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クラルティとヤスミンさんの事情

 クラルティの町は首都に程よく近いことで、五年前までは首都の男達の遊び場として機能していた。

 五年前の大火から復興した今では考えられないが、飾り窓には娼婦が男を誘うという娼館が立ち並ぶ歓楽街でしかなかったのである。


 俺の妻だった女性もそんな店を持つ女主人だった。

 若いながらも人気店を経営する怖い人で、俺が軍で出世するための資金を貸し出してもくれていたという、運命共同体な相棒でもあった。


 そんな彼女がこの世を去ることになったのは、町の顔役の老衰がもとである。

 以前の町の顔役には、ガルーシという不詳のせがれがいたのが問題だ。

 クラルティの町を牛耳っていた顔役は上手に街を運営していたが、息子であるガルーシは父親の持つ手腕を一つも持たない男だったのである。


 金は搾り取れ。

 権力は笠に着ろ。

 その程度の男がやることと言えば、自分の意に沿わない人間を潰すことだ。

 彼に苦言を弄した妻はその男の手下によって暴行を受け、二度と立ちあがることのできない体にされた。


 さて、戦地にいた俺は、ミネルパという俺と妻には母親同然の人からの手紙によってその事態を知ることになり、取るものとりあえず退役して、己が妻の元、この時点では親友であり相棒である彼女の元に駆け付けたのである。


 町に戻った俺がする事は、彼女への看病と最期の看取りである。

 看病のために俺は彼女に結婚を迫り、死期を悟っている彼女は何も言わずにサインをしてくれたが、自分の私物は俺には残さないと遺言はしていた。


「ハンカチの一つも俺に残さないつもりか?」


「あなたは糞ナルシストじゃないの。私のハンカチを胸に抱いて戦場で死なれたら嫌よ。だから、家だけあげる。オレンジの木のある家を、あなたが戻って来なきゃ枯れてしまう木のある家をあなたにあげる。」


「その木もブランがいなければ意味が無い気もするけどね。」


 ブランは嬉しそうに微笑んで、生きて、と俺に言った。

 そして本人はそのまま息を引き取った。

 その後は、妻を失った男として葬式をする事になるが、葬式に飾る花は当り前だが弔い合戦という名の仇花となる。


 ガルーシの毒牙に掛かって薄汚れた町となったクラルティは、俺の怒りのすべてを受けて、ガルーシの存在など見つけられないぐらいに燃えて瓦礫と化した。


「あが、あががが。」


 俺の足の下で、俺によって全ての歯を折られて鼻を削がれた男が呻いた。

 五年前に打ち漏らして逃げていたガルーシだ。

 逃げていた先で小金を持ち、手下も増えたからとこの町に戻ってきたのが運の尽きである。


「殺しますか?」


「いや。ブランが受けた傷を全て負わせた後に解放する。ブランは怪我が元で亡くなったが、お前はどのぐらい生きていけるかな?」


 ガルーシは歯が無い口で、助けてくれ、という意味合いの言葉を吐き出した。

 俺は身を屈めて、ガルーシの耳に囁いた。


「どうして戻って来たんだ?」


「はひゅ、はひゃ。」


「わかっているよ。手紙を貰ったんだろう?ヤスミンは戦場でボロボロになったらしい。町に戻って来た所であいつは何もできないはずだ。」


 ガルーシは俺に驚いた眼を向け、俺は彼をさらに追い込むために顔を歪ませて微笑みを返した。

 町の上りを顔役から受け取って豪遊していたのは領地の領主である俺の次兄と、彼の領地差配人である。

 兄が死んで俺が領主になったが、腐った差配人はそのままだった。


 そのままにしていた。


 ガルーシを五年前に匿って逃がしたのも差配人だった男であり、逃がしたガルーシから汚い金を受け取っていたのもその男なのである。

 俺の影響力を町から追い払うために、海外で豪遊していた次兄を呼び戻し、俺の従姉と甥に大怪我を負わす結果を作ったのもその男なのだ。


 ガルーシは全てを知ったという絶望の顔をして見せた。

 俺は今度こそ作り物ではない本物の笑顔を彼に向けると、彼と俺がいる部屋の戸口に向けて指を軽く打ち鳴らした。


 ドアは開き、俺が作り上げた自警団の制服を着た青年が、もう一人の罪人を連れて部屋に入ってきた。


「よお!リューイ。お前の親友がこんなになっちまった。お前のせいであるんだからさ、ちゃあんと面倒を看てやれよ?」


 俺に名前を呼ばれた元差配人は、がくりと力が抜けた両膝を床に打ち付けた。

 俺はこれで終いだという風に、両手を合わせて大きな音を立てた。

 奴らの絶望の音に重なる、華々しい音だ。

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