18話 レッツ☆クッキング
「馬車くらいひとりで降りられます」
「つれないな。それとも夫を辱めたいのか?」
「今日も言い方がズルい……」
チカ様のエスコートに支えられ、私は馬車から降りる。
空が広がる湖は、何度見ても感動的だ。ここを地獄と称す人々の気持ちがさっぱりわからない。めちゃくちゃロマンチックじゃないか。
ともあれ、私は決してデートで来たかったわけではない。
私はチカ様からの「おい」という制止を無視して、ゴツゴツとした白み帯びた地面を歩いて、湖のそばに近づく。
そして手ですくった湖の水をペロッと舐めた直後だった。
思いっきり肩を引かれる。
「馬鹿野郎! 死にてぇのか⁉」
チカ様からの本気の叱責、お優しすぎる……♡
と、今は恍惚としている場合ではない。私は頭を仕事に切り替えて、淡々と説明する。
「これ、やっぱり塩湖ですよ」
「エンコだァ?」
やはり、この世界には知られていない知識だったらしい。
なので、かいつまんで説明すれば。
塩湖とは、言葉の通り塩分濃度が高い湖のことである。
海水が混じっているわけではないが、塩分濃度は海水並みか、それ以上。魚が生きられないという話から、おそらく前世の死海並みに塩分濃度が高い湖なのだろう。人が飲んだら死ぬという話も、海水以上ということから当然であり、湖に入ったら身体も浮くはず。
これらの話をすると、チカ様の眉間に深いしわが刻まれる。
「おまえ、どうしてそんなことを知っている?」
「昔はけっこう一生懸命勉強してましたからね。それに、貧乏すぎて海水から塩を自製しようとしたこともあるんですけど……家庭コンロの火では、コスパが悪くて」
「侯爵令嬢が……貧乏……?」
ともあれ、私の予想通り塩湖だと発覚したところで。
私は当初の目的をチカ様にご提案する。
「まあ、百聞は一見に如かずです。とりあえず、この湖からお塩を作ってみましょう!」
レッツ☆お塩クッキング!
まず湖の水を濾し布代わりのガーゼ(料理にも使うので、似たようなものがこの世界にもあったのでもらってきたもの)で濾す。その水をチカ様の黒炎でゴォォッと一気に煮詰める。そして、煮詰めて濃くなった塩水をもう一回濾しで、さらに黒炎でゴォォォッ!
するとどうでしょう、ほんのり桃色帯びたお塩が出来上がり☆ である。
「まさか、俺の黒炎を料理に使うやつがいるとは……」
「実際に商業化するなら、炎の魔法が得意な方を雇わないといけないですね」
さすがに毎度チカ様の御手を煩わせるわけにはいかない。……でも、チカ様お手製って看板で高値で売れるかも? そこらの売り方は、あとで考えるとして。
二リットルくらいの湖の水から、だいだい五〇グラムくらいの塩ができる。
とりあえず今は実験なので、このくらいできれば十分だ。
私はチカ様たっぷりのお塩を、小指に付けて舐めてみる。
「うん。甘い。これなら高値で売れますね」
「俺には普通の塩と変わらない気がするが」
チカ様も、同様に舐めてみたようだ。度胸のあるチカ様、ラブ♡ と、精悍な横顔を見つめていたときだった。あっという間に背中が地面についており、青いお空が見えない。
代わりに、陰になったチカ様のご尊顔が真正面にあった。
「改めて聞く。おまえ、本当に何者だ?」
「……ご承知の通り、ビビアナ・ネロでございますが」
「おまえのことは改めてエドワルドに調べさせた。ビビアナ・ネロは、あんな口先だけの格下婚約者からも捨てられるほどの、無能なわがままな女だったはずだ。家庭教師もろくにつけておらず、当然学校にも通っていない……そんな女が、どうして俺も知らない湖のことや塩の作り方を知っている?」
どうやら私、チカに押し倒されているらしい。
壁ドンならず、床ドン……塩浜ドンである。
そんなロマンチックな状況にドギマギしかけるも――チカ様の表情はとても険しい。
塩湖まで来るのも最小限の護衛だけ連れてきて、クッキング中も近くに近寄らせることはなかった。当然、声が届く範囲に他の人はいない。
……私を怪しみつつも、最大限の敬意を払ってくれているのだ。
本当に、なんてお優しい……そんな【BIG・LOVE】に改めて敬愛を深めつつ。
私はにっこりと微笑んでみせた。
「お答えしたいところですが、お塩問題を解決してからにしませんか? スターたちのドヤ顔、さっさとやめさせたいんですよね」
「……それは、おまえを捨てたことを恨んでのことか?」
「いえ? チカ様を金ヅル扱いしているからですが?」
あくまで『私』の意見を申せば、あいつらに捨てられたのは、ある意味損切。
そもそも私のプライドより、チカ様のご尊厳のほうが大事。
あー、あいつらのドヤ顔を思い出すだけでイライラしてきた。般若を必死に抑えていると、チカ様のお顔が離れていく。起き上がってくれたらしい。
「ひとまず、隣領との交渉が終わるまでは不問にしてやる。ただ……これが解決したら、洗いざらい話してもらうからな」
離れていったムスクの香りに、少しだけ寂しさを覚えるも。
私はしょせんチカ様に従順なだけの奴隷である。
「かしこまりました」






