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上下巻発売中【WEB版】愛しい婚約者が悪女だなんて馬鹿げてる!~全てのフラグは俺が折る〜  作者: 群青こちか@愛しい婚約者が悪女だなんて~発売中


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またも夢

☆ ☆ ☆


「レイナード様、ガレリア国より注文していた宝飾品が届いております」


恭しい挨拶をしながらクロードが持ってきたものは、光沢がある茜色の絹張りに、銀糸と金糸の刺繍が施されている美しい箱だった。


ああ、これは東国随一と言われる細工師に頼んだ、蜻蛉(オニヤンマの胸飾りだ……。


たしか、婚約が決まった半年くらい前だったか。

出会いのきっかけとなった蜻蛉に関するものをリリアナに贈りたくて、国中の職人に声をかけた事があった。

そこで一人の金細工職人から、『当国は花が得意な職人が多い、しかし東にあるガレリア国ならきっといいものが造れるはず』と教えられ、その場でとても小さい天道虫の置物を見せられた。

その細工の精巧さ、美しさ、愛らしさはあまりにも素晴らしく、一目で気にいってしまった。

急いでガレリア国に連絡を取ってもらい、その後は細かいデザイン、宝石選び、首飾りにするか胸飾りかなんて、たくさん打ち合わせをしたんだった。

あぁ楽しかったな……まるで何年も前のような気持ちだ。


「レイナードどうした? 開けてみないのか?」

「あ、ああそうだな」


あんなに待ちわびていたはずなのに、蓋を開ける手が重い。


滑らかな手触りの絹張りの箱を開くと、中には実物のオニヤンマと同じくらいの大きさの胸飾りが入っていた。

目の部分に大きな碧色の石が嵌められ、体の部分は琥珀と漆黒に輝く石が交互に並び、細い金で造られた羽の細工は、見たことがないくらい繊細であった。


「これは、なんて素晴らしい……」


横で見ていたクロードが感嘆の声を上げる。

確かに想像していた以上に美しく、目が惹きつけられる。

これをリリアナに渡さなくてはいけないのか。

そしてこれを持ってあの地区に行くのだろうか……。


「フォルティス家に行く予定を立てようか? リリアナ嬢絶対に喜ぶな」


俺よりうれしそうな顔をして、クロードが予定表を確認し始めた。


「いや、いい、それは送り届けてもらおう」

「え!? 何でだ、どうしたレイナード?」


今まで見たことがないくらい目を見開き、信じられないという表情でクロードがこちらを見る。


「うん、いいんだ、それとお前に相談がある」

「相談?」


深刻そうな雰囲気に、クロードも普通ではない様子を感じ取ったようだ。

先程までの笑顔が、不安そうな表情に変わる。


そんなクロードと視線を合わせることができず、手に持ったままの箱を机に置き、引き出しから昨日届いたスズランの封筒を取り出した。


「これは昨日届いた手紙だ、この内容の一部を一緒に見てほしい、そして真相を知るために手伝ってほしいんだ」

「真相……」

「そうだ、もしかしたら結婚式が行われなくなるかもしれない……」



* * *



「レイナード、レイナード! おいレイ!」


誰かが呼ぶ声に反射的に体を起こし、周りを見渡す。

心配そうな顔をしたクロードが、横から顔をのぞき込んでいた。

そうだ、ここは自分の部屋、そしてベッドの上だ。


「あ……夢か?」

「大丈夫か? さっきから三時間たったとこだ、覚えてるか?」

「三時間……」


そうだ、一度夢から覚めた後、もう一度寝たんだった。

まさかまた続けて夢を見るとは。


「絞り出すように唸り声を上げていたから起こしてしまった、もしかしてまた夢を見ていたのか? ならすまない、つい」

「いや、大丈夫だ、ありがとう」


短い夢を見ていたようだ。

ミレイアからの手紙を受け取った、その翌日だと思える内容。

胸飾りか……。


まだ眠気の残る頭を振りながら手帳を手に取る。

クロードがベッドトレイの上に、氷で冷やされたハーブティーを置いた。

浮かんだハーブから爽やかな香りがする。


「ありがとうクロード、書き終わったら風呂に入るよ、夢は大した内容ではなかった、ただ続けて見たせいかいつも以上に疲労感がひどい」

「ああ、もちろん風呂は用意してある、ゆっくり入れよ」




浴室に向かうと、良い香りが漂っていた。

湯船を見るとバラの花びらがたくさん浮かべられている、クロードめ。


「年頃の女の子じゃあるまいし」

なんて、ひとりごとを言いながら湯船につかる。


胸いっぱいに広がる花の香りと温かさに、肩から背中にかけての張りが一気にほどけるように感じた。

これは最高すぎる、リリアナにも教えてあげたい……って、植物学専門で女の子だ、言うまでもないか。


ふと、先日見たリリアナの困ったような顔を思い出し、胸がきゅっと締め付けられる。


夢で見るリリアナは、侍女のメアリーがいなくなってから一人だったはずだ。

きっと結婚式までの我慢と耐えていたのだろう、それを支えなきゃいけないはずの俺は、ミレイアと……。


糞みたいな夢の俺は、疑問に思ったことを一度もリリアナに確認していない。

いくらうまく言いくるめられていたとはいえ、信じているなら聞けるはずだ。

ミレイアに聞かされるまま、勝手に疑惑だけを積み重ね、あげく、それを信じてしまうだなんて最低な男だ!

ちょっと触れられて、涙見せられただけで信じるか、疑問に思え俺!

下心が芽生えていたから、気まずさもあってリリアナに聞かなかったんだろ。

くっそーそんな最低で馬鹿な奴が自分とは、夢を見るたびムカついて仕方ない。


「あーもう!」


滑り込むように全身を湯船の中に沈める。

ゆっくり目を開けると、水面が見えた。

薔薇の花びらが浮いている、その向こうに天井が見えて現実じゃないみたいだ。


さっき見た胸飾りの夢、最初に見た自分が死んでしまう夢と繋がった気がした。

あの夢で胸飾りを地面にたたきつけてたな俺。


ああ、胸が苦しい。

今の俺は、こんなにもリリアナのことを愛しているというのに。

夢の中の俺は、完全にリリアナへの気持ちが薄れてしまっていた、だから自分で胸飾りを渡しに行かないと言ったのだろう。

自分の感情なのに頭がおかしくなりそうだ。


頭を振りながら、湯船から体を起こす。

髪に薔薇の花びらがはりついている、なぜか恥ずかしい、クロードめ。


よし、グズグズ悩んでても始まらない、一旦頭の中を整理しよう。


まず胸飾りだ。最初の夢では何かの証拠品として俺の手元に胸飾りが届けられていた。

それが決定的となって俺は婚約破棄を叫んでいた、しかも偉そうに……。

んーまあ、そこは考えても仕方ない。

では、なぜリリアナの手元になかったのか?

もし紛失したとしても、彼女は正直に言うはずだ、ということは誰かに盗まれた? もしくは手元に渡ってさえいなかった?

なんたって糞みたいな俺が直接渡しに行ってないんだ、どちらもありえる話だ。


リリアナが住むフォルティス家別館は、誰もが自由に出入りすることができる状態だ。

侍女のメアリーが居なくなってからは、尚更無防備だっただろう。

毎日身に着けるものでない限り、どこかに保管してしまうと持ち出されても気づかない可能性が高い。


しかし、現在はステラがいるのでその危険性は少なくなっている、ただ侍女頭のハンナはリリアナの部屋に出入り自由だ。

ステラだって一日中別館にいるわけではないから、その隙を突くこともできるだろう。


んー待てよ、それよりいま気になる事は、ミレイアから匿名を装った手紙は来るのか? ということだ。

あの手紙は、俺がミレイアに墜ちる寸前だということを確信していたからこそ送ったもの。

しかし今の状況はどうだ、流石のミレイアも俺がまったく靡いていないことはわかるだろう。


手紙が来ないということは胸飾りに関する事件は起きない……?


いやいや俺、今まで何度、前の記憶を夢で見てきたんだ。

夢のミレイアは、あの手この手で俺にアプローチをしてきた、そしてその行動は必ず現在でも行われた。

回避できたと油断をしていても、彼女は必ず接触をしてきた。

とにかくしつこい、そういう女じゃないか。


「あ!」


思わず声が出た、浴室内に声が響く。

気づいちゃったよ俺、そうだそうだよ!

胸飾りをリリアナに渡すのは結婚式の後、それだけで済む話なのでは?

そうだ、それでいい、何でこんな簡単なこと……。


いや待てよ、この胸飾りをきっかけに婚約破棄へとつながるんだ。

ミレイアは余程のことを考えているのだろう。

ローリン地区なんて物騒な名前も出ていた……。


もし俺が胸飾りを贈ることをやめてしまうと、夢で見たことは起こらなくなる。

しかし、あの女はその代わりの何かを仕掛けてくるにちがいない。

そうなった場合、新しく起こることを経験していない俺は、夢に見ることがない……。


あーー駄目だ駄目だ、絶対に駄目!


俺はいい、これから先ミレイアに靡く事なんて間違いなく無い! しかし、リリアナに危害が加えられないとは言い切れない。

くそ、一体どうすれば……うーん……胸飾り、何かの証拠……

ブクブクブクブク……


あ……別にいいのか、盗まれていいんだ


思わず湯船から立ち上がる、あたりに花びらと水しぶきがはねた。

お湯が少し冷めてしまったせいか、体が自然と身震いをする。


手間を要するが、やってみる価値はあるだろう。

あーでもまたクロードに頼まなければいけない、そしてステラにも。

夢のことを説明はできないが、きっと協力してくれるはずだ。


「よし!」


シャワーを捻り、体についた花びらを落とす、体の怠さも取れ頭もすっきりしたようだ。

さあ午後の仕事を済ませた後、もうひと仕事だ。



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