2025年 川の流れのように
2月のある日、私は見知らぬ駅に降り立ち、彼を待っていた。
まるで春を思わせるような暖かな日。ダウンコートでなくても良かったな・・・と独り言。
去年の年末に、もう彼とは会わないようにしようと決めたはずなのに、あっさり気持ちが翻ったのは、彼の「健ちゃんも一緒に会う件はどない?」と誘われたからだった。
それまでは誘われてもグダグダとはぐらかしていたが、「健ちゃん」と言う言葉に、私の気持ちが反応した。
会いたい。
彼の子供を見たい、彼に父親になってほしかったから、私は苦しい選択をしたのだ。
健ちゃんが大きくなって、物心がついてしまわない前に、もう一度会っておきたい。
彼からの誘いに、私はすぐに「いいよ」と返信し、今日に至ったのだった。
待ち合わせの駅に、彼は少し遅れて、健ちゃんと共にやって来た。
ベビーカーの中の健ちゃんにハイファイブをしてみると、以外にも健ちゃんは小さな手を重ねてきた。
そんな些細なことが、私を幸せな気持ちにさせる。
健ちゃんの機嫌を取るために、前日あれこれ子供用のお菓子を買っておいた。でもそんな小細工は必要なかったかもしれない。健ちゃんは私を認識していたのだ。それも怪しげなおばさんとしてではなく、何回か会ったことがある、知り合いのおばさんとして。
私たちは彼が好きだったドラマの撮影地である、古い施設を訪ねるために歩き出した。
ベビーカーの健ちゃんは、カワイイ黄色の毛糸の帽子をかぶっていた。一人前に手袋もしている。寒くないようにと、彼がつけてあげる姿が、父親然としている。よく考えれば、彼は間もなく二人の息子を持つ、ベテランのお父さんになるのだ。
目的地は人用のトンネルだった。
小さい半円通路を歩く私に、健ちゃんの手を引くように、彼が促してくれた。そして健ちゃんは何の躊躇もなく私の手を握り返す。その手の感触に私は感動していた。こんなに無防備に私の手を握るのかと。
トンネルを往復し、次の目的地に向かう途中に、公園があった。いつもだったら見逃してしまいそうな小さな公園。しかし健ちゃんは目ざとくそこに目にとめ、持参した大きなボールで遊び始めた。
ボールを蹴って、追いかけて、そんな単純な遊びでも、楽しそうに遊ぶ健ちゃんに、自分の子供の頃を思い出す。ブランコがあるだけで乗って見たかった。ジャングルジムがあるだけで上ってみたかった。ご機嫌取りのお菓子なんていらなかったのだ。
斜面を使って作られた幅の広い滑り台を、飽きもせず上って降りてを繰り返していたかと思うと、突然うずくまり、目をふさぎ、「い~ち、に~い」と数を数え始める。一体何が始まったのかと思っていると、彼が「かくれんぼしてるんや」と教えてくれた。
私たちは物陰に隠れなければならない。健ちゃんが見つけやすいように、でも隠れているという体は壊さないように、草むらにしゃがみ込む。「もういいよ」の声がけで、小さな足音が近づいてくる。この幸福なドキドキ感をどう表現したらいいのだろう。高速道路の下に作られた無機質なコンクリートの公園が、私たち3人のアミューズメントパークに変わった。
<春>
昨年夏から失業していた彼の長いお暇が終了したのは、それからひと月半ほど経った時だった。
「やっと」と思い、決まって良かったと心から安心した私とは違い、彼は更に条件の良い仕事を探そうとしていた。この辺で手を打てばいいのにとハラハラするが、彼にしてみれば健ちゃんはまだ小さいし、新しい命も誕生してくる今、もっと上を目指すのも無理ないのかも知れない。
彼の仕事が決まった週末、彼と就職祝いのタブレットを買いに行った。
これまで使っていたタブレットは、10年前に彼が大学院に入学した際にプレゼントしたものだ。物持ちの良い彼は、ずっと使ってくれていたのだが、いくら何でもそろそろ買い替えの時期だった。システムのアップデートもできないし、電池も古く、電源につながないと使えないハズなので、彼の再就職が決まったら私にプレゼントさせてほしいとお願いしていた。
二人で家電量販店に行き、彼が欲しいと言うモデルのタブレットを買った時、ほ~っと長いため息が漏れた。これでやっと彼の就職活動の、私の分担が終わった気がする。何もできないけど、私なりに気持ちは彼と一緒に戦ってきたのだ。その締めくくりがこのタブレットだった。彼に渡す時、私は両手で恭しく、量販店袋に入ったタブレットを掲げた。それは勝者の首にかける金メダルのように見えた。
<夏>
予定日から1週間遅れで、彼の二人目の子供が誕生した。送られてきた写真を見ると、健ちゃんは彼に面影があったが、下の子は顔も小さく、丸い鼻で、奥さんに似ている。
私に気を使っているのか、彼はこのタイミングで「会おうよ」と誘ってくれる。しかしどんな気持ちで会うのか。どんな気持ちで抱いてもらうのか。彼は「また始まったんか?」と呆れるが、心は新しい命の誕生で満たされている彼に、身も心も委ねられるほど、私は割り切れてはいなかった。ただ彼に抱かれればいいと言うわけではない。彼とは心も繋がりたいのだ。だからこそ、彼が今の奥さんと知り合った時に辛かったのだ。
二日後に5年ぶりの海外旅行を計画していて、予定が詰まっていたことを理由に、断ることが出来た。空港で搭乗を待つ私に、彼から健ちゃんと退院したての赤ちゃんの写真が送られてきた。これまで一人っ子で、両親の愛情を独り占めしてきた健ちゃんなのに、弟の誕生を心から喜んで、かわいがっている様子に安心する。「健ちゃんに弟を作ってあげたい」と言う彼の気持ちは、確かに本人に届いていた。
「良かった」心からそう思いながら、私は飛行機に乗り込んだ。
<秋>
今働いている部署が解散になるため、所属している150人全員が年末までに解雇になると聞かされたのは、お盆休み直前の事だった。
企業に人材を派遣している会社で、ある業務を丸ごと請け負っていたのだが、それを中国に移管するためだった。
「私だけは大丈夫」と自分を信じたい思いと、「私だけが特別なわけない」と疑う思いが交差するが、小さいころから深く悩んだり、苦しんだりすることを避ける性分で、この「職場がなくなる」と言う状況でも、きっとなんとかなるだろうと軽く考えている自分がいた。
想定外だったのは、解散になるため、新規の契約は基本しないと言う方針で、9月が契約更新時期であった私は、そのまま9月末に契約終了になると伝えられたことだった。
幸い「急に辞められたら困る」と言う、派遣先からの依頼で、とりあえず年末の全体の解散までクビが繋がったのはありがたかった。もしこのまま予定通り無職になったらどうするのかと、普通なら考えるのだろうが、能天気な私は「きっと何か私ができる仕事があるだろう」と思っていた。そのための努力、新しい知識や資格を得るようなことはしない。ただ与えられたことを「ありがたい」と思って一生懸命こなす。それが私だった。
彼はきっと不甲斐ないと思っているのかも知れない。欲しいものを手にするために、徹底的に努力をするのが彼だ。資格をあれこれ取得し、大学院も2度修了し、知識と共に、学歴も高めてきた。軽く学歴コンプレックスがある私に、「時間があるなら大学院に行けばいいのに」と言ったこともある。しかしそれをしないのが私の悪い所だ。そう言えば彼の奥さんも「すご~く勉強した」と彼に話したほど、努力をして最高学府に入学した人だ。そういう意味では、同じ志向のお似合いの二人なのかも知れない。
私は自分の人生や運命に「抗う」ことをしないようにしてきた。抗って叶ったことがあまりない。成功体験があまりないのだ。最近で抗ったのが彼との子供を作ることだったが、3年間、お金も時間も使い、何度も辛い思いをしたが、結局結果が出ずに終わった。それ以来、私には人生の流れに逆らわず、この身を任せることが私の運命なのかも知れないと思うようになった。
年末に部署が解散したら、私は何かできる仕事に転職しよう。幸い養わなければならない子供はいない。自分のお小遣いや生活費が稼げればいいのだ。
誕生日が過ぎてしばらく経ったころ、「おめでとう。遅れてごめんね」と彼からメッセージが来た。悲しくはない。逆に子供が生まれたばかりで、健ちゃんにも目が離せないのに、よく思い出してくれたなと感心する。そんな彼に前から思っていたことを告げる。「もう誕生日のプレゼントはいらない」と。そして「私もあげないから」と。
最近の話題は「誕生日に何がほしい」が主だった。仕方ないのだ、他に話題がないのだから。彼の私生活について尋ね、「俺のことはほっておいてくれ」と言われて以来、怖くて突っ込んだ話が出来ないでいる。誕生日やクリスマスに欲しいもの、子供の事、就職の事、この3つが彼に嫌な顔をされない話題だった。だけどもう気を使って話題を選ぶことに疲れて来ていた。そこでもうプレゼントはいらないと伝え、この話題はしなくても良いようにした。その代わりに、私が聞きたいと思うことは遠慮せずに聞くつもりだ。彼の私生活についても恐れず聞く。彼が答えたくなければ答えなければいい。それは彼の選択だ。もちろん不躾に根掘り葉掘り聞かないようにはするが、20年以上も付き合い、身も心も委ねてきた彼に、言葉や話題を選ぶような水臭いことはしたくないと思ったのだ。昨年末、彼がなぜ私と会いたいと思うのか、真意がわからず、少しずつフェードアウトしていこうと思ったが、「会おう」と思ってくれる限り会える自分でいたい。それが「ずっと会える人でいたい」と願う私の答えだった。そのためには私も彼と話をする時に、心地良いと思える、そんな関係でいたいのだ。
<冬>
彼に銀座の料理店に誘われた。B級グルメと私がからかっているように、彼は舌が肥えているのだが、高級なものにこだわるタイプではない。そんな彼が、テレビで紹介されたような高級料理店に誘ってくるなんて珍しいなと思いつつ、みゆき通り近くの雑居ビルに向かう。
中に入ると、外からは想像もできないような、清潔で温かく、整理された空間が広がっていた。若い板前さんが私たちのテーブルに案内してくれると、いかにも経験豊かそうな給仕担当がにこやかに熱いお茶を用意してくれた。
事前にウェブサイトを見てきたからわかる。彼が注文してくれていたのは、このお店のおススメのコースだった。多分これまで二人で行った中でも最高額のお料理。なぜこんな機会を設けてくれたのか、最初はわからなかった。そしてコースの中間で「誕生日プレゼントはいらないって言っていたから」と謎を明かしてくれた。
ありがたい気持ちと共に、いつもだったら「申し訳ない、私なんかに」と言う気持ちも生まれるが、そういう事であれば、単純に彼の気持ちに甘えて、お料理を楽しもうと思う。彼がこういう高級料亭に来ても、心配いらないくらいのお給料を稼ぐ層にいることを素直に受け入れる。いつの間にか大きくなったと、彼の成功をまぶしく思う。彼はとうとう「道で会っても声をかけれぬほど、輝く人」になったのだ。
お料理は一つ一つこだわりの技法で、丁寧に用意されていて、とてもおいしかった。コースの最後は和食のお店に珍しく、バースデープレートまで用意してくれていた。私の誕生日はおろか、彼の誕生日まで過ぎているのに。
それから間もなく、私の業務が継続になることが知らされた。
150人で請け負ってきた業務の内、オンサイトでしか対応できない部分を担当している30名ほどが、小さなチームとなって、業務を継続することになったのだ。年末に業務が中国に移管され、部署は解散、全員解雇と知らされて以来、4か月。来月から就職活動だと覚悟をしていた私は、立つ鳥跡を濁さずの精神で、より丁寧に仕事をしていたことが評価された。「いてもらわないと困る」と。
理不尽な扱いに、辞めてもいいと思っていた矢先の、業務継続の告知に、一瞬戸惑ったが、望まれるところで働けるのは決して悪いことではない。実際家から近く、リモートワークも気軽にでき、オフィスもきれいなこの職場は快適であるのだ。この際人生と言う川の流れに、この身をまかせて行こうと思う。
今年最後に彼と会ったのは、横浜の街が見下ろせる、背の高いホテルの25階だった。近くで食事をし、ホテルでテレワークをする彼と怠惰な午後を過ごす。
私を抱くために薬を使わなければならない彼に、申し訳ないと言う気持ちはもうない。そうまでして抱こうとしてくれる気持ちがありがたいと思う。そうなのだ、私はここ数年、彼に対して「申し訳ない」と言う思いばかりが先走っていた。だから話をしていても中身のない話題ばかりになってしまったし、自分を卑下して、つまらない女になってしまっていた。
彼が「会おう」と言うと、同情しているのでは?と変な詮索ばかりしてきた。もうそんなことは止めよう。彼が惹かれたのは私らしい私だったのではないだろうか。
べったり会う恋人ではない。時々生存確認のように会って、話して、食事をして、励ましたり励まされたり、そんな関係で良いではないか。
彼の人生の最高のファンでいる。それが私の出した答えだった。




