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一寸先の夢幻

 異能力バトルものを考えてみたら、こうなりました。設定集と展開案もありますが、ひとまず一話だけ載せておきます。

 午後四時。少し長引いたホームルームの後、生徒たちはそれぞれが目当ての場所へ颯爽と歩き出す。そのほとんどが教室を出ていく中、こちらに向かって近づいてくる足音が一つ。

「夏樹! 帰りにコンビニよって行こーぜ」

「おうよ。聡は?」

「図書室に本返してくるって。多分すぐ戻ってくると思う」

「なるほど」

 そんな会話を交わしながら、猫田は慣れた動きで僕の前の席に座った。

「なあ、あの戦いどうなってっかな」

「いきなりなんの話だよ」

「先週もあの漫画の展開予想ゲームやっただろ? 俺は主人公のところにちょー強ぇーキャラが助けに来て逆転勝ちに一票。当たったらイチゴミルクおごりって言ったじゃんか。忘れたとは言わせねーからな」

「あー、それな。はいはい、覚えてますよって」

「お前は親友が主人公かばって死んで、最後に主人公が一撃必殺? だっけ」

「そーそー」

「えぇー。あんだけ引きずっといて今更親友殺すか? うーん、わからん」

「まあ、ただの予想だし」

「でもなんだかんだで夏樹の予想が一番正答率高いんだよなぁ」

「そんなことないだろ」

 猫田がうんうんうなり始めたころ、教室に足音が近づいてきた。教室のドアの方を見れば、松風がちょうど戻ってきたようだった。

「おまたせ」

「おかえりー、聡」

「んじゃ、そろったし、帰るか」

 三人でいつものようにわちゃわちゃとはしゃぐ。なんでもない日常だが、これほど僕にとって大事なものはない。

 小さい頃から、僕はとにかく考えることが大好きだった。何か作品を作るわけではなかったけれど、誰にも知られずに自分だけの物語を紡ぐのはひそかな楽しみだった。しかし、周囲の、同じくらいの子どもにはそれは通じなかった。それは特に、遊びの時に顕著に表れた。ああいう設定ならこうなるはずだとか、これがあるならこうするべきじゃないかとか、自分の幼さから僕がそういった意見を譲らなかったのが原因だろう。でも、考えればわかることを、わざわざ偽って周りに同調するなんて、自分の中の何かがねじ曲がってしまいそうで、譲れなかった。子どもなんて、馬鹿なくらいがちょうどいいのに。

 そんな僕にも転機があった。それが猫田佳枝、松風聡との出会いだった。中学校で出会った彼らは、お互いの想いを無駄に押し付け合いながらも、決して拒絶することはなかった。だから僕はまだひねくれずにいられたし、それなりの青春をあじわうことができていた。

 ふざけ合いながら歩いていた僕たちは帰路にあるコンビニについた。猫田は一人でコンビニの自動ドアをくぐり、目当ての週刊漫画を買い、他の物には目もくれずすぐに出てきた。

「今週の買ってきた」

「おつ。早く見ようぜ」

「待て待て。じゃあ確認な。俺は主人公にチートキャラついて勝利。当たったらイチゴミルクな。んで夏樹が?」

「親友が死んで主人公覚醒。当たったら……んー、バター醤油のポテチで。あ、濃いやつね」

「おっけー。聡はなんだっけ」

「僕は敵の自殺エンド希望。カフェモカ」

「確定みたいな言い方すんなし」

「別にいいだろ」

「今回は! 俺が当てるから!!」

 いつものように、猫田が松風にかみついた。二人がじゃれているのは平和の証みたいなものだから、別にいいのだけれど、これが始まると終わりが見えなくなるのが難点だ。正直、僕の突っ込み待ちみたいなところもあるし。

「見ないなら僕もう帰るけど」

「あーわかったから待ってくださいお願いします夏樹様」

「よかろう」

 ひと段落したところで、猫田はパラパラとページをめくり始めた。指定の場所へたどり着き、今度は漫画を読みながら一枚ずつ丁寧にめくっていく。三人で黙って一冊の週刊漫画をのぞき込むという絵はなかなかおかしいところがある。そしてすべてのページを見終えたとき、三人は目を閉じて深く深呼吸をした。

「あーまじか」

「まじだ」

「まじだな」

 そういって三人で顔を合わせる。漫画を静かに閉じると、猫田は一人コンビニへ入り、バター醤油のポテチとカフェモカを両手に戻ってきた。

「なんで俺の一人負け……?」

「どんまい」

「おつかれ」

「まさか組み合わせてくるとは思わんじゃんか…… てか親友死んだの普通にショックなんだけど」

「しゃーない」

「ごちになります」

 僕と松風はそれぞれ貢物を受け取り、うなだれている猫田を挟んで二人でブイサインをしてみせた。そうして、三人で笑い合いながらまた歩き出した。


***


 深い、深いまどろみに沈んでいくような感覚。ふよふよ浮かんでいくのに、しんしんと沈んでいくような意識。不可解な矛盾に包まれた僕は、薄く目を開けた。

「やあやあ、少年。起きたかい?」

 塵のような、星のような、あるいは花弁のような。何かちらちらと光るものが待っている、無重力の白い宇宙みたいな空間に、僕と一人の女性だけが存在していた。ああ、これは夢か。

「その通り、これは夢だ。君は冷静で周りをしっかりと見ているね。おまけにただの夢だっていうのにこれだけ洗練されていて、しかも安定しているなんて……やはり君は素晴らしいよ。正直、予想以上だ」

 そう言ったのは、目の前の美しい女性だった。白銀の髪を揺らし、ここは自分の支配下だというかのようにやけにどうどうと鎮座している。長いまつ毛に縁どられた目は緩やかに細められており、隙間からは黄金の瞳がのぞいている。

「うーん、いい人材だけど、やっぱりまだ訓練してないから耐性がないな。まあ、うん、でも十分かな。じゃあ時間がないから言うね」

 すると彼女はぐいっと瞬時に僕に近づいてきた。もちろん、僕に抵抗するすべはない。

「君、近いうちに巻き込まれるから。これは私の予知みたいなもの。でもまあ、確定事項といっても差し支えないだろうね」

 彼女は巻き込まれると言った。しかし、僕には何が何だかさっぱりわからなかった。

「悪いとは思っているんだ。でもね、私は、もう君以外の人材は考えられなくなってしまってね。だから、君にも共犯者になってもらうよ。夢と幻の共犯者にね」

 夢と幻の共犯者とは何だろうか。まさか事件? いや、そんなわけない。だって、ここは夢の中のはずだから。

「まあ、実際に巻き込まれればわかるだろうね。」

 わけがわからなくて目をぱちくりさせている僕を見て、彼女はくすくすと子どもみたく笑った。

「……ありゃま、もう時間だ。じゃあ、そういうことだから。頑張ってね」

 何か重大なことを告げているように見せかけておいて、彼女はまた明日も会えるかのように、ひらひらと軽く手を振った。

「期待の新人くん」

 彼女が僕にそう告げたのを最後に、僕の意識は途切れた。


***


 あの不思議な夢から目が覚めて、今日も今日とて学校。所詮は夢だからすぐに忘れてしまうものかと思っていたのだが、あの夢は妙にはっきりと頭にこびりついていた。白銀の髪に黄金の瞳を持った、謎の女性。彼女の正体がわからずじまいだったのは、少し残念だ。それにしても、「巻き込まれる」とは本当に何のことだったのか。もしかすると、あれは本当にただの何の変哲もない夢で、彼女に話しかけられたことは全て僕の妄想にすぎなかったのかもしれない。

 いくら考えてもらちが明かないことを察した俺は、あきらめて青春というやつに入り浸ることにした。今日も今日とて学生生活というわけだ。とはいっても、僕らの本命は遊びであることは言うまでもない。

「あー、疲れた」

「まああんだけ歌えばなぁ」

「てか聡の歌い方まじで笑えるんだけど」

「何したらそこまで直線的に歌えるのって話よ」

「歌うのは苦手だけど嫌いじゃない」

「ほんといいやつだよな、お前」

「俺の中の好感度がまた10あがったぞ、おめでとう」

「正直お前の好感度はいらないわ」

「ひでー奴」

 放課後に遊び疲れた僕らは、あいかわらず笑い声を空に響かせていた。日は暮れはじめ、薄暗くなってきている。ぐだぐだとだべりながら歩いていると、ふと、公園に二つの人影が見えた。一つはやつれた男性で、もう一つはどうやら小さな少女のようだ。

「あれ、大丈夫かな」

「ん? なんかあった?」

「ほら、女の子と男の人がいるじゃん。もしかして絡まれてんのかなって」

「気になるんなら見てくれば? 僕らは先帰るけど」

「聡冷たくない?」

「平常運転だけど」

「俺も面倒ごとはパスだから。あいにく夏樹みたいに純情じゃないもんでね」

「へぇ、ピュアピュアな友人を見捨てると。ひでー友人だわ」

「じゃあ俺たちが黙って先に帰ってるのと帰ってきたお前に向かってロリコンだって叫ぶのどっちがいい?」

 猫田は、こういう時に限って頭が回るやつなのだ。僕は数秒の沈黙の後、大きくため息をついた。

「……一人で行ってきまーす」

「賢明な判断だな」

「だな。じゃあまた明日」

「おう」

「生きて帰れよ」

「僕は戦場に行く兵士かっての。余計なお世話だわ」

 茶番を終えた僕は猫田、松風と別れて少女のもとへ向かった。近づいていくうちに、何だか異様な雰囲気に包まれているような感覚がした。嫌な予感にも近い気がする。僕は足早に少女のもとへ向かい、声をかけた。

「君、大丈夫?」

 すると彼女はばっと振り返って驚いたような顔をした。そしてその瞬間、あたりの景色が真っ赤に染まった公園に変わった。呆然とする僕に彼女はこう言い放った。

「あなた、誰です?」

「あ、えっと、君が面倒なことに巻き込まれているんじゃないかと思って、声をかけに来たんだけど……」

「……それはすみませんでした。でも、はっきり言うとですね、残念ながら巻き込まれたのはあなたの方ですよ」

「それはどういう……」

 僕が彼女に聞き返そうとしたとき、体を強く押され、僕はしりもちをついた。押したのはどうやら彼女らしいが、この小柄な少女のどこにそんな力があるというのだろう。僕はとても信じられなかった。しかし、もっと信じられなかったのは、近くの木に子どもたちが遊ぶようなボールらしき球体がめり込んでいたことだ。全く理解が追い付かない。

「あなたは下がっていてください。ちょっとあっちのおじさんと話をつけてこなきゃいけないので」

 異常な現象に動じることなく冷静な少女と対照的に、男性は息を荒げながら何かをぶつぶつとつぶやいている。聞こえてきた言葉から推測するに、離婚して娘と遊べなくなったことの八つ当たりってところだろうか。まあ、何がどうしたらあのおかしな現象が引き起こされるのかは全く分からないが。

「……話が通じるような感じじゃなくない?」

「言葉の綾ってやつです」

 少女はそう告げると男性のほうに向かって一直線に走っていった。僕は当然止めることはできず、あとかえとか、そんな声を絞り出すだけだった。

 肩の少し上くらいまで伸びた赤髪を揺らしながら、彼女は軽快な足取りで男性の攻撃をよけながら着実に距離を近づけていく。あちこちにボールがめり込んでいる光景は、なかなか頭がおかしくなりそうだ。

 少女が男性との距離を一メートルほどに詰めたとき、男性は一瞬たじろいだ。そのすきを逃すものかと、少女はその青い目でターゲットをしっかりと射抜いていた。そして軽く飛び上がり、男性の顔の目の前に手を構えた。

ビョウ

 張り詰めた一本の糸のような声が確かに耳に届いた刹那、パンという手をたたいた音がそこら中にこだました。そして、それを間近で受けた男性はそのまま後ろのベンチに倒れこんだ。原理はよくわからないが、男性は気絶しているらしい。少女はそのまま静かにスタッと着地した。彼女が男性を気絶させるまでの数秒間は、僕にはまるでスローモーションの動画のように異常に長く感じられた。しかし、彼女の言う「ちょっと」はどうやら嘘ではなかったらしい。

 僕が地べたに座ったままぼうっとしているうちに、彼女は男性の方へ歩いて行った。何をしているのか遠目ではよくわからなかったが、体の一部を触っていたから、もしかしたら完全に気絶しているかどうかを確認していたのかもしれない。一通り確認が終わったのか、少女はくるりとこちらを向いた。彼女がすたすたと近づいてくるから、僕は慌ただしくいそいそと立ち上がって砂を払った。ふとあたりを見回すと、そこら中にめり込んでいた球体はもう見当たらない。空を見上げれば、あの気持ち悪いような赤も、すっかり闇に染まっていた。

「……あなた、気を失っていないんですね」

 彼女は僕のことを見上げながらそういった。こうしてみると、ただの小学生くらいの女の子に見える。けれど、きっとさっきの光景は嘘じゃない。なんとなく、そんな気がした。

「気絶してなきゃおかしいの?」

「まあ、夢討ちでもないのに創原に引き込まれてもなお自分の意識がしっかりしてる時点でだいぶおかしいかと」

「僕めっちゃけなされてない?」

 さすがに年下の少女にここまで言われると少し傷つく。この後どう言葉を紡げばいいのかわからずまごまごしていると、彼女ははっとしたような表情でもう一度僕の顔をしっかりと見た。

「あなた、もしかして……」

「え? 僕君とどこかで会ったことあったっけ」

「いえ、こちらの話です。ところで、この後時間はありますか? 少々お話ししたいことが」

「ちょっと待って」

 ポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認すると、ただいま五時五十二分。いつもだったら猫田や松風とファミレスにでも行って、夕飯を食べてだべっているくらいの時間だろう。

「うん、大丈夫。ちなみにそのお話ってどれくらいかかる?」

「予想ですが、長くて二時間かと」

「ん、りょーかい」

 先を歩き始めた少女の後に続いて、僕も蛍光灯に照らされた夜の歩道を歩き始めた。僕は残念ながらコミュ力が高いわけじゃないので、しばらく無言が続く。どうしようかと考えあぐねていたら、少女があと声を漏らした。

「すみません、お名前をうかがっても?」

「ああ、そうだね。僕は慶野夏樹。君は?」

「鹿嶋田鼓と申します」

「鹿嶋田さんって呼べばいい?」

「お任せします」

「これって、どこに向かってる感じ? もしかして僕を警察に連れていくとか?」

 少し不安になって僕がそんなことを尋ねてみれば、彼女は落ち着いた様子で首を横に振った。それを見て僕は安堵する。

「慶野さん、先ほど起こったことを全て覚えていらっしゃるでしょう? 実は、私の使った技は無差別に飛んでしまうものですから、一般の方のほとんどはターゲットと同じように気絶してしまうんですよ。そんな中、慶野さんは意識を保っていた。それも私の攻撃をよく観察していられる程度には。これがどういうことかわかりますか?」

「えーと、僕はイレギュラーだってこと?」

「そういうことです」

 なるほどと僕は一人でうんうん頷く。つまり、イレギュラーを確認した以上、彼女みたいな能力持ちやら組織やら、一部の人は放置しておけないってことか。一つが解決されると、心に余裕ができたのか、新たな疑問が浮かんできた。

「あのさ、さっきのあれって何だったの? 公園ってのは見りゃ分かったけど、明らかに様子がおかしかったよね」

「あそこは現実世界ではありません。あれは夢であり幻です」

 ふむ、と僕は少女の言葉を一つずつ咀嚼していく。

「人々はみな、夢や幻を創り出す力を持っています。慶野さんも寝ている間に夢を見たり、架空の世界を想像したりという体験があるのではないでしょうか。そういった力の存在を自覚して、意図的に利用する能力を私たちは『夢幻』と呼びます。その夢幻によって生み出されたのが主に戦闘の現場となる異空間『創原』です」

「じゃあさっきの場合だと、男性が夢幻っていう能力で作った創原があの異常な公園だったってことか」

「その通りです。ちなみに、創原は現実世界に新たな空間を重ねて創り出されているのではなく、別の次元に作られた空間に転位するようなものです。そして、そこから元の世界に帰ることができるのは生者のみです」

「ということはつまり?」

「創原で死んだら現実世界では行方不明になってしまうということです」

「何それ怖ぁ……」

 軽い脅しを受けたところで、僕はようやくあのあやしい女性に言われた「巻き込まれる」という言葉の意味を理解したのだった。なんてことだ、僕の平穏な青春はいったいどこへ。

「着きました」

 彼女はある建物の前で立ち止まった。見上げると、看板には「CDO」と、なんかちょっとおしゃれなフォントで書いてある。

「表向きは仲介制度の会員制ジムになっています。実際は夢幻の才を持って悪をなす『幻術士』を封じる『夢討ち』の統括機関兼事務所兼訓練所ってところですね」

 彼女の説明を聞きながら、紹介された建物をまじまじと見る。CDOの下には、「Common Dream Organization」と小さく書かれている。

「あの、一ついいかな?」

「なんでしょう」

「CDOっていう名前の正式名称? なのかな? すごーく言いにくいんだけどさ、ダサいっていうか、怪しいっていうか……そこんとこどう?」

「……ノーコメントで」

 数秒間の沈黙の後、どうぞという風に彼女に道を譲られてしまったので、僕は仕方なく、複雑な心境のままCDOに足を踏み入れた。

 続きません。

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