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3話 親切おにいさんは布を織り続けましたとさ

目の前に布を広げ、深呼吸を一回。


もう、やるしかない。


そう覚悟を決めたカインは道具袋から魔工具(ツール)を取り出す。

カインが手にしたのは鍵盤(キーボード)と呼ばれるもので、魔石の板に綺麗に魔字が並んでいる。


魔工技師が作る魔導具は、魔法を発動させる魔法陣の術式を道具の中に織り込むことだ。

その織り込まれた術式により、魔防布のように常時力が発揮されるものや、巻物(スクロール)のように少しの魔力で大きな魔法が発動できるもの等、様々な効果を発揮する。

その術式を織り込む魔工具(ツール)の一つがこの鍵盤(キーボード)であった。

鍵盤(キーボード)の魔字を押していくことで術式を織り込む、これを術式設置(プログラミング)と言う。

ただし、これが言うほどに簡単ではなく、術式設置を行っている時、術式が複雑であれば複雑であるほど、頭の中をかき混ぜられるような感覚に襲われる。

実際、難解な術式設置によって、意識を取り戻さなくなった例もある。

ロナインもその難解に入る術式だ。しっかりとした休憩さえ挟めば問題ないレベルだが、今回は時間がなさすぎる。

命の危険も覚悟した上で挑まなければならない。


カインは、幼い頃から使い続けた鍵盤(キーボード)に魔力を注ぎ、術式を織り込み始めた。うっすらと緑に輝き、魔字が浮かぶ。そして、布に刻み込まれていく。

ロナイン術式は魔法を防ぐ『魔壁(マジックウォール)』の術式を単体でなく『省略し繋げる』ことでより大きな効果を得られる画期的な術式であった。その上で、大気中の魔素(マナ)を吸う『魔吸(マナドレイン)』を『弱く』『常時』発動させ、お互いの術式を『均等に』『重ねる』必要がある。

複雑な術式を織り込み続けるカインだったが、少しずつ吐き気が増していく。

それでも、手を止めるわけにはいかない。


それは自分の仕事の為というのもあったが、何より悔しかったのだ。

追放したバリィを、裏切ったメエナを、無視し続けたティナスを、ギルド受付嬢を、ウソーを、見返したかった。

カインは口下手だ。口で言い負かすことが出来ない。

ならば、彼らが企んだであろう無理難題をクリアして、見返してやりたい。

その思いがカインを突き動かした。


二枚目までの織り込みを終え、次に行こうとした時、身体がふらつき、傍に合ったベッドの淵に手をついた。と、その時、赤い点がカインの目にうつった。

血だ。カインは鼻から血を流していた。

普通の鼻血であれば、大したことはない。しかし、今、頭の激痛がそのまま流れ出ているようなこの鼻血はまずい。膝から崩れ落ちる。

落ちた鼻血の傍に涙がぽとりと落ちていく。


泣いてばかりだな、今日は。

自分がこんなに泣き虫だとは思わなかった。

けど、仕方ないじゃないか。仲間たちに捨てられ、恋人には裏切られ、街の人間から嫌われ、自分の身体さえ言うことをきかない。これで泣くなと言われても無理だ。


「う、うあ、うわああああああぁぁ……」


無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ。

でも、やらなきゃ終わる。

泣きながら、宿の受付に行き、切れ端を譲ってもらい鼻に切れ端を詰める。

その様子に宿の者は驚き、無理をなさらずに、今医者を呼びます、と言われた気がしたが、来てくれるはずはない、自分はこの街の人全員に嫌われているのだから、と部屋に向かう。

泣きながら歩く。頭の中はぐちゃぐちゃだ。

間に合わない。でも、やる。情けない。でも、やる。悔しい。でも、やるしかない。

部屋に戻ったカインは意識朦朧としながらも魔防布へと向かう。


こんこんこん


と、その時ノックが聞こえる。

誰だ。誰か分からない。世界から嫌われている自分の元に誰が来ることがあるのか。

でも、ノックが嬉しかった。また騙されるかもしれないと分かっていても。

誰かが自分の元に来てくれたことが嬉しかった。

もう頭はまともに働いていない。返事にならない返事でドアを開けると、そこに立っていたのは真っ白な肌の透きとおった目をした細身で白と黒が入り混じった髪色の美女だった。


「どな、た?」


知らない。誰だ? カインは困惑した。もしかしたら、美人局つつもたせか? とも考えた。じっとこちらを見つめる美女は、儚さを思わせる薄い唇を少しだけ開いてカインの質問に答えた。


「私は貴方に助けられたものです。恩返しがしたくやってきました」


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