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02 候補者名簿

2022年11月18日、高校から帰宅すると、母があわてたような感じで言った。


「最高裁判所から手紙が来てるよ、一体何があったの?」


そんなことを言われても心当たりなんて何もない。


この頃の自分といえば高校の授業と受験勉強ばかりで、年明けに迫った大学入学共通テストに向けた追い込みをしていただけだし、夏休みに何かの作文コンテストに応募したりもしていない。まして、警察や裁判所のお世話になるようなことは断じてない。


しかも最高裁判所なんて、裁判で負けた人が、「まだ最高裁がある」とかと言って最後の戦いに行くところのはずだ。そもそも私は裁判なんてしていないし、敗訴もしていないのだ。


一体何なのかと思いながら封筒を開けると、何枚も書類が入っていた。


基本的に文字ばかりだったけれど、1枚だけ写真入りのものがあって目を引いたので、まずそれを読んだ。「最高裁判所長官からのごあいさつ」というメッセージだった。


どうやらこの写真のお爺さんが最高裁長官らしい。日本の偉い人はどの分野を見ても高齢男性ばかり。最高裁も例外ではないようだ。こんなのばっかりトップにいて多様性が皆無だから、将来に期待が持てないんだよなぁ、なのにどうしてそういうマイナス要因を、わざわざ写真付きのメッセージで強調して送ってくるかなぁ、と思ってため息が出た。


それはともかく、そのメッセージには、裁判員がどうのと書かれていた。


ほかの書類も見ていくと、「裁判員候補者名簿への記載のお知らせ」という紙や、裁判員に関するパンフレット、裁判員の辞退に関するアンケートなどが入っていた。ここまで確認して、自分が来年の裁判員の候補になってしまったようだということが、実感を伴って理解できた。


そういえば学校で、来年から18歳で裁判員に選ばれるようになるという話を聞いた気がする。でも、確率的にはすごく低いということだったので、気にも留めていなかった。というか、そんな低い確率のものが当たるのなら、宝くじでも当たればいいのに、どうしてこんな面倒くさそうなのに当るのか。己の不運を呪った。


ともあれ、封筒の中身を心配していた母に、来年裁判員に選ばれるかもしれないという連絡だったと伝えると、とりあえず安心したようだった。


が、その直後からスマホで裁判員というのがどういうものかを検索しはじめ、やっぱり大変な連絡だったんじゃないかといって、また興奮していた。そして、心配そうに言った。


「入試の時期に、突然呼び出されたりはしないんだよね」


困る。それだけは、とても困る。


届いた書類を見返すと、「調査票」というアンケートのような用紙で、裁判員を辞退できる理由がある人は、これを返送すればよさそうだった。


その紙を見ると、「1年を通じ、裁判員になることを辞退できる場合」という項目の中に「令和5年の1年間を通じ、学校の学生又は生徒である」という項目があった。学生証のコピーを添えて届け出れば、裁判員を辞退できるらしい。


2023年ではなく令和5年というところがまたお役所的で、格式張っている。


格式はさておき、ここで引っかかったのが、「令和5年の1年間を通じ」というところ。


高校3年生の自分は、次の3月で高校を卒業する。大学に合格すればその後は大学生だから、1年を通じて学校の学生又は生徒だといえる。けれど、大学に落ちて浪人したら、学校の学生又は生徒ではないかもしれない。


この書類には、ご丁寧に学校の種類まで書いてあって、予備校はここでいう学校には当たらないらしい。高校の在籍証明を提出すれば自分が今高校3年生であることは分かってしまうし、大学に合格するかどうかは未確定となると、向こう1年間学生か生徒ですと胸を張って届け出るのははばかられる。


何せ相手は最高裁判所である。こっちに嘘をつくつもりがなくても、結果的に間違った届け出をしてしまって、後で何かあったら洒落にならない。


では、他に何かないのか。


裁判員になれない職業の人、というのもあるらしい。でも、私は国会議員でもなければ警察官でもない。自衛官は裁判員になれないみたいだけど、あいにく防衛大を受験する予定はない。職業的な理由で裁判員になれないということは、どうやらなさそうだ。


考えてみれば、自分のような変哲もない高校生を除外していたら、裁判員になれる人なんていなくなってしまうのだから、当然だ。


調査票を見ていくと、裏面にもう1つ、使えそうな項目があった。


「裁判員になるのが特に難しい特定の月がある場合」という項目で、2か月まで、事情を記入して届け出ができる。列挙されている事情の中には、「重要な用事・予定」というのがあり、「冠婚葬祭・試験・行事等」が例示されている。


これだ。


とりあえずこれで2月と3月を申し出て、大学受験と書いておけば、入試とバッティングすることは避けられるだろう。共通テストは1月だけど、これは土日だから裁判と重なることはないはずだ。試験の前日に裁判員というのも嬉しくはないものの、裁判員のせいで試験が受けられなくなるわけではない。


この調査票は11月30日必着で出さなければいけないらしい。今日が11月18日だから、明日出せば余裕だろう。しかし何かの間違いでちゃんと届かなくて、入試の時期に裁判員に選ばれたりしたら困る。


普通郵便は最近届くのが遅くなったし、信用できない。念には念を入れて書留で送ることにしよう。明日は土曜日で塾に行くから、塾の近くの本局にある時間外窓口から送れるはずだ。


受験の追い込み時期だというのになんとも迷惑な話だ。でも、そういう自分の都合で何かを待ってはもらえなくなるというのが成人したということなのかと思いつつ、調査票の必要事項を記入して、送った。


しかし、入試を控えたこの時期にわざわざ紙を郵送するというのは、やはり手間だ。


裁判所から名簿に載った候補者への通知は、たしかに手紙を送る以外に方法がないかもしれない。けれど、その手紙に候補者ごとのQRコードを印刷してオンラインで調査票に回答できるようにするとか、できないのだろうか。


本人確認が問題だということなら、ワクチンパスポートのアプリのように、マイナンバーカード+スマホの認証でなりすましを防ぐとか、技術的にはいくらでもできそうだ。少なくとも自分の高校の同級生は、2万円のお小遣いポイントの効果で、だいたいみんな、マイナンバーカードを持っている。


提出を受ける方も、ちまちま紙を集計する手間もかからず、ずっと効率的だと思う。


でも考えてみると、入試もウェブ出願が主流になってきたとはいうものの、一番受験者が多い大学入試共通テストは、いまだに紙の願書でしか出願できない。大きな役所がやっている古い制度というのは、オンライン化が周回遅れになってしまうものなのかもしれない。


いや、でも、確定申告はスマホでもできると大々的に宣伝している。たしか、税金の支払いは、憲法に定められた国民の三大義務だったはずだ。憲法に書いてあるような三大義務に関わる重要な確定申告すらスマホでできる時代に、この程度の登録がスマホでできないわけがない。と、考えるとやっぱり解せない。


どうして今時、紙オンリーでオンラインの選択肢がないのか。その疑問は、この後、何度も感じることになった。


ともあれ送ってしまえば、とりあえず目の前の懸案は消える。


今は、共通テストだ。追い込みの受験勉強で年は暮れていき、年明けは共通テストで始まる。


自己採点の結果、志望校のボーダーはクリアしていたので、国立大学は地元の第一志望校を受ける。押さえの私立大学も受けつつ、2月はひたすら受験をする1か月間だった。そして、無事第一志望の国立大学に合格した。


3月は高校の卒業式に、進学に向けた準備で過ぎていった。


実家から地元の大学に通うことになったので、実家を離れて進学する同級生のバタバタを横目に、旅行に行ったりして、割とのんびり過ごした。


4月に入ると大学生活が始まる。高校3年間を引っかき回すだけ引っかき回して、かけがえのない青春の時を根こそぎ奪っていた憎きコロナ禍も弱まってきた。ようやく日常を取り戻しつつあった大学は煌びやかで、完全対面授業に新歓にサークルにと、学業もそれ以外も、忙しかった。


めまぐるしく変わる生活の中で、新しい生活を満喫していた。裁判員のことなんて、すっかり忘れて。

この作品はフィクションです。2023年時点での日本の法制度を前提にはしていますが、登場する国名や地名、会社名などは全て架空のものであり、扱う事件も実在のものではありません。

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