序章
初投稿です。
加筆、修正しかきっとしないでしょう。それでもよろしければその先をご覧下さい。
懐かしい匂いがする。
それはふるさとを思い出させる、望郷の地だけに咲く甘い香りの花……ではなく、家畜が何をするにも膨大に吐き出し続ける糞尿の匂い。ふるさとのどこへいってもその臭いが付きまとっていた思い出、かつては慣れていたそれも久々に嗅げば吐き気しか催さず胃から苦い汁が湧き上がってくる。
もう何日も風呂に入っていない。それどころか、細い手足の何倍もの大きさのある枷を付けっぱなしなせいでトイレにもいけていない。ベット、と呼ぶより物置と呼んだ方なマシな台には上に三人もの同じ様な哀れな人間が繋がれ、それが部屋いっぱいに敷き詰められている。日にも当たれず、ゆらゆらと揺れる地面がいまだ陸地ではなく海の上を漂っている事を伝えてきて、最初は発狂した金切り声や泣き声に塗れていたこの一室も今や呻き声が僅かに聞こえるだけで静かな部屋は一体何人が生き残っているというのだろう。いわゆる奴隷船。その荷物として私は海の上で運ばれている。
奴隷船の荷物は、その名前の通り奴隷を乗せて運ぶ。そして荷物が奴隷であるが故に、奴隷は一人の人間ではなく、荷物として扱われる。一人のために部屋は用意されない、船の往復は高価、だから出来るだけ一度で多くのものを運べるように何段もの棚のある場所に奴隷を置き、部屋に出来るだけ詰め込み、出来るだけ多くの奴隷を運ぶ。排泄も食事もその場で取る、そんな環境故に辿り着くまでに何人もの奴隷が死ぬ。それでも採算が取れてしまうから、どんな奴隷船でも似たようなもの。
陽の光が当たると輝く、黄金とも呼ばれた髪は今や汚物に塗れて茶色に霞む。投げ出された長い足は至る所がむくみ、良く分からない皮膚病に侵され、肌はぼろぼろになっていた。生きる気力を失いそうになりながら、なぜ生きようとしているかも忘れそうになりながら、ただ今日も息だけをしている。
いったいなぜ、こんな事になったのか。なぜ、こんな目に合わないといけないのか。考えるのも億劫になりながら私は目を閉じた。
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先の時代、大陸のほとんどはアスラン帝国が覇権を握っていた。強力な陸軍、歴史のある絶対王政、それに付き従う手柄を求める旺盛な領主、騎士達。その大陸から海一つ跨いだ島国・イルキア王国はほとんど圧力に屈したまま、不利な貿易や条約を組まされるままに三流国家として存在だけが許されていた状態だった。
その流れが激変したきっかけは、“魔法”が発明された事。時計塔と呼ばれる王国最高の学府の学者達が編み出したそれは船を帆をなくして進ませ、大砲をより遠くへ飛ばし、不治の怪我を治す画期的なものだった。力を取り戻す一歩として魔法を扱える者達を戦略魔導士官、略して魔導士と呼び彼らを船に乗せ旅立たせ、海賊に扮しながら大陸の国々の貿易船を片っ端から掠奪し国へと持ち帰った。特に、目の敵にしていたアスラン帝国の船を。
海賊のやったこと。そう嘯くのも限界があり、怒れる帝国は艦隊を王国へと差し向けた。帝国の本領は強力な陸軍、されど大きな力を持つ国家は軽々と大艦隊を結成して王国を地図から消しにかかる。そのほとんどが魔導士を乗せた王国の船に沈められ、歴史に残る大海戦に敗北の文字を刻むとは知らずに。
歴史の中に突如として現れた“魔法”という強力過ぎる武器、それに王国は非常に柔軟に対応した。魔法は誰しも扱えるものではなく、その適正がある者はほとんど強制的に軍に徴兵した。その一方、彼らには優遇された学習環境が与えられ、徹底的に魔法についての知識と扱い方を叩き込んだ後に赤子の様に守られながら前線へと送り、輝かしい成果を挙げた者には今まで青い血しか与えられなかった貴族の椅子さえ用意した。その中では数々のシンデレラストーリーが作られていく、その中でも異質な程に力を伸ばしたのがアメリア・クロフォードという名の少女だった。
魔法運用は大気、対人、治療の三つに大きく分けられた。大気は自分以外の無機物に影響を与えるもの、例えば空気の温度差を作り風を起こしたり、船の一部を急激に熱くして燃やしたり、大気の水分から水を作り上げたり。対人は他人へと影響を与えるもの、平衡感覚を弄り混乱状態にさせたり、アドレナリンを刺激して只の人間を痛みを感じない死兵と化したり。治療は身体へ影響を与えるもの、千切れた腕や内臓をくっつけたり、失った臓器を作り出したり。この三つは大きく運用が違うものとされ、一つ大きな適正があれば御の字、二つあれば貴族の椅子など手に入れた様なものだった。故に三つを自在に操る人間が只の田舎の農家の娘であった事には魔法を生み出した王国に衝撃と大きな力を与えた。
文字さえ読めなかった小娘が、暖かい寝床と教育を与えられ、さらにその少女は自分への努力を怠らなかった。それに留まらず、異常、とも呼べる程に突然降ってきた才に驕らず、振り翳さず、才能と頭脳と身体を作り上げた結果は考えるまでもないこと。海賊紛いの私掠船時代から成果を上げ、成人を迎えた大海戦では、数多の船と人間を海の底へと沈め、帝国の道路であった大陸の海を王国の海へと変えた。
紛う事なき英雄になった彼女へ王国が与えるものは、最高の階級、金と土地、相応しい伴侶、望むがままのもの。彼女はまさに、栄光を約束されていた。その時までは。
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