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30 第4回公判期日 判決

判決の日の集合時間は、午後1時だった。


ここで、先日まとまった評決を判決草稿の形にしたものが配られ、評議の内容を振り返りながら、その結論が正しく反映されているかを読んで確認していく。この草稿を作ったのは裁判官だけれど、裁判官が文章を書くとこうなるのか、というぐらい、うまくまとめられたものだった。


そして、そのまとめられた文章の端々に、評議で裁判員が口にした単語や言い回しが、パズルのピースのように埋め込まれていた。評議で戦わされた意見と、その議論に込められた真意を伝えるために、想いのこもった言葉を論理の膠でつなぎ、巧みに織られ、編まれ文章だった。


判決草稿の読み合わせが終わった後、裁判長が、判決を読んだ後に被告人に何か伝えたい言葉がないか、と質問した。紙の判決に書くことの他に、被告人に対して事件について説諭をすることができるという。最後に、この合議体で何か被告人に伝えたいことはないか、あればそれをまとめよう、ということだった。もう評決は終わっていたけれど、裁判員はそれぞれ意見を出し、それを裁判官がひとまとまりの文章にまとめていった。


そうしているうちに、判決宣告の10分前になった。これまで何度もそうしてきたように、トイレタイムを経て法廷に行く。皆で入廷して、一礼し、座る。裁判長が宣言した。


「開廷します」

「被告人は、前に出てください」


被告人が起立し、証言席のところに立つ。ここからは、裁判長の独壇場だ。かぎ括弧で区切っても全て裁判長の発言なので、かぎ括弧を分けずに一気に行く。


「被告人に対する覚醒剤取締法違反、関税法違反被告事件について、当裁判所は、裁判員の参加する合議体で審理・評議の上、次のとおり判決します。


主文


被告人を懲役3年に処する。

未決勾留日数中150日をその刑に算入する。

この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。

押収してある覚醒剤3点(令和5年押第65号符号1から3まで)を没収する。


主文は以上です。


被告人は、証言台の椅子に座ってください。


これから理由の要旨を述べます。


まず、罪となるべき事実についてです。


被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、みだりに、令和4年11月25日(現地時間)、ベオボマ国ドンムヤッタ国際空港において、サイム・ジェット808便に、覚醒剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩酸塩合計約315.2グラム(主文掲記の覚醒剤は、その鑑定残量である。)が入ったポリ袋3袋が縫い付けられた下着を着用して搭乗し、同月26日、成丹市所在の成丹国際空港に到着した同機から、前記下着を着用したまま機外に降り立ち、もって覚醒剤を本邦に輸入するとともに、同日、同空港内の中央税関成丹空港税関支署入国旅具検査場において、同支署税関職員の検査を受けた際、輸入してはならない貨物である前記覚醒剤を前記下着内に隠匿しているにもかかわらず、その事実を申告しないまま同検査場を通過して輸入しようとしたが、同職員に前記覚醒剤を発見されたため,その目的を遂げなかったものである。


この事実を、当公判廷で取り調べた証拠により認定しました。争点に対する判断は、次のとおりです。


本件の争点は、被告人に覚せい剤輸入の故意があったか否か、被告人の営利の目的があったか否か、被告人に期待可能性があったか否かの3点である。


本件では、これら3つの争点に共通する経緯として、被告人の日本への渡航に際し、被告人が脅されて本件に及んだのでないかが特に争われているので、まずこの点について判断する。


当裁判所は、被告人が脅されて日本に渡航した疑いは、合理的にみてこれを排斥することができず、被告人が脅されて日本に渡航することになったことを前提として判断せざるを得ないとの結論に達した。以下、その理由を説明する。


証拠によると、被告人は、来日時の入管で入国目的や訪問先の説明すら十分にできておらず、最低限の準備や、語学力にも欠ける状況であったことが認められる。


この点について検察官は、こうした被告人の言動は演技の疑いが濃厚であり、被告人の真実の能力を表しているものとはいえない旨主張する。しかし、自発的に他国に入国しようとする場合、その能力を高く偽ることはあっても、低く偽ることは常識的にみて想定しにくい。そして、最低限の準備にも、最低限の語学力にも共に欠ける状態で他国に入国しようとする背景には、それに見合った何らかの事情があったと考えざるを得ない。


また、税関検査の結果明らかとなった被告人の所持品も、11月末の日本に入国するにしては軽装であり、日本の気候にそぐわない。自ら他国に渡航するのであれば、それが初の海外渡航であればなおさら、そうした点にも意を払うものではないかと考えられる。そして、被告人が、この点について、入国審査等で合理的に説明できるだけの準備をした形跡は見られない。


加えて、被告人が所持していたスマートフォンは、ローミング可能なSIMカードが刺されてはいたものの、スマートフォン自体はほとんど初期状態であり、通話履歴やメッセージの受信履歴がみられないばかりか、日本での宿泊先や復路の航空券に関するメールすらない。自らの意思でこのようなスマートフォンを1台だけ所持して来日すること自体が、近年の一般的な海外渡航の在り方と比較して不自然である。


これらについて検察官は、日本にいる共犯者から衣類やスマートフォンなどの提供を受けられたはずであると主張する。しかし、それは日本に無事に入国できた後のことであり、被告人が入国審査や税関検査の場面を無事に通過して、何事もなく入国できるかどうかという場面に関するものではない。


被告人がこうした状況で入国を図った背景には、やはりそれに見合った事情があったというべきである。


そして、被告人が供述する脅されたという経緯は、こうした不自然さを生み出すのに見合った事情ということができる。


たしかに、被告人が供述する経緯は、新型コロナウイルスのパンデミックで困窮した実家から身売りされ、ベオボマ国の首都の売春宿で稼働を余儀なくされたこと、やはりパンデミックの影響で主要な買春客である外国人が少ないために結局十分な稼ぎをあげられなかったこと、その結果半ば厄介払いされるような形で再び身売りされて犯人グループに引き渡されたことなど、我が国の常識的な知見からは、一見突飛な内容ではある。そして検察官は、この点をとらえて、被告人の供述はその内容自体不自然であるなどとも主張する。


しかし、ベオボマ国をはじめとする発展途上国において、身売りや管理売春といった問題がつとに指摘されていることは広く知られている。人身売買に関する条約を日本が批准したのが比較的最近であることも、弁護人の指摘するとおりである。


他方で、すでに検討したとおり、語学力にも乏しい被告人が、こうした社会問題を背景とした経緯を創作して、矛盾のない筋書きを作り上げて供述することは必ずしも容易でないと考えられる。むしろ、被告人の供述は、自ら体験したからこそ可能なものと評価する余地さえある。


以上によると、被告人が脅されて来日することになったとの疑いは、そのようなことがあったとしてもおかしくはない、という程度には確からしいということができある。他方で、これを明確に否定し去るだけの証拠はない。すなわち、そのようなことがあったことについて合理的な疑いを容れる余地があることになる。


そうである以上、争点に対する判断を示すにあたっては、被告人が脅されて日本に渡航することになったことを前提として判断せざるを得ない。


次に、これを前提として、各争点について検討する。


まず、覚醒剤を輸入する故意について。


被告人の供述によると、本件下着を着用させられた際に、被告人は次のように感じていたと認められる。


・下着の重さやふくらみから、その中に何かが仕込まれていることは分かった。


・下着を着用して座ると、その仕込まれたものが、何かじゃらじゃらした感触のものであることが分かった。


・下着はそこまで重くはなく、金属の粒が入っているような感じではなかった


・ベオボマで覚醒剤というものを見たことはなかったが、売春宿にいたときに、錠剤状のバーヤーと呼ばれる違法薬物を目にしたことはある。


その上で、証拠によると、本件覚醒剤は合計約300グラム程度であると認められる。被告人が、下着を着用させられた際にその下着の膨らみ具合などを直接感じていることからすると、これが金属のような比重の重い物体でなかったことは分かっていたと認めるのが相当である。そして、その隠匿態様自体から、本件下着に隠されている物が、見つからないように運ぶ必要があるものであることも、認識していたと認めるのが相当である。


そうした素性のものとして通常真っ先に思い浮かぶのは、覚醒剤を含む違法薬物である。被告人自身、錠剤状のものではあるけれども違法薬物の存在を知っていたことからすれば、本件下着に縫い込まれたものが、少なくとも違法薬物であるかもしれないとの認識には達していたといえる。


そして被告人には、認識したその違法薬物について、覚醒剤を明確に除外する知識や動機はない。そうすると、被告人は、本件当時、本件下着に隠匿されたものが、覚醒剤を含む身体に有害で違法な薬物類かもしれないと認識していたことになるので、覚醒剤輸入の故意があったと認めるのが相当である。


次に、営利の目的について。


被告人が脅されて来日したことを前提とすべきは既に検討したとおりである。そして、被告人に対して報酬約束があったことをうかがわせる事情は証拠上認められないし、来日の機会自体が被告人の利益であったと認めるに足りる事情もない。また、脅されて来日した被告人に、その来日と覚醒剤の密輸を通じて共犯者に利益を得させる目的があったとも、認められない。以上いずれの観点からも、被告人に営利の目的があったとはいえない。


続いて、期待可能性について。


被告人が脅されて来日したことを前提とする限り、被告人が渡航途上の航空機内や、来日後の入国審査及び税関検査の際に、その脅しの影響下にあったことは、否定することができない。しかし、被告人を脅した人物やその共犯者が被告人とともに同じ飛行機に搭乗して被告人の動静を監視していたなどの事情は、被告人質問によっても疑われない。


そうすると、被告人は、遅くとも、被告人を脅したという人物と離れた航空機搭乗後の時点においては、その航空機内で、自身が脅されて良からぬものを運ばされている旨を訴え出ることが可能であったといえる。


この点について被告人は、そのような申告をすれば母国の親兄弟が危害を加えられかなねいとか、たとえ公務員でも賄賂を受け取っている可能性を想定したなどと述べている。


しかし、被告人が脅されていたとはいっても、実際に家族を人質に取られていたなど、具体的な家族に対する危害に関する情報に接していたわけではない。また、現実に家族が危害を受けるような状態にあったことを疑わせる証拠もない。


また、被告人が自ら申告するにせよ、入管や税関の職員に見破られるにせよ、密輸が失敗するという結果は同じである。加えて、被告人が搭乗した航空機にたまたま乗務することになる乗務員を予め広く買収しておくというのは、いかに薬物組織が国際的な広がりをもった相応の規模のものであるとしても、現実的とはいえない。結局、薬物組織の側からみたときに、なぜ密輸が失敗したのかを知る術はないはずである。


被告人が搭乗した航空機が成丹国際空港に着陸するまでには6時間程度の時間があり、その間にこうした状況を再度考慮し、被告人のいう家族への危険がどの程度現実的なものであるのかを検討するする機会は十分にあったといえる。そして、被告人には、そのような検討を実際に行い、その申告によって本当に家族に危害が加えられるのかについての適切な判断をする余地があったというべきである。


そうすると、被告人が脅されていたことを前提にしたとしても、被告人には、成丹国際空港に着陸後の機内から降機する前に本件を思いとどまって、本件に至らないことを、なお期待することができたと認めるのが相当である。したがって、被告人がそのような検討を十分にすることができなかった点について、量刑上考慮すべきことは別として、本件において期待可能性自体はあったといえる。


以上により、被告人には覚醒剤単純輸入罪及び禁制品輸入未遂罪が成立すると判断した。


続いて、量刑の理由です。


本件は、覚醒剤単純輸入の事案である。


本件で被告人が輸入した覚醒剤の量は300グラム超にのぼり、営利目的のない輸入事案としては、その量は相当多い部類に属する。その態様をみても、下着の中に縫い付ける形で覚醒剤を隠匿しており、巧妙である。もっとも、被告人自身がその巧妙な犯行を計画したり準備したわけではないことや、被告人が脅されて本件に及んだこと、期待可能性は認められるにせよその検討が被告人にとって困難な部分があったことを否定できないことといった経緯は、量刑上も十分に考慮するべきである。


以上を前提に、本件の事案類型及び量刑傾向から想定される量刑の幅を検討すると、覚醒剤単純輸入罪の中で輸入量が相当多いことを考慮してもなお、その幅は、法定刑の中で必ずしも重くない部分に位置づけられるというべきである。


加えて、被告人は、覚醒剤の認識については否認しているものの、これは評価の違いに過ぎない面があり、被告人が当公判廷で積極的に虚偽を述べた様子はうかがわれない。むしろ、被告人が着用していた下着の中に違法薬物が隠匿されていたかもしれないとの認識を基礎づける事情を含めて、相当明瞭に供述していることからすれば、被告人は、自身の認識を隠しだてすることなく正直に述べているとみる余地さえあり、その弁解が不合理なものということはできない。


また、被告人は社会復帰後は帰国する意向であるし、再び本件と同じような形で来日することは見込まれず、日本国内において再犯に及ぶおそれはほとんどない。


こうした事情を考慮すると、本件は被告人を必ず実刑に処さなけれなならない事案であるとまではいえない。


そこで、被告人を懲役3年に処した上で、執行猶予期間を法律上可能な最長の5年として、被告人を社会内に戻し、帰国させることが相当であると判断した。


なお、被告人が輸入した覚醒剤についてはこれを没収し、訴訟費用については被告人に負担させないこととする。


以上が判決理由の要旨です。


ここで、裁判官と裁判員の一同から、伝えておきたいことがあります。


この判決は、裁判官3人と、裁判員6人が、あなたの話や、証人の話、証拠書類を虚心坦懐に検討した結果、この裁判体の総意として至った結論です。


あなたはこの法廷で、脅されて日本に来ることになったと供述しました。その不幸な経緯に関する供述を、この裁判所は否定できないと判断しました。それを前提に、あなたを刑務所に入れるのではなく、社会に戻ってもらう、執行猶予という結論を選びました。


これまであなたは裁判のために自由を拘束されていましたが、今、この瞬間に、裁判のための身柄拘束は解かれます。ただし、あなたには日本での在留資格がありません。なのでこの後直ちに入管に収容され、母国に送還されることになります。あなたは日本の刑務所に行くのではなく、帰国するのです。


あなたは、公務員は汚職にまみれている、だから信用できない、という話をしました。その一方であなたは、この法廷で、公権力である裁判所に、何があったのかを真剣に訴えました。私たちは、あなたの声を聞き、この判決に至りました。そこに汚職はありません。もし、今回と似たような、困った事態に陥ることがあったなら、どうか1人で抱え込まず、人を選んで相談するということも考えてほしいと思います。汚職は憎むべきものですが、決して、普遍的な現象というわけではないのです。


説諭は以上です。続いて、上訴権を告知します。この判決は有罪判決ですから、不服があるときは控訴することができます。控訴する場合、明日から数えて14日以内に、高等裁判所宛の控訴申立書を作成し、この裁判所に提出してください。


以上。閉廷します」


裁判長が閉廷を宣言したそのとき、自分の裁判員としての職務は終わった。

この作品はフィクションです。2023年時点での日本の法制度を前提にはしていますが、登場する国名や地名、会社名などは全て架空のものであり、扱う事件も実在のものではありません。

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