23話 意地悪おにいさんたちは親切おにいさんにこらしめられましたとさ・後編【第一部完結】
「カインさん、何か手伝えることはねえか?」
グレンは、鍵盤を魔石に繋げ術式を織り込んでいるカインに話しかけた。
「いや、もう終わるし大丈夫」
カインは、バリィ達の安全を確保するための【結界石】という魔導具を作っていた。
あの後、シキたちと話し合い、バリィ達は【大蛇の森】の比較的安全な場所に結界石を立てて作ったセーフティーポイントで救出部隊が来るのを待機してもらうことになった。
カインたちが引き渡し役として残ることも考えたのだが、【輝く炎】の面々とカインの過去を考えれば、あまり長く一緒にしない方がいいだろうと考えた。
それに、カインの術式設置した結界石の効果は驚くほど高く、リバースネイクであれば近寄れないであろう、という意見も後押しした。
あとは、シキや、あのあと、スマートマホーンに出たココル、そして、こちらにいるシアやグレンの、『弱者として死ねばそれまで』という荒くれ者のいうような一言で、置いていくことに決定した。
冒険者というのはそういうものではあるからな、とカインは自分を納得させながら、また、少し怖い目に合えばいいという自分の中の薄暗い感情を抑えながら作業を終えた。
【輝く炎】はもう無理だろう。二階級一気に落とされることは異例のことであり、バリィにとっては耐えられない屈辱だろう。そして、今回の救出費用を捻出する為に資金繰りは厳しくなるだろうし、一か月冒険者として働けない以上、日雇いでもするしかない。しかも、今レイルの街はカインにたすけられた『あのたす』でいっぱいで事情はもう知られており、バリィ達は今まで以上に冷遇されるだろう。
バリィもそれが分かっているからこそ、もう何も言えず、ただただ膝を抱えているのだろう。
その姿にカインは、言葉に出来ない感情を持て余していたが、それもまたバリィに振り回されている、と頭を切り替えた。
「じゃあ、俺たちは、行くから。この場を離れないよう、に……」
と言い終わる前に、足も槍もボロボロのティナスが駆けだし、カインたちから遠く離れた場所で振り返り言い放つ。
「お、お前は嘘つきだ。信じるものか、信じないぞ! お前は正しくない! 正しくないんだ! 俺様の言葉を、覚えていろ」
最後に呪いのような言葉を吐くとティナスは森の奥へと駆け出して行った。
「ティナス!」
「カインさん、放っておけ。ここまでくると救えねえよ」
グレンはカインの肩を押さえながら、残念なものを見るような目で森を見つめながら言った。
「ねえ、カイン……」
ティナスの行った先を見つめていた二人の背中に今度はメエナの言葉が投げかけられる。
「もう一度、あたしにチャンスをくれない?」
メエナは、ボロボロになった衣服から肌を覗かせながら、上目遣いでカインに甘く語り掛ける。
「私、馬鹿だった。分かっていなかったのよ。あなたの事を。あなたは強い。すごいわ。だから、あなたの傍で私、尽くすから。もう一度あなたを振り迎えて見せるわ。だから、もう一度あなたの傍に……!」
「ごめん」
身体を押し当てながら迫るメエナを、白く冷たい表情で寂しそうに笑うカインはとんと押すように突き放した。
「君は、俺を、多分分かってないんだ。それに、今の君は、俺には、酷く醜く、見えてしまう、から」
「は?」
「でも、そんな君を美しいと思ってくれる人も、いると、思う。今まで、ありがとう。」
「な、何よ……カカ、カインのくせに……あたしが、醜い……? カインの……!」
メエナは目が裂けるのではないかというほどに吊り上げ、カインを睨みつけようとしたが、シアに凍らされ体力が戻らないのか、ぐらりと倒れ、滑稽な姿勢で固まる。
「だ、大丈夫か?」
「ああ、カインさん。私に任せてください。こういうのは女同士で」
シアがそういうとメエナの傍に近づき、耳元で囁いた。
「……さようなら」
何を説明するでもなく、語るでもなく、長々と馬鹿にされるわけでなくただそう一言。
けれど、何より屈辱で、何より絶望の淵に立たされる言葉であった。
メエナは自分の顔を見られることを嫌い、額を地面にこすりつけた。
その時、
「ぎゃああああああ! あ、あああ、たすげっ……」
遠くでティナスの声が聞こえた。途中何かを言いかけた言葉が途切れ、再び静寂が訪れる。
「向こうに、古代遺跡があるんだよね。ちょっと立ち寄ろう、か」
「ええ、あの感じだと死んだんでしょうけど、死亡報告の為に遺品回収した方がいいでしょうし」
「だから言ったんだよ。弱さを分かってねえ奴は死ぬしかねえんだよ」
「う、ん……」
「カインさん? 何かひっかかることでも? 赤いのが要らないこと言いました言ったんですねきえろ」
「お前が言うな白いの! カインさん! そうだったら俺は消える!」
「いや、消えないで……ちょっと、いや、でも、多分気のせい。気にしないで」
カインがなんでもないとグレンに手を振ると全く別のところから声が聞こえた。
「その、紐……」
「紐? ああ、このブレスレットか……こ、これは、街で助けたおばあさんが」
カインの腕に巻かれた紐のブレスレットをじいっと見つめながらバリィは問いかけた。
「お前まだ、【万人の勇者】になろうと思ってるのか?」
その紐のブレスレットをじいっとじいっと見つめて離さないまま、バリィは言葉を続ける。
「お前、あの時、俺にあの紐のブレスレットを奪われただろうが。それでも、まだなれると思ってるのか」
「とられたんじゃないよ。交換したんだ。この鍵盤と」
カインは、左腕にある鍵盤を見せながら、諭すようにバリィにゆっくりと話しかけた。
「交換したんだよ」
「五月蠅い! あの時の紐は俺が燃やしたよ。あっけなく燃えた。ゴミになった。カスになった。跡形もなく消えちまったよ」
「そうか……大切にしてほしかった」
「お前は! そうやって! 全てわかったようなツラして! いいか! お前のような雑魚は! 絶対に! 絶対に! 【万人の勇者】になんかなれねえ!」
【万人の勇者】。
それは、カインたちの生まれた、そして、このレイルの街のある【ユーリアル諸国連合】ではおとぎ話になっているほどの有名な話であり、その主人公である。
ユーリアル諸国連合は、元々は多くの種族がそれぞれに国を立ち上げ、戦争の絶えない日々を過ごしていた。そんな時、一人の若者が立ち上がる。
若者は、素晴らしい力を持ち、多くの種族を従わせた。
そして、生まれたのがユーリアル諸国連合の元となる同盟が生まれた。
そうして、この地に平和が訪れ、人々は、あらゆる種族の垣根を超え救った凄い力の持ち主として『万人』の勇者と呼ばれた。
この地に住む者は、幼い頃からこの話を聞かされ続け、万人の勇者に憧れた。
そして、子供たちの多くが、腕に紐のブレスレットをつけたがった。
万人の勇者のシンボルだったからだ。
万人の勇者は、自分に従った種族の長に、自分のつけているものと同じ紐のブレスレットを贈った。
紐のブレスレットを付けているものは、万人の勇者の仲間である証だった。
それに子供は強く憧れ、家族にねだるのである。
時は流れ、その話もむかしばなしとなり、そして、子供だったものは大人になるにつれてその夢物語に憧れることを恥ずかしく思い始める。しかし、時折、それでも腕に巻き続ける大人たちがいた。
カインもそういう人間だとバリィに思われたのだろう。
「いや、だから、これは、街で助けたおばあさんに……」
「『あのたす』みてえな言葉が流行ってるみたいだけどよ。カイン、お前は【万人の勇者】みたいに自分がなれるなんて思ってんじゃねえよな!」
バリィは、カインの腕にある紐のプレスレットを見ながら叫ぶ。
「お前は、【万人の勇者】になんかなれやしねえ! お前は低ステータス者で、偽善者だ! 分不相応な夢を見てるんじゃねえ!」
食って掛かるバリィにカインは苦笑しながら答えた。
「おれは、【万人の勇者】なんか、じゃない」
「ああ?!」
バリィの言う通り、俺は善人なんかじゃない。全ての人を、万人を、救うつもりもない。
「お、おれ、は」
俺は、俺の助けたい人を助ける。
「お、おれは」
俺の助けた人たちの多くは尊敬できる人たちだった。俺の方こそ助けられた。
ココルに助けられて、シアやグレンに助けられて、シキさんや街のみんなに助けられた。
恩返しなんて助けられたけど、返す量の方が多いくらい助けられた。
その始まりは……追放だった。
「おれは」
追放されなければ、ココルを疑って受け入れなかったかもしれない。
シアやグレンのような有名な冒険者に卑屈になったかもしれない。
領主様や街の人たち、ギルドの人たちの感謝を受け止めきれなかったかもしれない。ウソーやピコのような人たちに騙され続けたかもしれない。
「俺は」
あの時、俺は助けられたのかもしれない。お前に。
「俺は、あの時、お前が追放してくれて、本当に助けられたカインだ」
一瞬、何のことか分からなかったバリィがぽかんと口を開けていたが、意味を理解し、怒りに顔を歪ませ睨みつけてくる。
「カインンンンン!」
借りは、返したよ。
カインは心の中でそう呟き、『あのたす』のシアとグレンと共にS級魔巣・古代遺跡【遺物の墓場】を目指そうとバリィ達に背を向けた。
『カイン様』
と、その時グレンの持つスマートホーンからココルの声が。
「あ、通信きるの忘れてたわ」
「あの女……赤いのあんたを斬るぞ、真っ二つに」
「やってみろや、白いの!」
グレンとシアがにらみ合いを始めたので、慌ててグレンのスマートマホーンを受け取り、通信先のココルに話しかける。
「な、なに? ココル」
『私も……作りますので……カイン様に、ブレスレット……作りますので』
直接見ると無表情な分、こうして声だけの方が、白と黒の混じった髪色で美しい絹のような肌の彼女のふくれっ面の表情が想像しやすくて、カインは思わず笑ってしまった。
『何故笑うのです』
「あ、ああ、うん。うれしくて。ありがとう」
『はい、おたのしみに』
カインは自分の腕に結ばれた紐のブレスレットを眺めながら思った。
【万人の勇者】になんてなれなくていい、けれど、俺を助けてくれたこの人たちの為の勇者に、なれたらいいな。
「カインさん、私も作ります! つけてくださいね白黒と赤いのはしね」
『白いのよりすばらしいのをつくりますねお前がしねついでに赤いのもしね』
「お前らついでに俺を殺そうとすんなあ! あ、カインさん、これからカインさんは【『あのたす』の勇者】っていう二つ名使うのはどうだ?」
「『しね』」
グレンの提案にシアとココルが物理的に離れている割に寸分たがわぬタイミングで言い放つ。
「『あのたすという言葉は好きですが(だけど)二つ名としてはダサいでしょうが馬鹿なの馬鹿なんだろこのセンスゼロ鬼がしね』」
「お前ら、本当はすげえ仲良しだろ!」
そっか、【『あのたす』の勇者】は、ダサいのか……。
カインは気に入りかけていた『あのたす』の勇者という言葉を心の奥にしまい込んでいると、ふと視界の端に逃げ惑う何者かの姿が入ってきた。
「はあ……はあ……はあ!」
亀人族の女は自分の足の遅さを呪いながらそれでも走ることをやめなかった。
止まれば、ヤツらにやられる。
その恐怖だけで、彼女は傷だらけ身体を無理やり動かし、森の中を駆けていた。
しかし、限界は訪れる。
足がもつれその場に倒れこむ。もう無理だ。
此処に来るまで助けを呼び続けた。けれど、誰も答えてくれなかった。
自分は誰にも助けてもらえない存在なのだ。
ならば、いっそ。ここで永遠の眠りにつくのもいいのかもしれない。
亀人族の娘は、覚悟を決め、じっとその時を待った。
足音だ。
自分のすぐそばで止まる。
ああ、もう一度だけでも、【竜の宮】に戻って姫に会いたかった。
「あ、あの」
死を覚悟した娘が聞いたのは随分と場違いな間の抜けた男の声だった。
振り返ると、伏し目がちに黒髪のぼーっとした感じの男が話しかけている。
「何か、お困りですか? 俺に、助けさせてもらえませんか」
【『あのたす』の勇者】が亀人の娘に手を差し伸べ、そう言った。
お読みくださりありがとうございます。
また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。
少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。
よければ、☆評価もしていただけるとなお有難いです……。
あまりにも話が予想以上に伸びてしまい、ここで一旦、第一部完結とさせていただこうと思います。素人作品に、私としては予想以上の評価やブックマークを頂き、その上がり切ったテンションのまま駆けていましたが、ちょっと別の世界で私自身が追放されるわけにはいかないので、少しばかりストックを作り、来週末あたりを目標に第二部の定期更新していけたらと考えております。
拙い作品に、粘り強くお付き合いいただいた方たちには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
第二部でも『あのたす』と『ざまぁ』をちゃんと見せられるよう頑張りたいと思います。
改めて、お読みくださりありがとうございます。