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16 第1回公判期日8 証人菊山秀雄2

「弁護人、反対尋問をどうぞ」


裁判長が促すと、弁護人の1人が立ち上がって話し始める。


「主任弁護人の小中から質問します」


「昨年11月の時点で、あなたの入国審査官としての経験は、どのくらいですか」


「8年目でした」


「その8年の経験からみて、被告人の英語力はどのように感じられましたか」


「正直言って、意思疎通が難しいレベルでした。簡単な質問でも聞き返されてしまい、その返答も単語が細切れに出てくる感じでした」


「しかし、観光目的で日本に入国する人にはそのようなレベルの人も少なくないのではないですか」


「それは、その通りです。ただ、そうした人は、明確に入国目的を観光と答えます。それなら別に、変ではないです」


「ところが被告人は太平洋国際大学と答えた。これが、変だったということですか」


「はい。どう考えても大学で何かをするというような英語のレベルではありませんでした」


「レターやメールといった、審査で提示する書類などの準備についても、問題を感じたのですか」


「はい。普通はレターの類は入国審査で見せられるように手元に持っていたり、スマホにデータを入れていたりするものです。時々間違ってスーツケースに入れてしまっている、という人もいますが、それならそういう話になります。でも、そういうものが何もない、というのはまずありません」


「つまり、入管での普通のやりとりでさえ、不自然に感じられる状況だったということですか」


「その通りです」


ここまでで反対尋問が終わった。裁判長が検察官に質問がないか確認するが、特にないということで、裁判長が休憩を宣言した。


「ここで休廷します。再開は午後2時40分です。午後2時40分に、この法廷にお集まりください。


法廷から評議室に移動する。


移動の最中、自問していた。


自分のような外国に行ったことがない人が、はじめてどこかの国に渡航するとしたら、どうするだろう。可能な限り入国先の国のことやそこで訪れる先のことを調べて、入国審査でもこう聞かれたらこう答えようとか、答える内容をサポートする資料を持って行ったり、スマホで見せられるようにするはずだ。この感覚は、入国審査官が反対尋問で話した内容は一致している。


でも、被告人はそうではなかった。それが被告人と自分とで持っている常識的な準備の感覚が違うからなのか、それとも、何か違う理由があるからなのか。そこまでは分からなかったけれど、何ともモヤモヤした感じだった。


評議室で、裁判長が言った。


「この後、裁判所から証人に直接質問をすることができます。裁判員の皆さんは、自分で直接証人に質問をすることも可能です。自分で質問するのがちょっと・・・という人は、今伝えてもらえれば、裁判員が代わりに質問します。補充裁判員の方は、申し訳ないのですが直接質問をすることは法律上できないのですが、この場で疑問点を伝えていただけば、裁判官がかわって質問します」


少しの沈黙の後、3番の裁判員が口を開いた。


「入国の準備をどのくらいするのが普通なのか、ということが気になりました。私は何度か観光で海外に行っていますが、ホテルの予約や帰りの航空券などは必ず印刷して、クリアフォルダにまとめて、入国審査官にすぐ見せられるようにしています」

「でも、これが普通のことなのか、尋問を聞いていて自信がなくなってきました。たとえば、国によってはもっといい加減な人が普通だったりすることもあるのかもしれない、と。一般的な海外の人の水準と比べて被告人がどうだったのか、そこを確認したいです」


裁判長が言う。


「良い着眼点だと思います。普通ならちゃんと準備するはずなのに、被告人がそれをしていなかったということなら、それは何故なのか、という話になるかもしれません。一方、こういうこともよくあるということなら、脅されていたかどうかは別に関係ない、ということになるかもしれません。直接質問されますか」


「してみたいのですが、きちんと質問できるか、自信がありません」


「では、質問が通りにくそうだったら、裁判官が引き取ります。せっかくの機会なので、まずは質問をしてみてはいかがでしょうか」


「フォローしてもらえるなら、やってみます」


「ほかにはどうですか」


3番さんが提示した疑問点は、自分も感じていたものだったので、特に付け加えることはない。みんな黙って頷いた。ほかに質問がある人はなさそうだ、というところで左陪席の裁判官が言った。


「では、トイレタイムにして、そのあと法廷に行きましょう」


再び法廷へ。皆が着席した後、裁判長が宣言する。


「再開します」


「では、裁判所から質問をします。裁判員のみなさん、質問はありますか」


3番の裁判員が小さく手を挙げる。


「では、3番さん、どうぞ」


「日本に入国しようとする外国の人は、入国審査のために、行先や宿泊先や、そういった情報を入国審査ですぐ出せるように準備したりはあまりしないのでしょうか。普通はどうなのか、国籍によって準備の程度に違いがあるのか、といったことを教えてください」


証人が答える。


「多くの場合、帰りの航空券や、宿泊先のホテルなどは、印刷した紙か、それがなくてもスマホの画面で見せてもらえます。準備の度合いはケースバイケースで、普通はこのくらい準備をしているとか、今回問題になっているベオボマの人がどうなのかとかを、一般論でお話するのは難しいです」


証人は続ける。


「ただ、そんなにちゃんと準備をしていなくても、今はみんなスマホを持っているので、実際には発行されている書類が手元にないから提示できない、ということはほとんどないです。もちろん画面を出すのに多少時間がかかるとか、手間取るとか、そういったことはあります。でも、その程度です。この点は、特に国籍の違いを感じることはありません」


「ありがとうございます」


3番さんが言った。そして、裁判官からは特に追加の質問はなく、1人目の証人尋問は終わった。裁判長が宣言する。


「以上で、尋問を終了します。証人は、お帰りいただいて結構です」


証人は証言台の椅子から立ち上がり、一礼して荷物を持ち、バーの外側、傍聴席エリアを通って法廷から出ていった。

この作品はフィクションです。2023年時点での日本の法制度を前提にはしていますが、登場する国名や地名、会社名などは全て架空のものであり、扱う事件も実在のものではありません。

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