11話 元カノを部屋にあげるな
計画実行は早いに限る。
冷たい水で身体を洗うことなんて、前世で慣れっこだ。
ちょうど先日お借りしたワンピースも、まだ私がお預かりしていた。
そして、がらんとした厨房から、いい匂いのジャムを少しだけ拝借して、首の後ろに塗る。ついでになぜか置いてあるマッチもお借りしておこうかな。
何をしているかって? そりゃあ、イイ女を作っているのさ。
ビビアナ・ネロも、悪女であれど、さすが小説の主要人物。素材は超一級品。
それなりの身なりを整えれば……ホステスさんも顔負けの色っぽいお姉さんの出来上がりである。
あとは酒蔵から必要なものを拝借して、用意は完了。
……諸々が終わったら、チカ様に鍵の重要性だけ進言させていただこう。お借りしたい放題ではないか。そんなことを思いつつも、私が向かう先はただ一つ。
ビビアナ・ネロの元婚約者であるスター・アモーレの客室である。
私はドアにしな垂れかかりながら、控えめにノックをした。
「スター様……まだ起きていらっしゃる……?」
どこで、こんなテクを覚えたのかって?
そりゃあ、昼も夜も時間が空いたらアルバイトに明け暮れてましたから。いろいろな人を見てきた自負はございます。たくさんウェブ小説や無料マンガも読んできたしね。
なお、自身のリアル恋愛経験はゼロ×ゼロ。それでも、まったくその気のない相手ならいくらでも演技ができるなんて、女とは不思議な生き物である。
だけど、まったく緊張しないかといえば、話は別。
自分の心臓の音だけが聴こえたのも、ほんの数秒。すぐに扉が開かれる。
「ビビアナ? こんな夜にひとりでどうしたんだい?」
「スター様と一緒に、お酒が飲みたいなっ……て」
そうして見せるのは、後ろに用意していた三つのボトルと小さなグラスが二つ。
チラリとそれを見せると、すでにガウンを羽織っていたスター様が小さく笑った。
「しょうがないな……入りなよ」
「ありがとうございます」
きちんと一礼してから、私はお酒を持って部屋へと入る。
彼の目の前でお酒を作っていると、彼はお酒ではなく、私を上から下まで見てきた。
「なんかビビアナ、雰囲気変わったね」
「……色々、ありましたから」
「ふーん……前よりずっと淑やかじゃん」
そして、舌を舐めたスターが、後ろから私の腰に手を添える。
「ぼく、こういう女のほうが――」
「せっかくだし、まずは一杯いかがですか?」
ひらっとスターの手から逃れつつ、私は小さなグラスのそばで、マッチを擦る。
月明りだけの暗い部屋で、マッチの小さな炎がグラスに近づいた途端――それはボッと一瞬膨れ上がり、私たちの目を楽しませてくれる。
「スゴイな、魔法……のわけないよね。ビビアナだもんね」
「楽しんでいただけて何よりですわ」
炎のおかげで、部屋に甘いお酒の香りが一気に広がる。
そんな中、私が「一気にどうぞ」とグラスを両手で差し出せば、スターは嬉しそうにそれを受け取った。そしてジロジロと観察するのは、商人の目。
「へえ……三層が綺麗だ。今度作り方を教えてよ。店に出したら、相当ウケるよ」
そして、スターは私の勧めた通り、グイッと一気に飲み干した。
彼がお店の客だったら、お姉さんたち取り合っていただろうな。
……いいカモだもん。
「えっ……」
スターがよろめき、そのまま倒れる。倒れた先がちょうどベッドだったのは、運がいいのか、ヒーロー補正か。私はさほど気にせず、独りよがりに話す。
「このお酒は、三つのリキュールを同量ずつ加えたものになります。度数はおおよそ三十度。レディキラーと呼ばれるカクテルの中でも、特に女性が気を付けなければならないお酒なんだけど……淑女を殺せるなら、男だって殺せるよね?」
たとえ、魔法ファンタジー世界の住人であっても。
男も女も、同じ人間。
しかもスターの場合、お酒を飲むとすぐに寝てしまうって描写もあったし。聖女アウローラが二日酔いの介護をするシーンまで、私はしっかりと覚えている。
私はベッドの上で目を回しているスターの目を手で塞いでやる。
「前世でのこのカクテルの名前は、B52――チカ様のためだったら、喜んで爆撃機にだってなりますとも」
さて、こんなところでスターの意識も落ちてくれたらしい。
私はその間に、スターの部屋のあちこちをガサガサする。ベッドの下までしっかりと潜れば……ありましたとも。いかにも隠してましたと言わんばかりの書類鞄が。
「見ーつけた♡」
悪い女だと責められたって、知るものか。
すでに他の女がいながら、元カノを部屋にあげる男が悪いのだ。






