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二度目の夢

ー その日の夜


やったぞ、明日の午後、フォルティス家を訪問することになった。

よーし前々から考えていた、城下町の焼き菓子専門店へリリアナを連れて行こう。

彼女の好きなハーブを使ったお菓子がたくさんあると当家の侍女から情報を貰った店だ。

リリアナの喜ぶ顔を想像するだけで、自然とにやけてしまう、あぁ早く会いたい。


明日会えるってだけで今日は仕事が捗ったなー、やっぱりリリアナは俺の女神だ。

しかも明後日は、リリアナの妹ミレイアの誕生パーティがある。

二日も続けて会えるなんて、高揚する気持ちが抑えられない。

嬉しすぎて全く眠くないが、寝たら明日には会えるんだ、うん、早く寝るか。


自然と上がってしまう頬を抑え、寝間着に着替えながら鏡を見ると自分でも驚くほどニヤけていた……

誰に見られているわけではないが、コホンと咳ばらいをし、髪をササっと整えてベッドにもぐりこんだ。


「はぁ……」

枕に顔をうずめると、夢の中で泣き叫んでいたリリアナの姿を思い出した。

胸がちぎれそうなくらい苦しい、あの夢はリアルすぎた。


夢とはいえ、自分の行動が信じられない、あんな辛い顔をさせてしまったのが心苦しい。

俺の馬鹿、なんでミレイアとどっか行こうとしてんだよ。あームカつくなあ俺。


ベッドの中で、枕の端をボスボスっと叩いてしまう。


まあ、クロードが言うように婚姻前不安症候群みたいなもんだろう。

明日リリアナに会えば、こんな嫌な夢、忘れてしまうはずだ。

そうとなれば早く寝て、今日こそは悪夢を見ないように……。



☆ ☆ ☆



「レイナードおにいさまぁ」


今にも涙があふれそうな瞳をこちらに向け、俺を見上げるミレイア。

「どうしたんだい、いったい何が?」

そう問いかけた瞬間、美しいブルーの瞳から涙が零れ落ちた。


「こんなこと言いたくはなかったのですが、でも今日はわたくしの誕生日、あまりにひどいと思って……」

ポロポロと落ちる涙が止まらない。


「とりあえず、今日の主役がそんな顔では皆が心配する、あちらで少し休んだほうがいいだろう」

「一緒に来てくださいませ、レイナードおにいさま」


ミレイアは零れ落ちる涙をぬぐいもせず、俺の手を引いてバルコニーへと足を進めた。


薄赤い夕暮れと夕闇の間、星空が光る美しい景色が見える。


「今日のリリアナお姉さまのドレス、どう思われますか?」


二人きりになったバルコニーの隅で、涙をぬぐい真剣な顔をしたミレイアが問いかけてきた。

緩やかな風に、絹のような金色の髪が靡く。


ドレス……?

ミレイアの言葉にバルコニーから会場を確認すると、華やかなローズピンクのドレスを着て、椅子に座っているリリアナの姿があった。


「あー、彼女には珍しい色のドレスを着ているな、あまりああいう色は好まなかったように思うのだが……」


そう言いながらミレイアをよく見ると、ミレイアもリリアナと同じローズピンクのドレスを着ていた。

胸元が大きく開いているデザインで白い肌が際立つ。


「あっ!」


ナール国の社交界では、女性たちのドレスの色が被るのはタブーとされている。

初代国王の娘が双子だったことから、見分けるために色違いの衣装を着ていたのが始まりなのだが、いまでは、姉妹や親族の場合、年齢が下の者が同じ色のドレスを着るのは反抗、下品、頭が悪いということとされている。


「お気づきになられましたか……」


震える声でミレイアは続ける。


「私、誕生会の前にお姉さまにこのドレスをお披露目しました、大好きなお姉さまだから一番に見てもらいたくて!」

「……」

「お姉さまは『素敵ね、よく似合ってる』と言ってくれたのに、まさか、こんなことが……」

ミレイアは美しい瞳に涙を溜め、顔をくしゃくしゃにして俺の胸に飛び込んできた。


「ミレイア!!」

「おにいさま! おにいさまはご存じないかもしれませんが、一度ではないのです! ミレイアは同じ様なことを小さいころから何度も、何度も」


やわらかい髪と細い腕が、体に抱き着いたまま離れない。


「何度も?」

「はい、おにいさまになるレイナード様には、お伝えしていいものかずっと悩んでおりましたが、今日のことはあまりにもひどくて……」


ミレイアはゆっくりと顔を上げ、瞬きもせずこちらを見つめてくる。

潤んだ青い瞳に濡れた睫毛、咲きたての花のような香り、体にあたるやわらかい胸、思わず眩暈がしそうになった。


「リリアナがそんなことを」



* * *



ノックの音が聞こえた。


ゆっくりと目を開ける、いつもの天井、ベッドの中だ、また夢なのか。

なんだあの生々しい感覚、おっぱ……あーもう!

匂いも感覚も、昨日見た夢と同じで、まるで現実に起こったかのようだ。


「レイナード様、失礼いたします」


扉が開き、クロードが入ってきた。顔を見るだけでホッとする。

思わずジーっと見つめてしまい、沈黙の時間が流れる。

銀色のワゴンを押しながら入ってきたクロードは、不審そうな眼差しを向け、左手で眼鏡を直した。


「おはようございますレイナード様、いくら私が男前だからといって朝から見惚れないでくださいね」


軽口を叩きながら運ばれてきたワゴンの上には、朝食が乗せられていた。


「昨日の朝のことが気がかりでしたので、本日は朝食を持ってまいりました。今朝の目覚めはいかがでしたか? 本日は午前中にフォルティス家に訪問する予定となっておりますが……」

「うん、心遣いありがとう。なあちょっとこっち来てくれ」


ふらつく頭を押さえながら、体を起こす。

クロードに手招きをして、ベッド横にある椅子をポンポンとした。


片眉を上げ、「またですか」と言いながら近寄ってきたクロードをグッと引き寄せ抱きしめた。

体勢を崩しそうになったクロードはなんとか踏ん張り、体の上半身だけがベッドに倒れこんだ。


「ちょ、おい、やめろ」

「あーこれこれ、しっかりとした男の体だーやっぱ筋肉すごいなー」

「やめろって!! この馬鹿力!」


体勢が悪いせいで動けないのか、クロードはじたばたと体を捻じっている。


「……悪かったよ、そんな大きな声出さなくてもいいじゃないか、耳が痛いよ」


仕方なく腕を離すと、クロードは慌てて体を起こし、俺から触れられない距離まで下がった。


「だって、今日も夢を見たんだよ。リリアナはもちろんだが、またミレイアが出てきた……そしてリリアナがとても悪い女のような内容だった……」

「それで、なんで俺が抱き着かれなきゃならねーんだよ」

「夢の中でミレイアに抱き着かれて、その感触が、えーっと、凄く生々しくて」


クロードは、俺の言葉に少し考えるような顔をしたあと、ニヤリと笑い、うんうんと頷いた。


「レイナード君、君の今日の夢は実に青少年的な内容じゃないか。愛しい人と結婚できるのは嬉しいが、男としてもっと遊んでお……」

「そんなんじゃない」


思わず大きな声が出てしまった、それでもクロードは気にせず続ける。



「……まあ、何度か見かけたがミレイア嬢は確かに魅力的だもんな、まだ公表もされていない王太子妃候補のトップって言われてるんだろ、リリアナ嬢とは真逆のタイプだから……」

「だーかーらー違うって、お前と一緒にするな」

「そんな褒めんなよ」


クロードは離れた場所で眼鏡をくいっとあげ、お辞儀をした。


「茶化さないで聞いてくれ、俺は全然ミレイアのことはタイプじゃないし、なんならちょっと苦手なくらいだ。しかし、なぜこんなに夢に出てくるのか、そしてなぜリリアナが悪女のようなのか、全く意味が分からない」

「そんなの俺に言われても、俺だって意味わかんないよ、まあ健全な男子だからな、心と体は違ったりするじゃん、俺は世の中の女の子は皆可愛いと思ってるよ」


俺を見つめながらニコニコするクロードを見ていると、急に現実感が戻ってきた。

何をこんなに焦ってイラついているんだ俺? あれは夢じゃないか。

やけに現実的で、胸が苦しくなるけど、ただの夢だ。

願望だって? いや違う! それだけは絶対に違う!


「はぁ、もういいよ」


溜め息をつきながらベッドから出ようとすると、クロードが近づいてきた。


「冗談だって、そんな子供みたいな顔すんなよレイ。急に抱きつかれたからちょっといじわるしたくなっただけだ」

「うん……でも絶対に願望なんかじゃないからな!」

「はいはい、わかってるって」


俺の言葉を軽くいなしながら、クロードは窓に向かい、部屋のカーテンを勢いよく開けた。

「レイ、今日は最高の天気だ、とても良い日になるぞ」


部屋中に差し込む眩しい光、窓の方を見ると、傍らでやさしそうに微笑むクロードと青空が見えた。

今日は暖かく穏やかな晴天、午後からはリリアナとデート。

うん、クロードの言うとおり良い日になりそうだ。

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