがましいにも程がある。

 だけど、認知されたりすると嬉しいのがファンゴコロ。


 幸せすぎてため息をついていると、どうやら兵士さんたちが騒がしい。

 なんか今の騒動で、お馬さんが怪我をしたとかなんとか……?

 報告を受けずともそれを悟ったチカ様が、頭を抱える。


「はあ……堕ちた王子にゃ草のベッドがお似合いってか。せめて女のおまえだけでも……」

「どきどきわくわく♡ 二人っきりのアバンチュール♡」


 両手を組んで今晩の素敵な一夜を妄想していると、チカ様から「おまえの目には懸命に働く兵士らが見えてねぇのか」と、呆れられてしまうけど。


 その後、チカ様は紛れもなく苦笑していた。


「あーあ、心配して損したぜ」


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