28話 先詠み
間違っても、私がチカ様に尊死したとき用の墓を所望したわけではない。
私たちが最短で尽力したとしても、今回の流行り病で、全人口の五パーセント、だいたい二十人くらいの人が亡くなっている。前世の地球でも、十四世紀では五千万人以上……全人口の二十五パーセントの人が亡くなったと言われているから、それに比べたらかなりがんばったと思うけどね。
だからといって、何も不備や不足がなかったわけではない。
亡くなった遺体から感染する恐れもあったから、早めに火葬をお願いしていたのだが……まともなお墓を用意する暇がなかったのだ。
「そもそも、遺体を燃やすっていう概念が新しいよな」
「そうですかね? 前世の私の国ではフツーだったのですが……でも、ヨーロッパのほうだと埋葬が一般的なんだっけ? ゾンビが出てきそうでそっちのほうがゾワゾワしますけどね」
今、村人たちの合同葬儀を終えた、夕方。
チカ様の計らいで、とある墓石の前で二人きりにさせてもらっていた。
その墓石に、名前はない。地面の下には骨すら埋まっていない。
それでも、私はそっと花を活ける。その辺りに咲いていた花だ。きっと侯爵令嬢だった彼女は、こんな花を『雑草』とでも言ってしまうのかもしれないけれど。
それでも、私は弔いたかったのだ。
「あなたの身体を勝手に使っちゃって、ごめんね。ビビアナ」
わがままで悪女と有名だったビビアナだが、彼女なりに苦しい境遇で生きてきた感情はビビアナの中に残っている。特に親から不遇な扱いを受けてきて、スターに代わりの愛を求めていた彼女のことを、どうしても他人とは思えない。
名前を刻むことはできないけれど、それでも私が手を合わせていると。
背後からチカ様が尋ねてくる。
「元の人格が、戻る可能性は?」
「わっかんないですねー。でももし戻っても、ちゃんと優しくしてあげてくださいね」
「それは、どーだかな」
え、ひどい。どうせチカ様のことだから、そんなこと言いつつも優しくしちゃうんだろうなぁと思いつつも、とりあえず反論しようとする。
だけど、やっぱりチカ様はズルい御人だ。
「俺が妻になるよう命じたのは、おまえなんだから」
「……こんなの推すしかないじゃん」
もう、ダメだ。好きしかない。
好きすぎて好きすぎて、興奮を通り越して受け入れられるようになってきた。
そんな私に、今度はチカ様、前のめりに覗き込んでくる。
「それは何をしているんだ?」
「彼女が私のように、次の人生で幸せになれるようにって祈っているんですよ。手と手を合わせて、しあわせ……てね。まぁ、どうせ自己満足なだけなんですが――」
「ふーん……」
すると、チカ様が私の後ろに屈んで……回された手が、私の合わせた両手に重なっている。
真似するのはいいけど、なんか態勢おかしくないですか⁉
そのまま、チカ様はしばらく何も話さなくなったけど。
……まぁ、いいか。
私はチカ様と一緒に、ビビアナの魂が幸せであるようにと、再び祈りを捧げる。
さてはて、さすがにここまで回復すれば偉い方々はお役御免である。
来たときとは打って変わって、村人たちにあたたかく見送られて。
久々のお城のふかふかベッド。さっきまで侍女たちに体を擦られて擦られて大変だったけど、ようやく一息つくことができた。
ビビアナに憑依して……三か月程度。
短いようで、いろいろなことがあった。
けっこういろんなことを変えてきた気がするぞ?
「これでもう、チカ様が闇堕ちすることはないかな~」
そう――愛しいチカ様の元のキャラ設定は、闇堕ちしたラスボスである。
ネーヴェ領の財政も回復の一途だし、領民からの心象も今回のペストでかなり上がったはず。まだまだ原作の終わりは先だけど、これからもこの調子でいけば――
「大丈夫、だよね……?」
このあとも王都からお呼び出しがあったり、チカ様のストレスになる出来事はたくさんあるけれど……それでも、原作と違って、チカ様を必要とする人たちができたのだ。チカ様を受け入れてくれる場所ができたのだ。
そう、目を閉じたときだった。
「えっ?」
まるで、走馬灯のようだった。
目の前に流れる映像で、チカ様が結婚式を挙げている。
隣に並ぶのは、黒髪の美女。彼女と口づけするチカ様は、とても嬉しそうで、しあわせそうで……見ているだけで、涙が出そうになる。
だけど、唇が合わさる寸前で、美女が膝から崩れ落ちる。
口から赤い血を吐いていた。うつろな瞳で、チカ様に何かを告げようとしている。
チカ様が、必死に呼び止めようとするも……彼女の意識は失われ、絶命したとひと目でわかる。
そして、チカ様が慟哭をあげると同時に……黒い炎が、あっという間に教会を覆った。教会だけではない、その町も、人々も、その地域にいた全員を容赦のない黒い炎が覆う。
やがて、黒い炎は翼を広げた竜のように空へと上がり。
その下で、聖女アウローラとスターが、懸命に祈りを捧げていた。
そこで、私の意識は元の寝室に戻る。
……なんだ、これ?
「これって、『先詠み』ってやつ……?」
先詠みの設定は、チカ様に言われる前から、当然私も知っている。
だって、チカ様のお兄様が『先詠み』の能力者だったのだから。
とても聡明で優しいキャラだったが、そのせいで多くの者に利用されそうになり、利用できないとわかれば、命を狙われ――そして最期、チカ様を庇って死んでいった人。
「うっ」
途端、すごく気持ち悪くなって、口に溜まったものを吐きだす。
……鉄の味。血だ。どうやら吐血してしまったらしい。
どうやら、先詠みの能力を多用すると死ぬというのは、本当のようだ。
……上等だね。この命、チカ様に捧げると決めているのだから。
私はひとり、口角をあげる。
そして、翌朝。
「おい、おまえまた朝早くから洗濯なんてしてるのかよ」
欠伸をするチカ様もやっぱりエクセレント。
昇ったばかりの太陽よりも輝かしいチカ様に、私は満面の笑みで今日も愛を伝えるのだ。
「おはようございます! 今日も大好きですっ!」
4章も最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございます。
さて、ここが物語の折り返し地点ですね。ビビアナがチカを救う物語が、矢印の方向を変えていきます。二人の行く先をどうか見届けてくださいますと幸いです。
最後に「おもしろい!」「続きが楽しみ!」などと、少しでも思っていただけましたなら、
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