12話 私はあなたの犬になりたい
さて、この書類。明日一番にチカ様にお持ちしよう。
私が直々にチカ様の寝室まで行くのは大変おこがましいことだけど、この城で信用できる人なんてほとんどいないのだ。多少の無茶や失礼があっても、そこはごり押しするしかない……もしかしたら寝起きのチカ様を拝めるかもしれないし。ご褒美、ばんざい。
なんて夢を見ながら、スターの寝室を出たときだった。
「よっ、ご苦労さん」
……え、月光に照らされたチカ様、神々しすぎる。
しかもシャツの釦は二つしか止められていないじゃないか。胸元チラリズム。あぁ、この色気を浴びて尊死しない人類なんている?
天に召されようとしてる私に、さらにチカ様という神は手を差し出してくれるのだ。当然、私は喜んで手を重ねる。
「わん♡」
「なんだ、この手は」
「私はあなた様の犬であり、下僕でございますので♡」
「……犬ならとっとと取ってきた物を主人に渡せ」
今まさにこれは、私が公式チカ様の犬になれた瞬間なのでは……♡
私は大歓喜しながら「わん♡」とスターから拝借した書類をチカ様に渡す。
チカ様は「読み応えがありそうじゃねぇか」と流し読みしていたかと思いきや……いきなり私の腰を引く。そして私の首元に鼻を寄せてきた。
「なんか甘い香りがするな」
「あ、首の後ろに薔薇のジャムを少々……」
近い……だからチカ様、いつも近いです……。
と、思考が固まった途端、脳天に食らうは、チカ様チョップ。
「公爵夫人が……食料品を香水代わりにするんじゃねぇ」
「もちろんチカ様のお口を楽しませるものを拝借したつもりはございません! ただ蓋に付いていたこびりかすを少しばかり頂戴しただけでして――」
「そういう意味じゃねぇよ。仮にもおまえ、少し前まで侯爵令嬢だったんだろうが」
額に手を当て「まあいい」とため息を吐くチカ様もやっぱりご褒美。
踵を返して歩き始めたチカ様の背中を拝みながら見送っていると、チカ様がちらりと振りかった。
「おい」
「視線が熱すぎましたか?」
「自覚はあるんだな……じゃなくて、さっさと来い」
「えーと、どこへ……」
会場を出るのは推しが退場してからというのが、ファンの常識……というか、命に刻まれた定めだと思うのだけど。チカ様の尊い眉間にしわが寄る。
「部屋まで送ってやる」
「へ⁉」
チカ様が、私の部屋まで? なんで?
なぜ、私ごときがそんなご厚意を?
本気で理解できないでいると、チカ様の容赦ない舌打ちが聞こえる。
「いいからさっさと来い! 担がれたいのか⁉」
「じ、自分で歩きますっ!」
もうチカ様に担がれてしまった日には……全力で来世はお米になる魔法を探して本物のお米となりチカ様の炭水化物になるしかお返しできなくなる⁉
私は慌てて、再び歩き始めたチカ様のあとを追う。
「あの侍女長、横領と女主人への不敬で、今朝方に解雇されたんだって!」
翌朝、私は暇をしていた。
陽が昇る前から私を叩き起こして雑用を命じていたマーサさんが来なかったのだ。
だから自主的に裏庭に赴いても、誰も用を言いつけに来る者もおらず。
自主的に厨房裏の掃除をしていたときに、おいしそうな朝食と共にやってきたのがエド君だった。
「あと、横領に加担していたアモーレ家との取引も当然中止。なんかあの侍女長が、アモーレ家の縁戚だったみたいでね。前領主からの悪い膿が出せたと、チカ公爵も大喜びみたいだよ」
「そっかあ」
……女主人への不敬って、私に対してのアレのやつ?
ちなみに昨晩、私の部屋を見たチカ様が絶句した挙げ句に、『どうしてさっさと言わないんだ』と怒られてしまったけれど……雨風しのげて、チカ様のひとつ屋根の下なので楽園だと思うんだけどね。今日のうちに、チカ様直々に私の部屋を用意してくれるとのこと。
チカ様が喜べば、お空も喜ぶ。今日は一日晴天間違いナシ。
そんな青空を見上げてながら食べるサンドイッチは、ものすごく豪華だった。
薄切りローストビーフがおいしいのはもちろん、たまねぎもシャキシャキしているし、オリーブやピクルスの浸かり具合も絶妙だ。
朝ごはんがおいしいことは、チカ様にとっても、使用人の方々にとっても喜ばしいことだけど……ちょっと不安にもなってしまう。
「でも、これから物資の輸入とか……大丈夫なの?」
だって、仮にもここは山々に囲まれた辺境だ。チカ様がいればどこでも楽園とはいえ、物資の運搬が大変なことには変わりない。自給自足するにも、辺鄙な土地柄から大規模な開拓は難しいって小説には書いてあったはずである。
すると、隣でサンドイッチを齧っていたエド君が、妙に誇らしい顔で言いのける。
「ご安心ください、奥様。そのために私がおりますので。食事が終わったら、鳥に変身してすぐさまあちこちの商人たちを回ってきましょう。必ずや良い取引先を掴まえてきます」
……あれ、これ小学生くらいの少年が言うセリフかな?
私が思わず咀嚼を止めると、エド君が子供らしからぬ笑みで立ち上がった。
「きちんとしたご挨拶が遅れて、申し訳ございませんでした」
そして、まばたきした瞬間。
目の前にいたのは、落ち着きのある執事さんだった。白髪交じりだけど背筋はきちんと伸びており、披露してくれるお辞儀は優雅そのもの。
「改めまして、私はエドワルド・グッチ。長年チカ公爵の専属従者を務めております。特技は変身魔法です。以後、お見知りおきを」
私が「ええええええええ⁉」と驚くと、初老執事なエド君……ではなく、エドワルドさんが茶目っ気たっぷりなウインクを返してくれた。
「なお、赤いふんどしの持ち主は私です」
「えっ」
これにて1章がおしまいです。
こんな感じで、毎章トラブルが起こって、解決。
チカやまわりの人たちとどんどん仲良くなっていくような話となっております。
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ストックもまだしばらくありますので、
2章も今日の夜からはじめますね! 引き続きよろしくお願いいたします!!






