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2話 推しとひとつ屋根の下


 ビビアナ・ネロは、お金持ちな侯爵令嬢だった。

 だけど、魔法があたりまえの世界で、彼女だけ魔力がない。


 そのことは彼女にとってコンプレックスであり、余計に誤った身の振り方をしてしまっていた要因だった。その結果、婚約者であり、このネット小説『アウローラの涙』のヒーロー・スター・アモーレの心を何度も傷つけ、聖女アウローラの殺害に失敗した挙げ句に、顔に傷を残したとして、ビビアナは処刑される。そうして邪魔者がいなくなった後で、スターは正式にアウローラに愛を告げ、二人は『真実の愛』を育んでいくことになるのだ。


 物語の中のビビアナは、この処刑宣告シーンでも、ひたすら自身の弁明と、アウローラを貶める発言ばかりを繰り返していた。チカ様も『黙れ』と辟易した一言を発していたはず。


 だけど、私がビビアナに憑依した結果、いきなり未来が変わったらしい。


「錯乱するほどの精神的苦痛を鑑みた、情状酌量だ」


 ……チカ様への愛を錯乱呼ばわりとは、たとえチカ様相手だろうと看過しづらいぞ?


 しかし、さすがはチカ様。理知的な思考は常に忘れないご様子。

 その沙汰に納得がいかないと喚くスターに対して、彼らの汚点もきちんと指摘する。


「そもそも、こいつの悪行は、おまえらの浮気が原因だろうが。勿論、それで人を殺すなんて発想は論外だが……それ以外は子供だましの幼稚な悪戯だ。それに顔に傷っつったって、聖女様なら自分で治せるんじゃねーのか? わざわざ残したままこの場に来るなんて、さすが聖女様。随分と人心掌握に長けてらっしゃる」


 ちゃんとビビアナの視点でも考えてくれるなんて。やっぱり推します。好き。


 などと、ファンサ全開でチカ様を見送ろうとしていたときだった。

 チカ様の腕が、なぜか私の腰に回される。


「それでは、レディ。参りましょうか?」

「はへぇ?」


 オタク愛が発動されて、転生直後から口も心もフルスロットル全開だったけど。

 思わぬ展開に思考エンジンが急停止。この一瞬で何が起こった?


 チカ様が私に触れてエスコート?

 レディ? 私なんぞがレディ⁉


 しかもさっき、私と結婚するとか言ってなかったか⁉


 さらに、チカ様がスターに向かって振り返る。


「こいつはもう俺のだ。惜しくなったって返さねぇーからな」


 誰があなた様のモノですかああああああああ!

 髪の毛から臓器から魂まで、すべて捧げていいですかああああああ⁉


 心の中で愛情フルバーストしつつも、私は部屋を出た後のチカ様の自嘲を聞き逃さない。


「こんなのが、俺の王子として最後の仕事になろうとはな」


 ハッと吐き捨てた吐息が、色気に溢れている。しゅき。




 翌日、私は牢屋の中で歌っていた。


「チカ様とひとつ屋根の下~~♡」

「おまえ、少しは反省したのか?」


 なぜ牢屋にいるのかといえば、聖女を殺そうとした事実は無くならないからだ。

 形ばかりでもと牢に入れましたという外聞が欲しいとチカ様に言われたら、一晩でも一年でも百年でも牢屋にいるのが乙女の義務だよね?


 王宮の豪華な部屋と牢屋。月とスッポンの差があれど、広義で同じ屋根の下である。なので賛美を歌っていたとき、迎えにきたのが、推しボス様こと、チカ様だと⁉


 あまりの衝撃に私は牢をガシャンガシャン揺らす。


「これから私は天に召されるのですか? チカ様はまさかの天使様だった⁉」


 私は白い羽根が生えたチカ様を想像する。清純な羽とは正反対の悪い笑みを浮かべるチカ様、尊すぎる。逆に悪魔として黒い羽根もいい。片翼とかどうだ? やはり、この世のすべてをチカ様に捧げるべきではないのか?


 とりあえず、このままラスボスとして討伐されていい御方ではないはずだ!


「ストーリー改編するか……全世界を、チカ様に捧げるために……」

「おまえはさっきから何をブツブツと……とっとと行くぞ」


 牢屋に入ってきたかと思いきや、チカ様が私の腕をつかむ。


 チカ様が、また私如きに触れてくださっただと⁉

 しかもグローブを嵌めているとはいえ、指が出ているタイプのものだ。チカ様の節ばった指先が、私の肌に……もう一生この腕、洗えない⁉ 


 と、心の中でハァハァしているも、私は訊くべきことは訊く。


「ど、どこへ向かわれるのですか?」

「二人の愛の巣に決まっているだろーが」


 二人の愛の巣、だと……?

 リアル恋愛経験ゼロの喪女の心臓が早鐘を打つ。


 ……待て。早まるな、私。

 チカ様はこういうキャラだ。色っぽくて勘違いしたくなるような冗談をアウローラにもよく言っていたじゃないか。でも、心にはまったくないやつ。


 だから、騙されちゃいけない……真に受けちゃいけない。

 チカ様が、本気で私になんて惚れるはずがないんだから。


 すると案の定、チカ様が少し振り返って、鼻で笑っていた。


「地獄って名前のな」




 こんな尊いチカ様は、本作のラスボスである。

 二つ名は『忌み王子』。幼少期の血塗られたお家騒動のおかげでそんな異名がついたかと思えば、物語の途中から公爵になるので、そのあだ名も『忌み公爵』に変わる。


 第二王子として『婚約破棄シーン』の見届け人となった以降も、公爵としてちょこちょこ主人公アウローラ&スターの成り上がりを阻む敵として登場。最後には邪神教に魂を売るほど闇堕ちして、国家転覆な大計画を実行するが、アウローラたちの活躍により討伐されてしまう。いわゆるラスボスだ。


 どうして、私がそんなラスボスに惹かれたかといえば……ワイルドな見た目に反する知的なところや、可哀想な境遇でも闇堕ち前は不屈の精神で成り上がろうとする凛々しさ、仲間に対する人情的な優しさに惚れたのである。詳細を話すと長くなるから、今は割愛。


 だって、私はあっという間にお城の入り口に連れて来られてしまったからね。

久々に見上げたお空は、チカ様ほどでないけど眩しい。どこの世界でも、空の色は変わらないんだね。絶好の遠足……いや、引っ越し日和の青空だ。


 そんな青空の下、改めて貴公子チカ様が手を差し出してくる。


「お手をどうぞ。マイ・スウィーティ―」

「うぐ……」


 まあ……前世はいわゆる喪女でしたので。リアルな恋愛経験はゼロである。

 それに『チカ様』というキャラクター設定上、こういった「クイーン」だ「愛の巣だ」なんて冗談をよく口にする人だもの。


 ときめいちゃダメ……真に受けちゃダメ……。

 チカ様が私に惚れるなんて、ありえるはずがない!


 私が熱い顔を逸らしながら馬車に乗れば、当たり前のようにチカ様の乗り込んでくる。

 そして扉が閉められた途端、チカ様の表情も引き締められた。


「わかっているだろうが、これは契約結婚だ。本気で俺に愛されるなどと――」

「もちろんですとも」


 最後まで言わずとも、私は静かに口角を上げてみせる。


 鼻で笑われたって構わない。むしろご褒美。

 夢のような二度目の人生で、推しに命を捧げる覚悟はできている。


 たとえ見せかけの愛に、あなたの気持ちなんてなくっても。


「私はあなた様の愛の下僕です。妻だろうが、生贄だろうが……どうぞ存分にこき使ってください」

「ハッ、きもちわりぃ」


 鼻で私の決意を吐き捨てるチカ様が、足を組む。


「俺に何を夢見てんのか知らねーが、幻滅は自己責任でお願いするぜ」

「チカ様こそ、覚悟してください」


 あぁ、今日も長いおみ足が尊い。それにチカ様の狭い馬車で二人きり。つまりはチカ様の吐く息を私が吸ってしまうのだ。すなわち間接キッス? キャパオーバーで呼吸が止まりそうなのですが⁉ ……なんて、このまま呼吸困難で死ぬのは勿体ない。


 私は本音のまま、自然と頬がほころんでいた。


「私、今、人生で一番しあわせですので」



 あぁ、本当に、なんて私は果報者なのだろう。

 妻だ、結婚だ、なんて形式は関係ない。


 お傍にいれるということは、私がチカ様の運命を変えられるということ。


 チカ様を闇堕ちなんてさせない。チカ様の邪魔をする者は全員、私が蹴散らしてやる。

 絶対に、私がチカ様を幸せにしてみせる。


 ――たとえ、この命が尽き果てようとも。




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ど底辺令嬢に憑依した800年前の悪女はひっそり青春を楽しんでいる。②
 

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― 新着の感想 ―
[良い点]  さっきXで告知を見て飛んできました。いやー、毎回ながらヒロインのぶっ飛びっぷりが常軌を逸していますね。ついに限界オタクが推しの眼前に転生するようになるとは。でも限界オタクがこうなると絶対…
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