九度目の夢
☆ ☆ ☆
「レイナード……」
ちいさな声で呼びかけるように、クロードが部屋に入ってきた。
胸には大きな封筒を大事そうに抱えている。
「どうした、こんな時間に?」
夜の食事を終え、明日の仕事の打ち合わせも済ませた後だ。
余程急ぎの事なのか、心なしかクロードの顔色が冴えず無表情だ。
「例の調査の報告がある」
「例の……あ! あのミレ、いや匿名の手紙に書いてあった婚約者の件か」
「ああ、ローリン地区で最近目立つ妙齢の女性がいるかどうか、まずはそれを調べてもらった」
「うん」
「きっと、当てはまる人物なんていないだろうと思っていたんだが……」
クロードは封筒を開け、中から数枚の用紙を取り出して机の上に置いた。
「最近来るようになった女性の特徴が書かれている、あの地区の遊技場で聞き合わせをしたものだ」
置かれた用紙を手に取ろうとすると、クロードは一瞬だけ遮り、そのあと大きなため息をついて手を引いた。
ローリン地区、ある女性についての報告書
第二遊技場(賭博場)
・一カ月ほど前から派手な賭け方をする若い女性が週3~4日来店
・髪は長く、色は薄茶色、ハシバミ色、クルミのような色
・いつも帽子を深くかぶっているが貴族だという噂
・来月結婚式だと自分からまわりに吹聴している
・家のお金を自由に使えるのは今のうち、結婚をしたくない
・掛金がとにかく高額
・ディーラーに渡すチップが多い為、店側と客の間でも有名
・酒量が多い、顔を隠しているが露出が高い
第三遊技場(娼館)
・処女なんて馬鹿らしい
・結婚したら不貞になるから今のうちに遊びたい
・色々な国の男を試したい
・賭博場の男を連れ込むこともある
・賭博で金銭を使い果たすので第三遊技場の支払いは宝石か宝飾品
・宝飾品を見た男がF家の令嬢ではないかと言っていた
・妹は二歳下で美人、透き通るような金髪をしている
・あまりかいだことのない良い花の香りがする
「くっ、いったいなんなんだこれは」
用紙を持つ手が震える、指先が冷たくなり変な汗がとまらない。
二枚目にはまだ色々なことが書かれているが、これ以上読み進めることができない。
クロードの顔を見ると、視線をそらして首を小さく横に振った。
「レイ、色々な人から聞き取りをしてもらい、そこにまとめたのは俺だ、それ以上のことも書いてあったよ」
「……」
「あと、賭博場の方では『フォルティス家の令嬢』と当たり前のように話している人もいたようだ」
「もう答えは出ているようなものか、しかしハッキリとした証拠が欲しい……」
ああミレイア、君がくれた手紙のおかげで俺は真実を知ることができた。
あんなに憧れ、尊敬さえしていたリリアナがこんな女だったなんて
間近に結婚式が迫っている、あまりのことに寒気が止まらない。
何とかして証拠を押さえたい、今までミレイアにしてきた嫌がらせもそうだ、リリアナ、君をもう許せない!
「クロード、すぐにその娼館に話をつけて、次にその女が宝石を置いていったら必ずこちらに渡すように、もちろん報酬は出すと言ってくれ」
証拠さえつかめば婚約破棄ができる!
リリアナのことを考えると少し胸が痛むが、それよりもミレイアを助けたい。
そして、ミレイアに……。
* * *
ガタンッ!
車体が揺れ、目が覚めた。
馬車の座席に横たわっていた為、下側にしていた右肩が痛む。
それよりも、夢の内容に頭がおかしくなりそうだ。
胸がむかむかして、今自分の中の感情が何なのかさえ分からない。
リリアナが賭博場と娼館通い?本当なのか?
いや、何を疑ってるんだ、あれは夢だ、目が覚めただろう。
胸がチクりと痛み、ミレイアの悲しそうな顔と指先の冷たさ、華奢な体の感触が蘇る。
何でここでミレイアなんだよ!くっそ、だからあれは夢だ! 過去の出来事だ!
いままでで一番最低で最悪の内容だった、あんなことが起こっていたというのか。
ローリン地区……。
現時点で耳に入る噂は、フォルティス侯爵夫人、そうミレイアの母親が入り浸っているということだが、過去ではそれはどうなっていたのだろう。
あークロードからの報告書、まだ数枚あったな、ちゃんと読んどけばよかった。
目の前のショックに対応しきれていない、もう少し落ち着いて行動しろって、ほんとイライラする。
夢でわかるが俺はてんで子供だ、目に見えるものばかりに振り回されすぎている、気を付けなければ。
それに、すぐミレイアを思い出してキュンキュンしやがって、本当に過去の自分が嫌いだ!
……はぁ、少し気分が落ち着いてきた。
右肩をさすりながら馬車の外を見る、見慣れた街並みだ、もう屋敷が近い。
この恐ろしい夢の内容をしっかり書き留めて、対策を練らなければいけない。
なんだか急に腹が立ってきた、これは確実にミレイアに向けての感情だ。
しかし、ミレイアはまだ15歳になったばかりだ、ここまでのことを考えられるのか?
リリアナのように聡明な少女がいるように、こういうことに長けている少女が居てもおかしくはない。
だが、舞台は娼館や賭博場だ、流石に違和感を覚える。
ふと、馬車の外からガタガタと聞きなれた石畳の音が聞こえた。
いつの間にか屋敷の敷地内に入っていた。
移動時間を含めて三日間の旅だったが、自分の屋敷や庭がとても懐かしく感じる。
疲労と安堵が胸に広がるような気がした、ああ温かいお茶が飲みたいなあ。
入口に誰かが立っているのが見える、クロードだ!
馬車が止まると同時に扉が開けられた。
「クロード!!」
思いっきり抱きつくと、避けられることなく受け入れられた。
相変わらず鍛えてるなあ、俺も鍛えようかな。
「長旅お疲れさまでしたレイナード様、もうよろしいですか?」
「あ、うん」
ゆっくり手を離し改めて向き合う、いつもどおり隙が無いほど男前の執事がそこにいた。
あー帰ってきたーと思った途端、先ほど見た夢への怒りが胸に蘇ってくる。
「クロード!!」
「なんですか、鼻息荒いですよ」
クロードは笑顔で答えながら荷物を持ち、入口の扉を開けた。
「温かいお茶を用意してまいりますので、早く中に入りましょう」
*
久々の自分の部屋は、まるで何事もなかったようにいつものままだ。
クロードが旅の荷物の片づけとお茶の準備をしてくれている間、部屋着に着替え、先程の夢をノートに書きまとめた。
さて、クロードにはどこから話せばいいだろう、さっき見た夢の話、それともサフィロ子爵家のことか。
スナッグ地方に行くきっかけとなったのは、ステラからの手紙だった。
引き出しから手紙を出し、もう一度目を通す。
えーっと、『最近屋敷で夫人を見かけるように…… 先日、侯爵夫人が、ご友人と思われる女性を屋敷に連れてこられたのです……』
あ、これだ!
リリアナに似た女を夫人が連れていたと書いてあった、間違いない、これがそうだ。
何かが引っかかっていたが、この計画はミレイア一人ではできない、フォルティス侯爵夫人、そう、ジュリアが関わっているんだ。
くっそなんなんだあの親子は、やり方がひどすぎる、絶対に思うようにはさせない。
「どうした、やけに鼻息荒いじゃないか」
片づけを終えたクロードが、テーブルにお茶を並べながら笑っている。
爽やかなハーブの香りが鼻孔をくすぐる。
「だって、色々わかってきたんだよ」
ステラの手紙を手に持ったまま席に着く、ああ本当にいい香りだ。
カップの横にはジャムが添えてあった、これは先日リリアナから送られてきたものだ。
リリアナ……無性に会いたい、いますぐ抱きしめたい!
「レイ、お前さっきからその鼻息どうした? 比喩じゃなくて本当に荒いぞ」
今にも吹き出しそうな顔をして、クロードは向かいのソファに座る。
自分では普通にしていたつもりだが、やはり気持ちが昂っているのか。
「だから色々あったんだよ、とりあえずさっき見た夢、短いから読んでくれ」
クロードにノートを手渡すと、「さっき!?」と驚いた顔をして、すぐに読み始めた。
その間にハーブティーを口に運ぶ、はぁ美味しい、なんだか泣きそうになるくらい美味い。
お茶の味をかみしめていると、読み終わったクロードが眉間にしわを寄せながら顔を上げた。
「なんてひどい内容だ」
「だろ、怒りで震えてたよ、で、もう一回このステラからの手紙を見てくれ」
手に持った手紙を、机の上に置く。
クロードは手に取りながら目を落とし、「あ」と小さく声を上げた。
「やっぱり気づいたか?」
「ああ、この侯爵夫人が連れていた女性、あやしすぎる」
「だろ! 絶対にその女がリリアナのふりをしてあの地区に通ってるんだよ」
「そうなると……ミレイア嬢だけではなく夫人もグルなのか」
俺は頷きながらティーカップに残ったお茶を飲みほした。
「何故だかわからないがそうとしか考えられない。今までの出来事だって15歳の少女が考えるにしては、なんというか、こう……いやらしいんだ!」
「確かにな」
クロードは、少し前の夢が書かれているページを、頷きながら読んでいる。
もう喉がカラカラだ。
お茶を飲もうとティーカップに手を伸ばそうとすると、クロードがノートをサッと伏せ、新しいお茶を注いでくれた。
「ありがとう、そしてもうひとつ驚く話がある」
「驚く話?」
「ああ、まずサフィロ子爵には会えなかった」
「そうだとは思っていたよ」
クロードは、伏せたノートを閉じて机の隅に置いた。
「でも、サフィロ子爵夫人には会えた」
「おお、よかったじゃん」
「でも、あの二人の間に子供はいなかった」
「ん?」
目を真ん丸にするクロード、そしてそのままカップを手に取り、ゆっくりとお茶を飲んだ。
思わずつられてお茶を飲む。うん、やっぱり美味い。
「あれ? フォルティス侯爵が再婚した相手がサフィロ子爵の娘じゃなかったっけ?」
「そうだ、ミレイアの母親だ、名前はジュリアという」
「え? じゃあフォルティス侯爵夫人は誰の娘になるんだ?」
「もうジュリアでいいよ、ジュリアで」
「あ、うん、じゃあそのジュリアさんは誰の娘?」
「それがわからないんだ、ただあの子爵夫妻の娘じゃないことは事実だ」
ここまで言って大きく息を吸い、夫人にサインをしてもらった念書を取り出した。
「これは夫人から聞いた話だ、彼女は一切嘘はないとサインまでしてくれた、にわかには信じられないような話だが聞いてくれ」




