四部56話 いじわるおにいさんはこらしめられましたとさ
俯くバリィの肩が叩かれる。
ぐしゃぐしゃの顔のままバリィが顔を上げると、そこにはにこやかな笑顔のハウンドがいた。
「うわ……ひでえ顔……でもな、まだ、あんたの人生は終わっちゃいねえよ」
「……え?」
バリィの目の前に白い何かが投げられる。
それは拳闘士が拳に巻くような布だった。
更に顔をあげるとカインが全く同じ布を拳に巻いていた。
「カイン?」
「バリィ……前にも言ったけど、俺は正義の味方のつもりはない。だから、どんなに卑怯で理不尽でもお前を殴る」
バリィは顔を真っ青にして逃げようとするが、ふと思いつき立ち止まる。
「いや……出来ねえ、だろ? そうだ、俺は今、ステータスオール1なんだ。低ステータスのお前でも殴れば、俺は死ぬ。出来ねえだろ? はっ」
「まあ、お前はどうせ死刑だし、ここで死んでもかまわんと儂が許可しよう」
ヌルドの適当ともいえる発言にあざ笑っていたバリィは顔を青くする。
「バリィ、安心しろ。死にはしない。ハウンド、頼む」
「へいへい、俺だけこんな重たいもん持たせるとか扱い違わねえか……」
ぶつぶつ言いながらハウンドは、計測球よりも大きな球がのった台と黒い人形を置く。
「これは?」
「誓約台と献身的な影、だ。魔導具コンテストに介入しようとしてたお前ならわかるだろう。これを使って戦おう」
魔導具コンテストの『竜の頸の珠』部門、対戦トーナメントでも使われた誓約台は、怪我などを『献身的な影』という黒い人形に肩代わりさせる等という約束を取り決め戦うことのできる魔導具であった。
「カインサマサマのご希望で生命力は同じに設定してあるよ」
「か、勝てるわけねえだろ!」
「お前の、勝利条件は俺の顔に一撃でも拳を当てたら、ならどうだ?」
「は?」
「これでも、やめる、か?」
「……お前の勝利条件は?」
「俺もお前の顔に一撃を当てたら。ただそれだけだと不公平だから、お前も認めざるをえないはっきりした一撃が入ったら」
「断ったら?」
「死ぬだけだ。勝てば、お前がこの国を出るまで誰にも手を出させない」
無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ。
でも、やらなきゃ終わる。
それに、『最悪』ではない。
認めなければ負けはない。
ここがカインの甘いところだ。誰にでも同情しチャンスを与えるくせ。
誓約は破れない。
騙し打ちでもなんでもいい。
当てればいいだけだ。
「……分かった。やってやるよ」
「じゃあ、誓約台、に、手を、かざしてくれ」
バリィとカインが約束を刻んだ誓約台に手をかざす。
この誓約台も遺物による恩恵だった。
誓約台と献身的な影は、闘技場の遺跡で発見された。
しかも、魔導具としては異例のほぼ剝き出しの状態で術式が刻まれていた。
ただ、この世界のどこにもない魔字で刻まれていたため、術式を解読することは不可能だった。
ひたすらに実験を繰り返し、調査を重ね、今の使用法が見つかったのだ。
ただ、今思えば、エーテキングが〔模写〕する際に、浮かんだ術式の魔字の中にも同じものがあったように見えた。
そんなことをカインが考えていると、左から拳が迫る。
後ろに下がり、拳を躱すとバリィがカインを睨みながら舌打ちする。
「ち! よけやがった」
「そうくる、と、思った」
「ああ! そうかよ!」
バリィが間髪入れずに殴りかかってくる。
カインはいとも簡単に躱しながら、口を開く。
「昔、は、避けて、怒られてたな」
「はあはあ……」
「戦いごっこで避けるなって卑怯だって。でも、あの頃からバリィは俺より力も速さもあったから」
「なのに……なのに、てめえが避けるからだろう! なんで、力の差があって避けれたんだよ!!」
当たらない拳をがむしゃらに振り回しながらバリィは叫ぶ。
「お前はいつだってそうだ! 力なんて関係ないみたいな顔して……だから、奪ってやったんだ! お前の周りにいた人間を!」
「そっか」
「そして、お前は逃げ出した! 俺から」
「逃げたんじゃないよ、旅に出たんだ。強くなるために」
カインはバリィの拳を受け止め、まっすぐに応える。
バリィはそれが我慢ならないと振り払う。
「けど、また会った時、お前は弱いままだった」
「俺も、そう、思ってた。でも、弱いだけじゃなかった。俺にはいっぱい持っているものがあった。お前と、違って」
「……! うるせぇえええええ!」
バリィの力任せに蹴り上げた足を躱す。
バリィはバランスを崩しその場に倒れ込む。
「お前は、卑怯だ! 俺の鍵盤を騙し取った」
「交換したんだよ、バリィ。人のせいにするな」
「お前は他人に寄生しないと生きられない弱虫だ」
「そうじゃない、俺ががんばったからみんな傍にいてくれるんだ」
「お前は弱い!」
「俺は、弱い。でも、お前よりは、強いよ」
「あああああああああああああああ!」
当たらない拳に腹を立てたバリィが地面を殴りつける。
「もういい! 俺の負けだ! 降参だ! とっとと処刑台でもどこでも連れていけ!」
「まだだよ、バリィ」
「……は?」
「条件を忘れたの? 『お前が認めざるを得ない一撃が顔に入ったら』だよ」
バリィは顔面を真っ青にする。
意味が分かった。
それは、顔に一撃が入らない以上、終わらないということだ。
これから始まる一方的な戦いが。
「ま……ぅぐぅううう!」
カインの拳がバリィの腹に深く突き刺さる。
怪我もなければ死ぬこともない。
幻の痛みがあるだけでそれ以外は黒い人形、『献身的な影』が背負ってくれる。
「て、めえ……騙したな。卑怯者!」
「俺は、別、に、卑怯者は否定しない、よ。俺は正義の味方のつもりじゃない……それに、それよりも俺は腹が立っているんだ。みんなを傷つけたお前に……!」
カインは今まで誰にも見せたことがないであろう怒りの表情を浮かべ、バリィの腹を徹底的に殴る。何度も何度も殴り、バリィは気絶することも怪我を理由に辞めてもらうことも出来ずにただただ痛みに耐え続ける。
「ま、待て……! 俺が悪かった……!」
「悪かったから、なんだ? 悪かったなら、悪かったから、殴られろ! バリィ!」
(何が、何がいけなかった? 何を間違えた)
レイルの街を壊し、カインを崇拝する人々と恐怖に陥れた。
ココルというカインの大切なものを壊した。
カインの仲間たちを傷つけた。
カインを追放した。
カインを仲間扱いせずいじめ続けた。
カインを見下すために仲間に入れた。
旅に出たカインを馬鹿にし悪い噂を流した。
カインから友人や女を金や力で奪い取った。
カインが貰った万人の勇者のようなアクセサリーを奪い取った。
カインを力でわからせてやった。
カインを憎んだ。
カインは……俺を助けなかった。
「そうだ! お前は『あのたす』なんて言われて人々を助け続けたといわれているが、お前は俺を助けなかった。あの時! オオカミに襲われた時」
「……あの時、俺は助けたつもりだった。オオカミに襲われたお前を助けるために、オオカミに殴りかかった」
「そんなこと望んでいない! 俺がオオカミを倒すつもりだった。手助けをすればよかったんだ。お前はしゃしゃり出て、倒した。俺の邪魔をした」
「俺は、お前を助けたんだ」
「違う! 邪魔をした! お前なんかが俺の邪魔をした!」
バリィは我武者羅にカインにしがみ付いた。
しかし、ステータスの違いは明らか、カインに引き離され、床に叩きつけられた。
そして、殴られた。
「バリィ……俺をお前の人生において噛ませ犬の役にしたいのかもしれない。けどね、俺は俺の人生の主役なんだ。お前の思い通りに動く駒じゃない。人間だ。だから、お前の思い通りにはならないし、怒るし、お前を痛めつける」
「あがっ……うっ……!」
「でも……くだらない」
「は、はあ……?」
「追放されたときと同じ状況にしてやれば気が晴れるかと思ったけど、やっぱり俺はお前と違うみたいだ。十分復讐はした。これ以上は弱いものいじめだ。俺は、楽しくない。」
「……あ」
価値がない。
バリィは今、カインにそう判断されたのだ。
バリィが今から心を入れ替えて努力してもステータスは上がらない。
人にやさしくし始めても、きっと手は差し伸べられない。
どんな活躍をしても、極悪人の名はついて回る。
ゼロだ。
「あ、あ、ああぁあああああああ……! ああああああああああ!」
バリィは仰向けのまま泣いた。
人目も憚らず泣いた。
けれど、やはり誰も手を差し伸べることはなかった。
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完結まであと2話! おまけ2話!
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