叔母からの手紙
「ヤスミン!郵便屋から預かってきた。」
青年の家のドアを叩いたのは年端の行かない少女であったが、彼女については青年は何の心配もする事は無い。
彼女は青年が指揮している自警団を任せているレニという青年の娘であり、彼女は荷馬車を操って、ファルゴ村や青年が住むクラルティという町の家々に野菜を届ける仕事をしているのである。
琥珀色の髪を男の子の様に短く切り、男の子の格好しかしかしない少女は、青年が町に戻って来た時に唯一喜んでくれた女性でもある。
まだ十二歳の少女は、彼が保護している少女と違い日に焼けて肌はガサガサしているが、目鼻立ちはリスを想像してしまうような可愛らしいものである。
「ありがとう、ソフィ。」
「いいよ。そ、そんでさ?」
「うん?」
「その手紙って女の人からのものだよね。でも、女の人でもすごく偉い人なの?元上司の奥さんからのお手紙なのかな?それとも軍の書類?」
彼は受け取った手紙を見返して、封蝋があることで彼女が思い違いをしている事に気が付いた。
大体彼の名前が女性のヘロヘロした書体の流行り文字で書かれていることで、これが重要書簡の類ではないのは確実である。
「ああ、ちがう。この印は俺の元上司の家紋じゃないよ。軍部のマークでもない。ただ、うーん。封を開けたくは無い、相手、かな?」
「ふふ。下手くそなお花がいっぱいの宛名だものね。でもさ、あたしは文字が読めないけど、それはヤスミン宛だってわかったよ!」
彼は再び封筒を見返した。
昨今流行りの文字に飾りをつけるという書体は、彼の家で居候している少女が考案したらしき事にこそ驚いたが、彼女に言わせれば飾りにこそ意味がある、そうなのである。
彼の叔母が彼の名前に装飾してきた余計な飾りは、花と剣。
「剣で軍人?花で俺の名前を連想したのか?」
「軍の募集ポスターは花と剣じゃない?」
「ああ~そういえば国花のマグノリアと剣を持った兵士が描かれているね。ジャスミンと同じモクレン科だもんなあ。叔母の花もマグノリアの方かな。」
彼は面倒な気持ちになりながら封を開け、そこからむおっとする香水で香りづけされた便せんを取り出した。
「なんて書てあるの!」
「う~ん。俺こそ君の賢い頭を借りたいよ。私のいとし子が取り換えられて別の子になっておりました。哀れなあの子を探して私の元に連れて来てちょうだい。あの子を連れて来て下さったら、ポッチの事は許して差し上げます。なんだろ?」
「ポッチの事は許して差し上げます?また女を振ったの?変な名前すぎるけど、あだ名なの?」
「いいや。俺の可愛い愛犬ジョゼがさ、叔母の可愛がっているリスザルを仕留めちゃったってだけだよ。」
「ワン!」
自分の名前が出た事で喜んで、尻尾を振りながら青年の足元に顔を出した仔犬だったが、ジョゼはソフィの姿に気が付くと、ぴょんとうさぎのように飛び上ってソフィに抱きついた。
「あはは。変な犬だよね、この子は。ワイヤーみたいに細い体でさ。」
「ああ。犬のお化けなんだよ。その子は。大人になると時速七十キロで駆けることも出来てね、サバンナではガゼルを狩る事ができるそうだよ。」
「すっごい。そんなすごい犬なのにヤスミンは首都のお家において来ようとしたの?酷い飼い主だね。」
「こいつは自分よりも小さなものは全部狩るからな。あと、面倒くさいと思った相手にも簡単に牙をむく。クラルティに連れて来て、町長のミネルパにどやしつけられたら嫌だろ?」
「犬いなくてもヤスミンはミネルパに叱りつけられてるじゃない?あとうちの母ちゃんにも。」
「可哀想だろ。俺に優しいのはソフィだけだよ。」
青年の目の前で朗らかだった少女はがっくりと頭を下げた。
青年はどうした事かと彼女の頭を撫でると、彼女はズボンのポケットから少しだけよれよれになった封筒を取り出した。
「ごめん。あんたにはどこにも行って欲しく無いんだもん。」




