2024年 プレイバックパート2
<春>
年が明けてしばらく経つというのに、まだ何も今年の目標を考えられずにいた。
去年は高校の同窓会という大きなイベントを計画し、ニュースレターに長い記事を書き、物足りない同級生たちに声をかけ、小さな集まりを数回開くなど、一年を通して忙しかった。
それに比べると、 今年はなんて静かな年なんだろうと思う
ふと家の中を見回してみる、 乱雑に物が置かれていることに嫌気がさす。限られたスペースの中に、まるで古いワインのオリのように、使うのか使わないのかわからない物が重なっていて、手を出すことすら憚られる状況だ。そうだ今年は 断捨離をしようと思う。少しずつ片付け、物を減らし、小綺麗にすっきりと暮らしたいと思うのだ。
その中でもあるスペースを占めているのは彼のものだ。出会ってから20年。折々にもらったプレゼントの包み紙や箱まで、私は全て捨てずいた。中にはお金だけもらって、自分で購入した靴などもある。以前、彼に見せた時に、本人ですら忘れていた洋服や物もある。手始めにそこから手をつけようと思う。真っ先に靴に手をつける。下駄箱から踵が減ったものや、痛くて履けなくなった靴を取り出す。その中には彼に買ってもらったものが3足あった。多分彼自身も大きな思い入れはないだろう。こちらは案外すんなりと手放すことができた。
迷ったのは包み紙だ。もらった時に嬉しかったので、丁寧にセロハンテープを剥がし、綺麗にたたんでおいたのだ。その都度色々な思い出があったので、これまで手放せなかった。その中から一番最初にもらった、ガチャガチャのキャラクターを包んでいた新聞紙だけを残し、後は「ありがとう」と言葉をかけて手放した。
彼とは「会わない」日々が続いていた。彼からは何かのついでのように「会わへん?」と誘いが来る。会いたくて声をかけていると言うより、「そろそろ会っておいた方がいいかな?」と言う感じでの誘いだ。以前だったらその気持ちすら嬉しくありがたく、すでに決まっている予定をキャンセルしてでも会いに行ったことだろう。でも今は自分の中で、どれだけ彼に会わずにいられるのか、試してみたい気持ちがある。
3月まで区切りをつけてみようと思う。
そうしたら彼がいなくても私はきっと大丈夫だろうから、「もう会うのはやめましょう」とメッセージを送ってみようかと考え、ハッとする。
ちょっと待って、この言葉、聞いたことがある。
「もう会うのはやめましょう」
これは一度別れた時に、彼が私に送ったセリフではないか。
あの時徹底的に希望を持たせない、ハッキリ「別れたいです」と言われるよりも、もっと明確な決断だと思わされた言葉ではないか。
私は彼と同じことをしようとしていたのか。
しかし今なら当時の彼の気持ちがわかる。
会わずに別れを伝えることは、彼の優しさであったのだ。それを直接伝えるよりも、メールで送った方がお互いに傷つかないと思ったのかも知れない。
でも私は病むほど苦しんだ。その同じ言葉を彼に言うことは、私はやはりできない。
「いつまでも会える人でいてほしい」
その言葉に希望を見出したではないか。そんな人がいることを幸せだと心から思ったではないか。彼と会わないでいられる自分が想像できないではないか。それほど自分の中で大切な人ではないか。
やっぱり私は彼に「会うのはやめましょう」と言えない。
そんな私に一通の知らせが来た。彼が誕生日とクリスマスに欲しいと言っていた武器の販売店からだった。ずっとSold Outの状態が続いていたものが、3か月経って購入可能になったと言う知らせだった。
速攻で購入手続きをし、奥さんが仕事の日、彼の家に直接送付してくれるように依頼する。
彼の手元に届いたのは、偶然にもホワイトデーの当日だった。
その幸運に私は小さく歓喜した。
<夏>
彼と久しぶりに会ったのは6月の中旬だった。出会ってから20年以上が経っているが、半年以上会わなかったのは初めてだった。彼が海上無線の資格に合格したと言う知らせと共に、「うなぎを食べに行かへん?」と誘ってくれたのだ。待ち合わせ場所は反町の古いうなぎ屋で、経営者は年老いたご夫婦。おいしいお店だったが、いつ店を畳んでもおかしくない年齢のお二人なので、今の内に行こうと約束をしていたのだ。
半年ぶりに会う彼は、変わっていなかった。「うなぎに釣られおった」と笑った、その笑顔も彼の物だ。確かに私はうなぎに釣られたのだ。彼にうなぎのおいしさを教えてもらい、一緒にうなぎを食べに行くのは、私にとって幸福なイベントだった。あの幸せな時間をまた過ごしたいと思ったのだ。せっかく誘ってくれたのに、意地を張って、あの思い出すら否定することはできない。いやそんな大げさなことではない。ただ彼と一緒に、うなぎを食べると言う楽しみが勝ったのだ。
うなぎは今もおいしかった。
私はずっと笑っていたかもしれない。嬉しくて仕方なかった。彼に会ったことも、そしてうなぎがおいしいことも。彼は一時期より饒舌だった。今の奥さんと知り合った頃から、いつも心ここにあらずで、二人で会ってもつまらなそうにしていた。それで何度も傷つき、何度も泣いた。今日は以前の彼が戻って来たかのように、仕事の話や、合格したばかりの海上無線について教えてくれた。その彼の話す様子を見ているだけで、私は幸せに包まれていた。
食後は近くのファミリーレストランでデザートを食べ、反町駅で別れる前に、小さくキスをしてもらった。その小さな接触がどれほど私を喜ばせたことだろう。やっぱり私は彼が好きだし、彼のキスが好きだ。
その後も何度か彼は誘ってくれた。久しぶりに馬車道のホテルのデイリーユースで抱いてもらったのは7月だった。そこからはもう歯止めが利かない。主人が留守の3日間、彼が私の家でテレワークをした。仕事をし、お昼を食べに行き、抱いてもらって、また仕事。彼は昼寝をするほどくつろいでいる。その姿を見ると、心から安心する。彼は今も心を許して、リラックスしてくれている。すると私も嬉しくて、抱いてもらいながら、恥ずかしいくらいの大きな叫び声を上げるほど、彼に身も心も委ねていた。
彼は次の週に、奥さんと健ちゃんを連れてフランスに旅行に行くと教えてくれた。奥さんの叔母さんがフランスにいるのと、彼が留学中に出会った友人の別荘を尋ねるのが目的だそうだ。叔母さんがフランスにいる・・・これまでだったら自分と比べて、卑屈になってしまっただろうが、彼に十分抱かれた後だったので、心の底から「楽しんできてね」と言うことが出来た。そしてお土産はエッフェル塔をねだる。彼はきっと、美しい丸いガラスの中に入ったエッフェル塔のオブジェを買ってきてくれることだろう。
<秋>
彼が会社から退職勧告を受けたと教えてくれたのは、夏の終わりの事だった。
実は夏休みでフランスに旅行に行く直前に、上司に告げられたのだそうだ。おかげでせっかくのフランス旅行が、100%楽しめなかったとも教えてくれた。
それでも優しい彼は、私との約束をちゃんと覚えていた。失意の中でもエッフェル塔のスノードーム(スノーグローブ)を買ってきてくれたのだ。
エッフェル等だけではない。小さな丸い世界には、オペラ座、凱旋門、ノートルダム寺院、サクレクール寺院がひしめき合っている。私の本棚の彼のコーナーに飾る大切なものが、また一つ増えた。
ガーデンリーブが2か月あったとは言え、途中で旅行もあったので、最終日の10月8日はあっという間にやって来た。
以前彼が自宅待機になり、次の所属が決まるまでの数か月、家で過ごしていた時には、真っ先にその事実を私に教えてくれた。それがとても嬉しかったことを思い出す。
当時の彼が住んでいた練馬のアパートに、義理のお母さんが長期間滞在していて、さぞかし居心地が悪かったのだろう。週に何度も誘われて、彼と渋谷の”隠れ家”と呼んでいたラブホテルで会った。あの時の彼は、まるで復讐するかのように、私を抱いていた。
何もできない不甲斐なさに、会っている間は嫌なことも忘れてほしく、誘われれば必ずスケジュールを調整し、彼の要望に合わせていた。
今回はその必要はないようだ。
エージェントからの連絡を待ち、健ちゃんの世話をして、心地よい自分の家で過ごしていれば、以前のように家にいられないと言う状況はないのかもしれない。
それでも時折ランチの誘いが来るので、彼が好きそうなお店で待ち合わせをし、一緒に食事をして、ジョブハンティングの状況を聞いていた。
時には良く行った横浜の市場に行ったり、二人が好きなお寿司を食べに行ったり、鶴見と言うこれまで行ったことがない町にも行ってみた。
彼の再就職活動は順調とは言えなかった。
時期が悪いのか、彼の直近の年収が高すぎるのか、単純に彼のバックグラウンドとマッチする会社がないのかわからないが、書類選考を通っても、彼の得意な面接で落とされたこともあった。
仕方がないのかもしれない。年収のヒエラルキーをピラミッドに例えたとすると、彼は上位の1%の階層に、いつの間にか昇り詰めていた。
10年前はなかなか年収が上がらないと嘆いていたが、当時の年収の2倍以上を稼ぐ階層に位置するようになったのだ。そんな仕事が簡単に転がっているとは思えない。実際私の主人も、今の仕事に就くまでに2年以上ギャップがあった。
チャンスは少ないが、必ず需要がある階層なのだ。特に彼のように、英語を使える人材を、企業がほっておくとは思えない。
私は自分のゲン担ぎで、就職活動中の知り合いと食事をする際、ご馳走するようにしている。実際これまで何人かの就職活動中の友人に会い、話を聞き、食事を奢って、しばらくすると、「お陰で就職したよ!」と嬉しい連絡をもらっていた。
なので彼にもその幸運が舞い込むように、ここ数か月は私が食事のお金を払っている。
彼は恐縮するが、近い将来に「仕事決まった!」と言う嬉しい知らせを聞けることを想像すると、もったいないとも思わないし、苦でもない。相変わらず彼のために何もできない私の、せめてもの罪滅ぼしなのだ。
<冬>
12月になっても彼の仕事は決まらなかった。吉報を待っている私ですらハラハラしているのだから、本人である彼はきっと辛い思いをしているのだろう。それを考えるだけで心が痛む。
しかし私も他の人を心配している場合ではなかった。今働いている会社が9,000人のリストラを発表したのだ。現在直接雇用から子会社の所属になり、仕事を請け負っている立場のため、私自身はリストラの対象にならないが、いつ契約を切られてしまうかわからない。おまけに競合他社と協業する話も出て来て、2025年はどうなるのか、先の見えない日々が続いていた。
私が所属するチームはグローバルチームのため、冬休みはクリスマスの前から始まる。20日を過ぎるとほとんどのメンバーが故郷に戻って行き、職場は一気に静かになる。私もそれより少し遅れて、クリスマスイブから2週間の年末年始休暇を取ることにした。
確か彼は27日から関西の実家に、一家で帰省するはずだ。その前に就活中の彼を元気づけ、2024年の締めくくりの食事をしようかと、私から誘ってみた。すると彼から久しぶりに隠れ家で会おうと提案があった。すぐに横浜市内のデイリーユースのホテルを探し、予約する。今年の初めは、もう会わないようにしようと誓った私だが、彼の一大事だ。おいしいものを食べ、ゆっくりと話をして、嫌なことをしばし忘れてほしかった。
当日は11時にフロントデスク前で落合い、そのまま近くの行列ができるお寿司屋さんに行く。私は浮ついていた。彼に会える嬉しさ、目の前の彼の素敵さ、そして貯まっていたポイントでホテル代が1000円も安くなった幸運。やっぱり今日会えて良かった。
ホテル代はすでに彼が支払ってくれていたが、お寿司のお金はゲン担ぎの続きで、私が払う。いつか彼が仕事が決まった時、「あの時はありがとう」と言ってくれる時を思い描きながら、支払いを済ませた。
ホテルの部屋は小さく、ベットのスプリングは柔らかすぎて、彼は動きずらそうだった。それでも私は夢中で彼にしがみついた。すべて終わった後の満たされた感覚。疲れ果てて彼の腕で眠る幸せ。「いびきをかいていたよ」と彼に言われ、よっぽど深い眠りについていたのかと、恥ずかしく思う。
あっという間にデイユースのチェックアウトの時間が近づいた。「気を付けて実家に帰ってね」と告げる私に、彼が改まって何かを告げようとする。
「二人目の子供が出来た」と。
最初に思ったのは「やっぱり」だった。去年彼の家に入れてもらった時、彼の奥さんが私と同じ不妊治療薬を飲んでいるのを知った。健ちゃんがいるのにまだ子供を作ろうとしているのか?と驚いたことはずっと頭の片隅にあったのだ。
だけどまさかそれが現実になろうとは。私が3年半飲んでもつかめなかった夢が、彼の奥さんはこんなにすんなりつかめるのか。
彼は言い訳のように、不妊治療をしていたこと、自分もひとりっ子だったから健ちゃんに兄弟を作ってやりたかったこと、妊娠が分かったのは数か月前で、半年後には生まれること、出生前検査で異常がなかったことがわかってやっと話せるとようになったと話してくれた。
そうなのか、そんなに前にわかっていたことなのか。せめてもっと早くに教えてくれたら、一緒に心配したり、考えたりできたのに。ずっと黙っているのはさぞかし大変だっただろう。
いや私に言うことなんて、忘れていたのかもしれない。今日会わなかったら、誘わなかったら、私にはもっと後に伝えることになったのだろう。
しかしそんなことはどうでもいい。
私が彼の腕の中で幸せに包まれている時、彼にすべてを見せて、身をゆだねている時、彼はいつこのことを告げようかと思っていたのだ。自分のおめでたさに笑えてくる。
おかしいハズなのに、私の目からは涙が出てくる。彼を祝福しないと、「おめでとう」と言わないと。
彼の幸せは私の喜びのはずだ、口では「よかったね」と言っているが、心では全く違うことを考えている。
彼の奥さんの事だ。東京の真ん中の一等地で生まれ、良い家庭に育ち、一流の教育を受け、彼と結婚し、子供を産み、横浜の高級住宅街に居を構え、それ以上に何を望むのか。なんと欲張りな女なのか。「嫌い」と私は初めて口にした。
「怒らんといてよ」と彼は言う。怒ってなんていない。自分に呆れているのだ。彼を元気づけたい?そんな必要は全くなかった。彼は満ち足りていた。あとは仕事を見つければ、完璧な生活ではないか。私に気を使って、時々誘って、気まずい思いをしながら自分の幸せを報告しなければならない。私はいつの間にか彼にとって不要な、面倒な存在になっていた。
「私なんて必要ないじゃない」と言うと、「そういうことを超越した存在だと思っている」と返して来る。じゃあ私はどうしたら良かったの?涙を見せずに祝福すれば良かったのか?自分の気持ちをどれだけ犠牲にすれば良いのか?
どうやってホテルの部屋を後にしたのか、彼と何を話しながら駅に着いたのか、記憶がない。ただ関内の駅で彼を見送る時、これで彼の姿を見るのが最後になるかもしれないと言う予感がして、しっかりと目に焼き付けようと思っていた。
手放しで喜んであげられなかった。おめでたい話なのに泣いてしまった。彼の奥さんの事を「嫌い」と言ってしまった。私は疲れ切っていて、家に戻ってしばらく何もできなかった。あれこれ考える。彼の幸せが私の悲しみになるとは、彼が私に気を使って自分の幸せを話せないとは、大人でいられない自分をなじった。
「いつまでも会える人でいてほしい」と言う彼にすがっていたが、彼のために私から「もう会うのはやめましょう」と言うべきなのかもしれない。優しい彼はきっと自分から別れを告げることはないだろう。だったら最後の愛情として、彼を私の呪縛から解いてあげる時なのかもしれない。
2024年は大きな出来事もなく、記憶に残らない年になりそうだと思っていたが、1年の終わりに大きな衝撃が来た。彼と私の日々は、きっと4年前に終わっていたのだ。彼が延命治療のようにこれまでつなぎとめてくれていただけで、私はとっくに振られていたのだ。これまで私が傷つかないように、少しずつ離れて行ってくれた彼には感謝しかない。
落ち着いた今なら心から言える、「おめでとう」と。
本来だったら私から彼に「もう会うのはやめましょう」と告げるべきなのかもしれない。
だけど私を苦しめたこの言葉を、私が言うことはやはりできない。
私は少しずつ消えようと思う。
彼の人生にもうこれ以上関わらず、私の存在を無いものとしていくのだ。
それが私の愛情であり、リベンジでもあるのかもしれない。




