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10話 楽しそうな夜の密会

 びっくりした……。

 本当に、手にキスされるのかと思った……。


 私を見下すチカ様の口角が、愉快そうに持ち上がる。


「ホントにするかよ。雑菌が入ったらどーすんだ」

「あう……はう……」


 手を離され、額を軽く小突かれるものの……まだ、私の手にはチカ様のぬくもりが残っている。傷が痛まないように優しく触れてくれたな。しかも、本当にキスをしない理由がまた優しすぎないか? しゅき♡ しゅきにならない理由がない♡


「行くぞ」


 しかもチカ様、無理やり私の手を引いて、長いおみ足を動かしてしまうではないか。

 必然と小走りになる私は、恥ずかしさを誤魔化すべく口を動かす。


「チ、チカ様も、早起きなんですね?」

「できたらぐーたら寝たいものだがねぇ……だが、お客人のほうが早起きみたいだぜ」


 そう言って、中庭に出れば。

 聖女アウローラが、庭師だろうオジサンの膝を治療していた。


 目からこぼれた涙をそっと手で受け止め、その虹色の結晶を患部へ押し付ける。


 リアルに見る派手な奇跡のエフェクトは、まるで遊園地の3Dプロジェクションマッピングみたいだ。そりゃあ、娯楽が乏しいであろう周囲を囲んでいた使用人たちが、歓声をあげるのも納得である。


 しかも、光が収まった後に、オジサンが「長年の痛みが、引いた⁉」と喜んでいれば、尚更のこと。

 そんな聖女の奇跡に大歓喜な空気を一切読まず、チカ様はその輪の中にふてぶてしくも割って入る。


「おい、聖女。こいつの手も治せ」

「チカトリィーチェ様……申し訳ございませんが、今は少々疲れてしまいまして」

「金なら払う。いくらだ?」


 チカ様っ⁉

 たかだか私めのあかぎれなんぞに、チカ様の貴重なお金を使わせてしまうだと⁉


 だけど、このままだとチカ様のための労働にも支障が出るわけで。

 葛藤をしている間にチラリと聖女を窺えば、彼女は困ったような素振りをしていた。


「……そういうことでしたら」


 私は、とある前世のバイト仲間を思い出す。

 こういう女、結構どこにでもいたよね。いい子のふりをするためにわざとらしく即答はしないやつ。内心、ほくそ笑んでいたりするのにさ。

 



 そして、私の手はアウローラの3Dプロジェクションマッピングによって、すべすべのツヤツヤに戻った。この三日間で、多少の日焼けはしたようだけどね。だけどささくれ一つない手というのは、やっぱり快適である。


 これでまたチカ様のために働けるぞ!

 そう掲げた手をマジマジ眺めていると、聖女は粛々と頭を下げる。


「治療費のお話は、後ほどスター様と一緒に」

「あぁ、わかった」


 念押し、ご苦労様である。

 だけどチカ様はあっさり頷いたすぐあと、私の腰に手を回しては「行くぞ」なんてエスコートされてしまうから。


 私はアウローラが見えなくなってから、チカ様に慌てて訴える。


「チカ様、払います! 私、治療費は自分で払いますからっ‼」

「俺を、妻になる女の金も払わない甲斐性なしにしたいのか?」

「そ、それは……」


 もちろんチカ様の甲斐性は海より広いと、私の全細胞が知っておりますが⁉


 でも、この行為がチカ様の弱みになるかも……と、思うと恨めしいのが『妻』という立場。

思わず、私はご提案してしまう。


「今からでも、結婚やめません? メイドあたりが性に合っているのですが」

「やっぱり、俺なんかよりダビデって野郎がいいってことかよ」

「へ?」


 ……ダビデって、誰だ?

『アウローラの涙』の中で、『ダビデ』なんて名前のキャラいたっけか?


 思い出そうとしていると、顔を赤くしたチカ様が「もういい!」と一人で歩いて行ってしまう。


 え、もしや……今のチカ様、照れてた?

 なんだか知らないけど、チカ様の照れ顔、初げっど?


「か……かわいい~~♡」


 世の中にあんなにかわいいものがあってよいのだろうか。


 カッコいいだけではなく、かわいいだと?

 そんな二刀流を食らったら、私の身なんて一瞬でみじん切りになるしかないじゃないか。


「いや~~チカ様すき~♡ 存在を神様にいくら感謝しても足りない~♡」


 あぁ、こんなに尊いご褒美があってよいのだろうか。

 私は空に向かって、ひたすらチカ様への愛を叫ぶ。




 その後、チカ様とスターの交渉内容を知ることはできなかった。


 一体、チカ様は私のためにいくら払う羽目になってしまったのだろう。

 私が原因で、チカ様が不利な取引を結ばされたりなどしていないだろうか。


 ……だって、ネット小説上のストーリーでは、聖女アウローラの内助の功があって、スターが取引を成功させているのだ。つまり逆視点から見たら、聖女アウローラの活躍のせいで、スターに有利の取引をしてしまうということ。


 気を付けていたはずなのに、まさにその通りの展開になってしまった。

 恐るべし、ストーリーの強制力。


「何か、私にできることは……」


 そんなことを考えこんでいると、あっという間に日が暮れる。

 そもそも邪魔をしようとも、私の本来の仕事が終わらない。


 洗った洗濯物は、当然元の持ち主に返さないとならないよね。

 兵士さんたちの宿舎は、いつもの厨房裏のちょうど真反対にあった。当然、そこに運ぶのも、侍女長マーサさんが私一人に任した仕事である。城内の通路を使っても、ざっと片道五分以上かかる距離だ。


 魔法の使えない私が一人で運べる量も限りがあるから、三往復目。

 私の目の前を、何かがバタバタと通り過ぎる。


「うわっ」


 洗濯物を落とさずに済んだのはよかったけど……びっくりした。烏かな?

 そんなちょっとしたホラーにひと段落したときだった。


 こんな夜も更けて明かりも消したあとだというのに、通路の曲がった先から誰かの話声がする。見張りの兵士さんだったら、もっとわかりやすくランプを持っているはずだけど……通路の先は真っ暗だった。


 もしや、チカ様のお命を狙った暗殺者?

 ゆっくりこっそり歩くのには慣れていた。だって前世では、アルバイト後に夜遅く家に帰ると、すでに家族が寝息を立てていたからね。もし起こしてしまえば、げんこつの一発じゃ済まなかったから。


 ともあれ、暗殺者にしては、やたら喋っている気がするぞ?

 しかも、その声に聞き覚えがある。


「例の取引はどうでしたか?」

「うまくいったよ。あなたの改ざんにも気づかず、今まで以上に大量の仕入れをしてくれることになった。ほんと、こんな量のジャガイモを購入してどうするんだか」


 これは……前者が近頃私をいびってくれているオバサンで、後者が転生直後に私の髪を引っ張ってくれた男だね。つまり侍女長マーラと、アウローラのヒーローのスター・アモーレだ。


 そんな二人は、なかなか親しげな様子で会話を続けていた。


「適当にあの娘に処理させておけばいいでしょう。最悪、あの娘のせいにして我らはしらを切るだけですから」

「あぁ、なんて悪い女なんだ。せっかく殿下の慈悲でもらってもらったというのに、早々に裏切って私腹を肥やそうだなんて!」


 きゃはは、ぎゃははと、なんとも楽しそうな夜の密会である。

 そんな笑い声を最後に、二人はしれっと、それぞれの部屋に戻っていったらしい。


 二人の背中を見送ってから、私は小さく口角をあげた。


「さぁて、点と点が繋がったぞ」


 まだまだ二人の関係性は掴み切れないけれど、小説内のスターの活躍の裏には、聖女アウローラだけでなく、この侍女長の暗躍もあったんだね。


 そして、その悪事の冤罪をビビアナ・ネロが着せられた結果、ビビアナ・ネロは悪役令嬢として悲惨な末路を迎えた――と。うわ、ビビアナもかわいそう。


 でもそれ以前に……チカ様を騙そうとするなど、絶対に許すまじ!

 ひとまず、私は今の仕事を片付けるべく、再び真っ暗なお城の通路を進み続ける。


 またバタバタと鳥の羽ばたく音がする。不吉な夜だ。

 月当たりに反射した廊下の鏡には、私の般若顔が映っている。


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