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北国スネイブへ

■三日後 スネイヴ


領地を任せているウエト・ベクター男爵との話し合いが終わった。


月に一、二度しかスネイヴには来ることができない、その間ベクターが提案書通りに領地を管理してくれている、とても信用できる男だ。

父からこの領地を任されて以来、大変助けられている。


今年は例年以上に果実の出来が良く、更に収入が見込めるため、年末に渡す臨時報酬を二月分上乗せすると皆に知らせた。

労いのつもりで来たのだが、食事会まで開かれ、大変充実した滞在となった。

おかげで丸一日馬車に乗っていた疲れもかなり回復した。


そう、スネイブは遠い。馬で駆けても一日、馬車だと一日以上かかってしまう。

昨日の早朝に屋敷を出発して丸一日、天候が良かったおかげで思っていたより早く着いて助かった。

この後、別荘で一休みしてからサフィロ子爵の屋敷へ向かうことになっている、なんと面会の約束がとれたのだ。


ベクターの話によると、サフィロ家の果樹園がうまくいかなくなったのはもう10年以上も前かららしい。

我が領地と同じく、果樹、特に蜜林檎を多く生産していたようだが、市場ではサフィロ家の作物は全く流通していないそうだ。


子爵が病に臥せっているというが、一体いつからなのかは誰もわからないと言っていた。

もし、果樹園が稼働しなくなってからだとすると、もう10年以上だ。

フォルティス侯爵が、自分の領地の管理者であり、自分の妻の父親である子爵をないがしろにしているということになってしまう。

あの侯爵がそんな人とは考えにくい……。


んーこれはサフィロ家を訪問するのが、少し不安になってきた。


しかしこちらから訪問を申し出たのだ、取りやめなんてとんでもないし、遅刻も失礼にあたる。

後々何か問題になった場合は、知らなかったで通すしかない、いや、だって今日聞くまでそんなことになってるなんて知らなかったんだから嘘ではない。


風呂に入り、正装に着替えて身なりを整える。

緊張してきた……。


結婚の挨拶とは言え、妻になる女性の、しかも義理の母親のことをあまりグイグイ聞くと怪しいよなあ。

まず、子爵に会えるとはかぎらない。

こういうことはクロードがうまいんだけど残念ながら今日は一人、いやいや、いつもクロードがいるわけじゃないんだ、しっかりしろ俺。


「よし、行くぞ」


ベクターに挨拶をしたあと、スナッグ地方へ向けて馬車を走らせた。

ここから約二時間ほどの道のり、それだけの距離でぐっと気温が低くなる。

あたりの風景も木々ばかりになってくるが、この寒さの中でこそ育つ果実もあるのだ。


それなのに、これは……聞いていた以上にひどい。


果樹園があったであろう地域はまばらにしか樹が見当たらず、かろうじて生えている樹木も生きているのか枯れているのかわからない。

働き手も全くいないようだ、いったいどうなっているのか。


寒々しい光景が広がる地域を抜けると、サフィロ子爵の屋敷が見えてきた。

建物にこんなことを思うのはおかしいかもしれないが、まるで生気がない。

既に門は開かれていた。


そのまま進んでいくと、屋敷の入り口に一人の女性と老年の執事のような男が立っている姿が見えた。


「ようこそいらっしゃいました、ローデリック公爵様」


馬車を降りると、地味な色のドレスを着た女性が挨拶をしてきた。

お辞儀の姿勢がとても美しい、きっとこの人がサフィロ子爵夫人だろう。

横にいた執事は乗ってきた馬車に駆け寄り、御者に馬車庫の案内をしている。


「はじめましてサフィロ子爵夫人、突然の訪問をお受けいただき、そして出迎えまでしていただき大変ありがとうございます」

「こちらこそ、わざわざこんな遠い地までお越しいただき恐縮にございます、さあ中に入ってくださいませ」


子爵夫人がくるりと向きを変えると、馬車から戻ってきた執事が扉を開けた。


屋敷の中はとても殺風景だった。掃除は行き届いているが、明らかに貧困が見て取れる。

やはりこの状況は普通ではないな。

客間に通され席に着くと、夫人が口を開いた。


「申し訳ございません、本来ならば主人であるジョセフ・サフィロが挨拶をしなくてはならないのですが、長年病に臥せっておりまして……」

「大丈夫です、わたくしこそ突然の訪問の連絡、ご無礼をお許しください」

「とんでもございませんわ、わたくしどもにまでご結婚のご連絡をいただけるなんて大変嬉しく思っております」


そう言って弱弱しく笑うサフィロ夫人、凛とした姿勢に上品なしぐさ、とても美しい人だがとにかく疲れて見える。

俺の母親の年齢とさほど違わないだろう、それなのに輝くような金髪に艶はなく化粧もほとんどしていない。

あ、そんなことより、持ってきたものを渡さなければ。


「結婚の記念に作った品です、よろしければ受け取ってください」


両家の家紋が入った記念の金細工と、年代物の果実酒を子爵夫人に手渡した。


「まあ! この細工物素敵ですわ、我が国の伝統ですものね、私も作りましたわ懐かし……」


夫人は一瞬笑顔を見せたが、すぐにまた沈み込んだような表情に変わってしまった。

そのまま目線をそらすように果実酒をじっと見つめ、一段と暗い表情になる。

あれ、酒は駄目だったかな? どうしよう。

埋められないほどの沈黙が続き、どう話を切り出そうか考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「失礼いたします、お茶をお持ちいたしました」


先程と同じ執事がお茶を運んできた、この屋敷はとても静かだ。もしかしたら使用人はこの執事しかいないのかもしれない。

そんなことを考える俺の心を見透かしたかのように、夫人が話し始めた。


「申し訳ございません、ただいま当屋敷には使用人が一人しかおりませんの」

「いえ、そんな大丈夫です。あの、突然立ち入ったお話で失礼しますが、果樹園の状態が悪いようですね、何かあったのですか?」


ここに来る道のりで見てきた、寒々しい景色が目の前に浮かぶ。


「隠しても仕方ありませんものね、あの荒れた状態はもう10年以上になります」

「なにか樹木や土地に問題でも? わたくしの領地の者たちも大変気にしておりました」

「いえ、主人が仕事ができなくて、ただ……それだけなんです」

言葉の最後、少し声がかすれて聞こえた。


やはり10年以上なのか! サフィロ子爵が働けなくなったのなら、領主であるフォルティス侯爵がなんとかするべきだろう。

侯爵には何度か会ったが、おおらかで人柄がよく豪気というように見て取れた。

気になることがあると放っておけない性格だから領地を日々とび回っているのよ、とリリアナから聞いていたのに、おかしいじゃないか。


「フォルティス侯爵は来られないのですか?」


一瞬、夫人の顔が歪んだような気がした。口をきゅっと横に結び、どう言葉を出そうか迷っているように見える。

お茶をセッティングしている執事の手が止まり、ティーカップがカチャンっと小さな音を立てた。


「大変失礼いたしました」


老齢の執事は深々と頭を下げ、テーブルにお茶の用意をし終えると、「何かありましたらお呼びください」と夫人に告げて、部屋から出て行った。

執事が出て行くと同時に、夫人が囁くような声で切り出した。


「フォルティス侯爵は、ジュリアを連れて行ってから、一度もこの地を訪れていません」

「な!?」


ジュリアというのは、ミレイアの母親であるフォルティス侯爵夫人のことだろう。

想像していた最悪のパターンが見事に当てはまっている。

俺が余程驚いた顔をしていたのか、夫人はこちらを見た後スッと目を伏せた。


「申し訳ございません、ローデリック公爵、本来ならば今日訪問されることをお受けするべきではなかった、それなのに私ったらなんてことを……」


完全に声が震えている。顔は見えないが夫人は泣いている。

ポケットからハンカチを取りだして、肩を震わせている夫人に差し出した。


「サフィロ子爵夫人、私の訪問を受けるべきではなかったなど悲しいことを言わないでください。血のつながりがないとは言え、私の妻となる人の母親、そのご両親であるサフィロ子爵家とはこれから親族になるわけです、ご挨拶ができて光栄に思っています。もしわたくしが力になれることがあれば……」

「親族だなんて……とんでもございません、本当に私ったら、なぜ……」


夫人の声がさらに弱弱しくなり、こちらを見つめる顔は真っ白になり血の気が引いている。

言葉も続かず、呼吸が上がっていると感じた瞬間、身体がぐらりと揺れた。

慌てて椅子から立ち上がり、夫人の体を支える。


「誰か! 夫人の体調がすぐれないようだ、早く来てくれ!」

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