05 選任手続期日2 選任
当日質問票を書いていると、9時30分が近づいてきて、候補者がたくさん部屋に入ってきた。
見ると、まさに老若男女という感じで、年齢も性別もバラバラだ。男性は年齢問わずスーツか、クールビズのシャツ姿の人が目立った。女性は、ブラウス系の人、ワンピースの人と様々だったけれど、ジャケットを着ている人は1人か2人だった。
皆、最初は事案の概要を読んで当日質問票を書いていたけれど、その後の席での過ごし方は様々。スマホ派が一番多いものの、資格試験の参考書のような本を読む人、パソコンを開いて仕事をしている人もいた。男女もほぼ半々で、年齢もばらけている。
裁判員候補者はくじで選ばれるというけれど、たしかに無作為に人を集めるとこうなるのかぁ、という感じだった。
などと思っていると時間になった。
裁判所の職員の人が説明役として話し始め、一通りの説明があったあと、記入済みの当日質問票が回収された。
この時点で、室内にいる裁判員候補者は25人から30人くらいだろうか。ここから6人の裁判員が選ばれるとすると、確率は4~5分の1ということになる。
絶対当たらないということもないけれど、外れる可能性の方が高いという微妙な確率だ。
しばらくすると、ぞろぞろと7人の人が部屋に入ってきて、部屋の前に並んだ。簡単な自己紹介があり、3人が裁判官、2人が検察官、2人が弁護士ということが分かった。
7人の自己紹介に引き続き、裁判長が改めて今回の事件の概要について説明をはじめた。
「皆さんには当日質問票という紙に、辞退の希望などを書いていただいていますが、そこに書き漏らしたことがあるかもしれませんので、この機会に質問します」
「今から申し上げる4つのどれか1つでも当てはまる人は、私が4つの質問を言い終えて手を挙げてくださいと言ったら、挙手をお願いします。挙手があった方については、別室で個別に、ご事情をうかがいます」
「4つのうちどれに当てはまるのかを周りの人に知られないようにするために、途中で手を上げたりはしないでください」
「1。この事件と特別な関係があるかもしれないと思う人。たとえば被告人の親戚や知り合いだったり、空港や航空会社の職員でこの事件と関係があったかもしれない人」
「2。この事件について、報道などで詳しく知っている人」
「3。辞退の希望がある人」
「4。何か分からないことがあって裁判官に質問をしたかったり、選任の前に裁判官に伝えておきたい心配事がある人」
「以上の4つのどれかに当てはまる人は、手を挙げてください」
改めて考えてみても、自分はどれにも当てはまらない。
まわりを軽く見渡すと、2人が手を挙げていた。
裁判長によると、手を挙げた2人と、当日質問票で辞退を希望するなどした数人について、別室で個別に話を聞くという。そして、個別に話を聞かれない人はそのまま休憩で、10時30分までにこの部屋に戻ってくれば自由にしてよいということだった。
というわけで、私は少し長めの休憩時間になった。
といっても、トイレに行く以外特にすることもない。フラフラと建物の中を歩いてもいいのかもしれないけれど、そういう過ごし方自体をチェックされているのかもしれないと思うと、そんな気にもなれない。
結局、席でスマホを見ていた。裁判所に来てからスマホを見ている時間が長く、意外と電池が減っている。ここにある机には電源がないので、充電が少なめだと辛そうだ。
などと思いながら暇をつぶし、10時30分になった。
再び裁判官3人、検察官2人、弁護人2人が部屋に入ってきて、これから裁判員と補充裁判員に選ばれた人を番号で発表するという。
くじで選ばれると聞いていたが、別に裁判員候補者がくじ引きをするわけではなく、裁判所の職員の人が、パソコンでくじを実行するのだそうだ。ついにそのときが来た。
「裁判員に選ばれたのは、6番、11番、13番、17番、22番、23番の6人の方、補充裁判員に選ばれたのは、2番の方に決まりました」
選ばれてしまった。
補充裁判員を入れて7人だから、選ばれる確率は約4分の1。当たってもおかしくはないか、という割合ではある。でも、頭のどこかでは、本当に選ばれることはないだろうと思っていたところもあって、この時点では、まだ現実感はなかった。
けれどこの後、徐々にこれが現実なのだと実感していくことになる。
まず、選ばれなかった人はここで解散になるのに対して、選ばれた7人は別室に移動する。
単なるくじ運の問題に過ぎないけれど、文字通り選ばれし者、という感じだ。
ガチャに当たった、というところか。でも、どっちかといえば裁判員が召喚される方だから、ガチャを引くのは裁判所や検察官や弁護人の方かもしれない。いや、この召喚に一番利害があるのは、まだ見ぬ被告人か。
さて私は、Nなのか、Rなのか、SRなのか。裁判員はみんな一般人だから、きっとNだろうな、などと不謹慎なことを考えながら、別室に入った。
この作品はフィクションです。2023年時点での日本の法制度を前提にはしていますが、登場する国名や地名、会社名などは全て架空のものであり、扱う事件も実在のものではありません。